第7話 タイル張りの病院

 七日目の朝。舞が先に起きていた。

「ねえ」と彼女に肩を揺さぶられた。彼女はカジュアルキャミソールにジーンズ姿で、台所で朝食の準備をしていた。自分は服を着替えようと玄関を出て自宅に戻って新しくシャツとボクサーパンツ、ジーンズに着替えた。

 舞の部屋に戻ると朝食の準備が出来ていた。朝食の中ではどう食品を効率良く楽に運ぶか、話し合った。

 何度か話すとリュックサックを使う事に考え至った。両手は空くし肩に食品を背負えて楽。この方法で行こうと決めた。二人共リュックサックを持っていた。願ってもない事だった。

 二人共デザートブーツに履き替え、外に出た。玄関にお互いの部屋にカギをかけて、出発した。共用通路は砂が吹き込んで、今までの作業が無駄になってしまっていた。

 今日は砂が小降りの少し風が吹いてる日。二人は帽子を被り、先ずコンビニエンスストアを目指した。左手に建物が建っている。見えない歩道を歩いて砂と風に耐えた。

 嫌らしいこの二つの要素は前回、コンビニエンスストアに行った時より前進と全身を嫌がらせた。歩く度に視界が少しずつ悪くなって行った。

 それでも二人は時速三百メートルの低速で、コンビニエンスストアの前まで辿り着いた。この前来た店だ。

 ここは砂の深さが二メートルに及んでいた。

 店内に入るとあの「私語厳禁」の張り紙が増えている様だった。商品の値段は驚きの四から六倍になっていた。それだけ商品を確保するのがさすがに困難なのか?

 棚や壁には「一人十品迄」の細長い張り紙が至る所に貼ってあった。食べ物は飲み物、おにぎり、缶詰めの順番に買って行った。病院には一日行くので、食料品は保存を効かす必要がなかった。

 

 コンビニエンスストアの道路側の窓ガラスがいきなり細かく砕けた。それが収まったかと思うと、再びガラスが割れ、フレームも内側に曲がりながら倒れ込んで来て、砂埃が入り込んで、店内を砂まみれにした。

 黄色のショベルカーが道路の砂漠の上で、暴走していたのだった。客達は怯え怖がり、店の奥に押し寄せた。ショベルが可能な限り届かない位置まで。

 私と舞も背を低くしながら、店の奥へと移動していった。彼女は明らかに怯えていた。また再び、黄色に塗ったショベルが店に入り込んで来た。

「目的はなんだ!」誰かが興奮して叫んだ。刺激したのか?黄色のショベルは道路側へと戻って行き、静止した。一か八か店から外に逃げ出す者は数人いたが、大部分はショベルカーを恐れ、店内に留まっていた。

 暫くしてショベルカーの動きが止まっている間に、二人は合わせて二十個商品をかごに入れていた為、レジで会計し、コンビニエンスストアの外に出て、犯行のショベルカーを見上げ眺めた。無人だった。犯人はもう逃げたのか、何が起きても不思議でない世界、無人で操作されていたのかもしれない。

 私と舞は遠くショベルカーを避ける様に、病院の方向へと向かった。砂は小降りで弱い風が吹いてるのは変わらない中、舞のデザートブーツに砂が入ってしまった。一旦立ち止まり、ブーツを脱ぎ、砂を取り除いた、そしてブーツを履き直した。

 再び歩み出すと視界が不良で後一時間で病院に着く感覚がしなかった。それでも良く、二人が無事に到着する事が最優先だった。コンビニエンスストアで買った食品を、リュックサックに入れて運ぶという案は大正解で、体幹が安定して楽で歩みやすかった。

 歩きながら色々浮かんでくるが、消し去るので精一杯だった。一方で舞の方はいつもの通勤コースなので、何か特別不安な事はなさそうで、黙々と歩いていた。

 一時間強時間をかけて、東邦大学総合病院に到着した。白いタイル張りの一見清潔感溢れる外観が、実は最も威圧感を与えている大病院だった。

 中に入ろうと出入り口に向かった。人集りが見える。自動ドアの前に二人で立った。ぴくりともしない。開こうとする反応が伝わって来ない。参ってしまった。ここの人集りは皆右往左往して困惑していたのである。

