第11話 荒れ狂う街

 二一一日目、昼過ぎ。窓がカタカタと言い出し、ガラス表面に砂が吹き付けて来ていた。私と舞は警戒して身を寄せ合っていた。その規模はまだ小さいものだった。砂嵐(塵や砂が強風により激しく巻き上げられ、空高くに舞い上がる現象。空中の砂塵により、見通しが著しく低下する)の前兆になるものだった。

 またもう一つ外では何十もの小さな塵旋風(地表付近の大気が渦巻状に立ち上る突風)が街の砂漠を襲い、地上の砂を上空に吸い上げては、巻き散らしていた。

 もう一つ街の外壁同士が共に振動する様な現象が起き、一部の高層マンションのタイル外壁が、剥がれて砂漠に落ちて行った。

 これらの現象が徐々に激しくなっていった。

 砂嵐によって巻き上がった塵や砂が高層階の十階程度まで覆い、視界を奪った。塵旋風は更に大きくなり、砂漠の街に渦巻き状に立ち上がり、暴れてこれも特に木造家屋外壁を破壊していった。

 外壁同士の共振的な現象により、特に高層のマンション、ビル、科学館、裁判所、カプセルホテルなどは、外壁のタイル、ガラスが、上層階から下層階に向けて、剥がれ落ちていった。外壁のなくなった内部は砂嵐の影響を受けて、そこにあった日常を、生活を、人を奪った。 

 砂漠の砂の量が減って行き、地表面が現れかけた時、かつての道路、生活面が見えた瞬間、天空から大量の砂が降り積もって来た。

 運悪くこの時、外部に居た人々は、刺す様に空から降って来る砂から逃げ惑い、一人、二人と痛みから倒れて行く。そして徐々に砂に埋もれて行き、砂漠に消えて行き、見えなくなってしまう。彼らはどこにいるのか分からなくてなってしまう。

 砂は職人達が作り上げた砂防擁壁をも飲み込んで行ってしまい、それでも砂は激しく降り続いた。

 その頃、私と舞はどうしていたかと言うと、アパートの二階軒先の下に隠れていた。

 塵旋風の現象によりアパートの外壁が破壊され、そこから砂が内部に侵入し、生活する事が出来なくなった為、二人で協力し砂の中を泳ぐ様に上へ上へと砂の層を上昇して、軒下まで逃げて来たのだった。

 ここはまだ砂に埋もれてないスペースで、外の砂の猛威を観察出来る場所でもあった。

 力を戻した舞には覇気があり、この光景を見るに動揺はなかった。

「見にくいけどここから軒下に十人避難している人が分かる。それ以外は砂嵐で見えない。助けたいけど」と看護師の舞。

「この状況下で何が出来るんだろう?なぜ私は訳も分からず生かされた実験体の様なものになって、何も出来ないのだろう」と弱音を放ってしまった。

 小型トランシーバーに向かって言い放った。

「なぜ私は生かされた?その理由や目的まで何も聞かされていない。実験体として日々テストデータを取られている。訳を話せ」

「これは私達のテストデータの収集。君に言う理由は特にない。なぜ生かされたか?医師として当然の事をした」

「それがサイボーグの両足だったのか」

「あの時、最良の選択をした」とトランシーバーが音声を発した。

「今私に何が出来る?」私は問い正した。

「君は普通に歩く事が出来る、それで十分だと思うがな」と返って来た。

 私はやり切れない思いに怒りが爆発しそうになり、奥歯をぐっと噛み締めた。舞は私をじっと見ていた。私は目の前で砂漠に消えて行く人達を助けたかった。しかし、教授陣は私の能力は普通だと、一般の人と同じであると答えた。

 砂の降り方が弱くなって来た。舞を見て私は決意し言う。

「抗う!」

 私は砂漠に飛び込む様に走り出した。まだ砂の表面に確認出来る人々を先ず助け出そうと、一人一人と手を引き上げ、軒下に連れて行った。五人、六人と助け出していると、少しずつ軒下に避難していた人々が、私の行動にならって手助けをしてくれる様になった。

 多くは二十代から四十代の男女であった。アパートの軒先を振り返ると、看護師の舞がこちらに向かって走り出して来た。

「私も手伝う、信、どうしたらいい?」

 舞まで手助けしてくれる事に嬉しさと感謝の念で一杯になった。

「助け出した人を最寄りの軒下に誘導して欲しい、感謝してる」

 そう言うと舞は行動に移してくれた。気が付けば二百人規模の人々が砂に埋もれた人を助ける行為に及んでいた。そして外はかなり暗くなって、一旦、助け出す行為をやめる事になった。今日の所は限界だった。人命救助のタイムリミット七十二時間の壁を意識しながら、夕食のない一晩を舞と過ごした。

 砂の深さは六メートルとなった。


 二一二日目、朝。砂は止んでいた。舞と人命救助に当たっている中で、食料問題にも動きが出て来た。街の砂に埋没していない、嵐の被害を受けた住居から、食料を集め出す動きが各所で見られ出した。そしてその規模は大きくなって行き、一つの街の高層階食料確保班と言える組織が生まれ、今日一日だけでもかなりの量確保する事が出来、朝昼の食事をみんなで分けながら、在庫を確保しつつ、食べた。

 人命救助は初日に比べ難航していた。片腕を肩まで砂漠の中に突っ込んで、感触で人を見つけ、見つけた者は手助け出来る者を呼び、五、六人で引き上げるのである。しかし、もうすでに息を引き取っている事が多かった。


 二一四日目、朝。七十二時間の壁を超え、経過した時刻。助け出した内の何割が息をしていたか?一割、二割程度だった様に思う。外壁が破壊されて剥ぎ落とされた高層マンション、ビルなどに住んでいた人々は、強い砂嵐に巻き込まれて、建物の外にそのほとんどが投げ出された。まだ低層階に住んでいた人々はまだ生存率は高く、高層階に居た人は投げ出され落下し、生存率は低い状態だった。

 私も舞も含めてこの凄惨な状況に諦めを隠し切れない人々が多かった。

 そんな中、数千の職人達がショベルを持ち、大型重機、ベルトコンベアー、ショベルカーを数百と従え、突如、現れたのである。建築群を囲っていた砂防擁壁はどこも全て砂漠の底に埋まっていた。この砂防擁壁を作り上げた職人達はまだ諦めていなかった。

 それを見た私や舞、生き残っている住人達は嬉しくなり、鼓舞され、ショベルや食料を持ち、職人達の後を追った。

 そしてここに来て、街に繋がっていたインフラが徐々に止まっていった。

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