第10話 舞の病
一四〇日目、朝。私は一晩気を失った状態で過ごしていた。舞も同様だった。私は大きく身体をゆすられる形で意識を取り戻した。先に意識が戻った舞に起こされたのである。
「信、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だけどここは一体?」
「東邦大学病院の砂防擁壁の狭間にいるの。信が大丈夫で良かった」と舞は言い、少し涙ぐんだ。
「擁壁の上に出てみよう」と舞を促すと、私からはしごをを登って行った。先に登り着いた私は擁壁に手を伸ばすと、しっかりと舞の手を掴んだ。そして引き上げた。
二人はまたあの建物が埋もれ、砂防擁壁に囲まれた砂漠化した街を見ることとなった。
何か愕然としてしまった。暫く二人で砂の上に腰を下ろし、砂漠を見ていた。
「どうしよう、この状況」と舞。
「とにかく、今は水分が欲しい、食べ物も」と私。
「そうね」
「元気がないね、どうしたの」舞を心配する私。
「気を取り戻した時から、なんか気力が湧かなくて。常に不安と背中合わせで、もう限界まで来てるというか」舞は心情を吐露した。
「サイボーグさえ倒せば、ここのリハビリテーション室は、食事もベッドもあるから、静養できるよ」と私は言う。
「ここは嫌、嫌な思いしかしてないから。自分の家がいい。そこまでなら頑張れる」
「分かった、ゆっくり行こう」と伝えると舞を引っ張り上げ、手を繋ぎながらアパート方面へと歩み出した。彼女を見ているとオフショルダー部分に砂埃が溜まっていたが、今は言うまいと思った私だった。
彼女の足取りは重く、いつもの彼女より歩幅は半分程だった。うなだれ歩くとふらつきがあり、呼吸も苦しそうだった。暫く歩いては止まり、呼吸やふらつきを整えて、また歩き出すのだった。彼女は憔悴してる様だった。 時々、休憩を挟みながら途中でいつものコンビニエンスストアに寄った。
彼女は砂漠の地表面に残して、私はコンビニエンスストアの砂防擁壁のはしごを降り、店の中に入った。すると中の閑散とした光景に驚いてしまった。ほとんど人は居ない景色。商品の相場は三から四倍と安くなっており、商品数はそこそこ揃っていた。また無人レジに代わっていた。店員の数は二名まで、減らされていた。大掛かりなリストラをした後の様だった。
私はミネラルウオーター、パックご飯、缶詰め、お菓子、彼女に食べてもらおうとショートケーキ、果物なども選び、お酒も買ってみた。そう言えば「私語厳禁」、「商品十品迄」の張り紙がなくなっていた。
品物を物色する客も落ち着いており、焦る事なく買い物を楽しんでいる。私もかごに入れた商品を安心したのか鼻歌交じりで一つずつ通していった。カード決済で会計を済まし、外に出た。
すると急に舞の事が気になり、砂防擁壁のはしごを急いで上がった。舞はどこかに逃げたりせず、元いた場所に居たままだった。ただ砂の上に横たわり、寝てるかうなだれているかだった。
私は舞の傍らに駆け寄ると、身体を起こしてゆすってみた。意識がある事を確認したら、彼女にミネラルウオーターとショートケーキを与えてみた。ケーキを少し食べてみて笑顔になったので、また再び与えてみた。美味しそうだった。
舞を抱き抱えて立たせると、少しずつ彼女を押し進めながら、アパートに向かった。距離にして三百メートル。
一四〇日目、昼。実に七十日後。二人は無事にアパートの舞の部屋に着く事が出来た。舞は軽くシャワー浴びてTシャツとショートパンツに着替えると、ベッドに倒れ込んだ。暫くして寝息が聞こえて来た。夕食、朝食、昼食と彼女は自発的には食べず、私が介助する形となった。そんな日が暫く続いたのであった。
二一〇日目、深夜。舞はトイレに向かう為起き上がろうとした。するとまるで背中に翼が生えてるかの様に、身体を軽やかにし、トイレまで運んで行った。今までの身体の重たさ、倦怠感、無気力感、頭重感が嘘の様になくなり、身体がすっきりしていた。頭の回転も良く、気分も安定していた。
舞はこの喜びを分かち合いたいと、私を起こした。どんなにか開放的で天にも飛んでしまいたい気分で、心の底から嬉しくて、今までの苦しみから解き放たれた事を、私に話すのである。
鏡を見て、伸び放題になっている髪を見て、行き付けの美容院に朝になったら、行こうと考えた。また化粧っ気のない顔を見て、出掛ける前にお化粧を久しぶりしようと思った。
そして今から深夜だが静かにシャワーを浴びてみようと思った。着古した服を脱ぎ、新しい下着、シャツ、ショートパンツ用意して、シャワールームに飛び込んだ。
洗い終えると着替え、ベッドのシーツを交換して、全て洗濯機に放り込んだ。綺麗になったベッドで嬉しくなりながら、私に抱き付き眠りに落ちた。
二一一日目、翌朝。朝食を取ると外出着に着替え、お化粧をした。私は心配だったので同行し、美容院に予約して向かった。昼前には到着して、カットしてもらうことに。思い切り切ってもらい、ショートヘアにしてもらった。それから食材が戻って来たスーパーマーケットに寄り、買い出しをして来た。
彼女は以前と比較にならない程、行動的で気力に溢れていた。私は嬉しかった。笑顔が素敵だった。昼食を取り二人で午後からゆっくりしている時だった。砂交じり轟音が外から聞こえて来た。
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