 自動ドアが閉まっている理由を伝える張り紙みたいな物もない。ただ不気味に開かないのであった。困惑しつつも何とか冷静さを保ち舞が言った。

「従業員専用の出入り口があるから、そこから行こ」

 病院をぐるっと右回りして進んでいる時だった。何となく見覚えのあるフロアが目に飛び込んで来た。ガラスはほとんど割れ、一度見たあの黄色いショベルカーと同じタイプの物が無人で止まっていた。

「リハビリ担当の山下教授は、どうしてるんだろう」

 外から割れた窓越しに中を覗いた。床は砂で汚れ、トレーニング器具は砂をかぶっていた。その横に山下教授が立っていた。

「おーい」私は彼に声を届けた、そして彼はこっちに気づいた。

「高本さん!」返事が返って来た。

 

 広いリハビリテーション室のトレーニングコーナーに集って三人になり、事の経緯を山下教授から聞いた。

 四日程前に例のショベルカーがリハビリテーション室だけを狙った様に破壊して来た。そしてトレーニングコーナーは吹き込んだ砂によって動作が砂と金属やベルトに引っかかって、まるで動かなくなってしまったと言う。その為、全く私のテストは出来ないと言う。リハビリテーション室と内部の扉はカギがかかり、鉄板で固定されて開ける事が出来ないと言う。

 ここだけ外来で入れるがこの有様じゃ全く使えない、機能しない、患者を呼べない状態であると言った。私は諦めきれないと各トレーニング器具の調子を見る為に、一つ一つ動かしてみた。どれも砂が引っかかってやはり動かす事が出来なかった。

 そして、風が強く砂混じりに室内の中へ吹き込んで来た。更に絶望的になった。病院に来た意味がなくなってしまった。

「あの、山下教授、他の看護師とかいないのですか?」

「理学療法士や、臨床心理士、窓越しに見てもいません。ここは病院としてもう既に機能していません」

 一旦、私と舞はリュックサックからミネラルウオーターを取り出し、ごくごくと飲んだ。

「機能していない病院になんの用事もない、帰ろう、舞」と言って割れたガラス窓から出る事にした。

 そこには馴染みの教授陣が立っていた。

「トレーニングテストを受け終えるまでは、決して帰る事はできん」

「山下が直せばいい、ただそれだけだ、ご飯の心配はしなくていい。たくさんある、それと足には包帯をもう巻く必要はない」他の教授がつっけんどうに言った。

「それまでは教授室で待たせてもらう」

「思った程難しくないと思うから」とまた一人の教授が言うと工具入れを山下に渡した。そして山とある食糧が運び込まれた。私と舞は歓喜した。この一週間、食糧に有り付けても少量で正直言って足りていなかった。

 しかし、状況は一変した。ホテルバイキングの様な洋食、和食、中華、東南アジア料理と並べられ、毎日新鮮な物が提供される。高級ベッド、高級シャワールーム、高級水栓トイレが設置されていった。また割れたガラスと砂は清掃され、窓ガラスは新調された。そして哀れにも外からカギが掛けられ、内側から開ける事が出来なくなった。

 トレーニングテストを受けないと自由の身になれない。しかし、二人には食という欲望、高級ベッドでの快楽しか頭にはなかった。用意されたレストランのテーブルの上にバイキング形式で料理を並べて、食して行った。朝昼と食べ、夜は焼肉とビールが出て来た。二人は食にギラついていた。

 しらふでなくなった二人は高級シャワールームの前で服を脱ぎ捨て、一緒にシャワーを浴びて欲情を加速させた。二人はバスタオルで特に下半身を拭き合いながら、うっとりして、そのまま高級ベッドに入り込んだ。

 二人は酩酊し、口付けを暫く交わし続けて、より愛欲と性を深めて行った。満足感と恍惚感と睡魔で二人はそのまま朝まで眠った。

 この快楽のルーティンを二人の世界で繰り返し、数十日続けた。このルーティンが止まったきっかけはシャワールームのお湯が出なくなったからである。

 ふと二人はトレーニングコーナーに目を向けた。そこには山下そっくりの男が作業をしていた。二人は数十日の時間の中で、一度でも山下を思い出す事も彼の仕事も忘れ、快楽に浸っていたのであった。彼は記憶の奥底に追いやられていた。

 山下教授はというと二人が強欲と愛欲に浸る中、こつこつとトレーニングマシンを工具でメンテナンスをしていた。後、二台で全て終わらせる所まで来ていた。急に二人に緊張が走った。

「何かトラブルでもあったのでは?」と教授。

「大丈夫です、自分達でやりますので」と私。

「私も手伝います、信を」ともと来た服装に着替えようとリュックサックを覗いた。缶詰めは腐り膨らんで、ミネラルウオーター以外完全に腐っていた、臭いもする。反射的にリュックサックを蹴り飛ばし、シャワールームの陰で着替えた。同様に私も着替えた。

 舞は緊張と恥ずかしさでシャワールームの奥から出てくる事はなかった。私は水栓のどこに不具合があるか、確認して回り大体を特定した。

 緊張と恥ずかしさを取っ払い、山下教授の所に行った。

「工具をいくつか貸してくれませんか?」と尋ねた。

「幾らでも借りて下さい、困ってるなら。私は何度も何度も困ってたんですけどね、ひひひ」私は礼を伝えながら、戦慄を覚えた。彼に自分達の行為は見られていたのだ。

 次の日、私は水栓の故障を直して、その次の日、教授は全てのトレーニングマシンの修理を終えた。

 私が向かおうとすると教授陣に呼び止められた。

「その風体でトレーニングテストを受けようとするのですか?彼女さんも鏡でも見てみたら?」と促され、トレーニングマシンコーナーの鏡に身体を写した。

 舞は悲鳴を上げた。私も唸った。

 身体中に掴めるほどの脂肪、脂肪、脂肪、脂肪。二人とも青ざめた。快楽に浸る生活をしている内に、気付かない内、醜い身体になってしまったのである。

「四週間あげるから、トレーニングマシンで身体を鍛えて、食事制限もして元の身体に戻すのよ。さあ始まり」と一人の教授が指示した。トレーニングコーナーに二人は頭を下げて、マシンの使い方を山下教授に教えてもらった。

 信と舞は分かれてマシンの運動をそれぞれ始めた。二人は醜さと決別する覚悟を持った。それからの毎日はぶよぶよのアスリートになったが如く、マシンで鍛えながら、糖質制限、タンパク質を出来るだけ取り、朝から晩まで身体を鍛え続けるルーティンに変わった。

 一定のテンションで燃える様に二人は、トレーニングを四週間続けた。自分達なりに身体がシャープになっていってるのを感じた。

 教授陣達がリハビリテーション室に入って来た。いきなり私、舞共にパンツ 一枚に脱がされ、ガウンを着せられた。ベッドに寝かされ、回りを衝立でベッドは覆われた。

「君は男だから筋肉が良く似合う」と言われると、ガウンが脱がされ四肢全体に数十本もの筋肉増強剤を打たれた。ガウンを着せられると、舞が呼ばれた。

「君は女性だから適度に脂肪を取り除く」と言うと、腹部周りを脂肪吸引した。

「美しい」と教授陣が言うと、服に着替えさせられて、トレーニングテストの二回目が始まった。

 二人は焦らず各トレーニングマシンに座り、限界値の少し下でテストをしていった。一通りテストし終わると教授に言われた。

「さすが我々だ、人体の仕組みを良く理解している。筋肉増強剤、脂肪吸引、適度に良い数値が出ている、成功だ」

「扉の自動ロックを解除する、これで外に出られる。ちなみに今日でテストが始まりデータを取り出して一一一日目だ」教授が言った。

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