第6話 深い夜

 五日目のおやつ時。コンビニエンスストアで買った袋飴を破り、一人一つ頬張った。飴を舐めながら、砂を掻き出す準備に移った。

 今回は効率を上げようと二つに破ったブルーシートに砂をまとめて掻き込んで、歩道まで運ぶ作戦だった。

 舞の部屋に移動すると、床にブルーシートを広げた。そこにある程度までショベルで砂を放り込んだ。玄関の開口幅より狭く二人で運べる重さに目分量なった時、ショベルの動きを止めた。

 ブルーシートで砂を包み、ビニールの紐で中が漏れない様にぐるぐるに巻き、ブルーシートを安定させ、引っ張る紐を巻き付けた。紐を二人で引っ張り、玄関の外に出て、ターンして歩道まで進んだ。そこで紐を解いてブルーシートを思いっきり広げて、砂を処分した。

 これを続けて舞が同じ事をして砂の処分をした。今までの作業効率の八倍程はあった。ブルーシートと紐を広げて、また舞の部屋に戻ると二枚のブルーシートを床に広げて、二人でショベルを持った。

 それで砂をブルーシートに放り込み、ある程度溜めるとブルーシートで砂を包み、ビニールの紐でぐるぐるに巻き、引っ張りの取っ手を一つずつ作った。

 徐々にブルーシートの袋二つを二人で玄関を通過してターンし、歩道があった付近まで運んだ。ビニールの紐を解いてブルーシートを広げると、中の砂を叩き落とした。また急いでブルーシートと紐を持つと舞の部屋に戻った。

 この様な砂を運ぶルーティンを何度も力の限り信と舞はして、夕刻を迎えた。軽くご飯と缶詰めを食べて、夜に向けて速度を落として作業を進めた。動きは疲れで遅くなっていたが、気持ちだけは室内の砂を出し尽くそうという方が勝っていた。

 低速で結局五往復して今夜の作業を終えた。二人共舞のベッドに横になった。皮膚に砂がこびり付き、ベッドも砂だらけだった。沈黙の中、ダブルベッドに仰向けになって、私が舞の掌を握った。ざらついていた。月夜の光で舞の顔を覗き込もうとした。

 無言のまま、口付けを交わそうとした。でも彼女の唇は砂でざらついていた。

「ふふ、無理、こんなの恥ずかしい。ちゃんと洗い流して」と恥ずかしさ一杯で告げた。

「じゃあシャワー浴びて私の部屋で寝るよ。また明日。じゃあ」と私。

「私も綺麗に頭から洗い流すわ」と言って、シャワールームに向かい、砂で肌を痛めぬ様、服を一枚一枚、ブラとパンツを脱ぎ、裸になった。砂で全身ざらついていた。舞はシャワーで頭から洗い流し、シャンプーを使い、長めにシャワーを浴びた。


 六日目の朝。私は玄関ドアを開けて共用廊下に出た。砂が少し吹き込んでいる様だった。少し積もっていた。夜のうちに風が吹いたのだろう。

 アパートの前で「今日もおはよう、眠れた?」私が挨拶する。

「おはよう、眠れたよ」舞は元気があった。彼女はタイトなTシャツを着て、伸縮性があるスリムなジーンズを履いていた。

 二人で舞の部屋に行くと、朝食、在庫のカップラーメンとインスタントスープを食した。

「明日は病院でテストの日だね、緊張してない?今日は余り無理しないでテストに備えた方がいいよ」とやや心配する舞。

「そうか、気を付けるよ、ありがとう。部屋の砂も三分の一位になってきたから、大分目処がついて来た」と笑顔で素直な私だった。

 二人少し息を吐くと、起き上がった。昨日見つけた日々の作業ルーティンの始まりである。

 私は言った。「今日は少し力を抜いてがばろう!」

「おー!」と舞も笑顔で掛け声を上げた。

 念の為、ズボンを下ろして舞は包帯を強く巻き直して、ズボンを上げた。看護師モードになっていた。そこから切り替え、作業モードになった。

 彼女と二人で二つのブルーシートに砂を入れて包み、紐で縛って紐の取っ手で引っ張りながら、歩道まで運び、ブルーシートをばらして砂をばら撒いた。

 この作業ルーティンを昼まで休憩挟みながら続けた。


 六日目の昼休み、舞が口を開いた。

「明日、病院どうするの?一人で行ける?一緒に着いて行こうか?どうする?」

「今は不安の方が大きい。出来たら着いて来て欲しい、舞に」

「そうなの、嬉しい。私も一人アパートに残ると、孤独に浸って寂しい。着いて行く」と笑顔で歯が見えた。綺麗な歯だった。

 私は彼女に甘えて明日は行動を共にしてもらう事にした。彼女は本当に頼りになる。

 昼からまた二人で作業に戻った。ひたすらルーティンの繰り返しだった。しかし、変化が出て来た。ショベルを床と平行に動かすと硬い床らしき物に当たる感触があった。もう砂は残り少ないのである。

 その事を舞に伝えた。彼女は大喜びだった。「やったー!」

 そして床を傷つけない様にショベルから竹ほうきに道具を切り替えた。ほうき作業に舞と私はうきうきしていた。ほうきでブルーシートに砂を入れ包むと外へと運んだ。段々と床のフローリングらしき物が見えて来た。

また彼女は喜んだ。

「信、好きー!」と舞は言った後、俯いて恥ずかしがった。

「私も舞、好き」と照れながらはっきり言った。

 私の言葉が舞の胸に突き刺さった。二人砂だらけのまま抱きしめあった。唇の砂が気になるらしく、口付けを交わしてもらえなかった。でも私は充分満足度があった。胸が熱くなった。

 竹ほうきで彼女の部屋全体を履いて、塵取りで確実に砂を集めていった。ベッドやテーブル、椅子の上もほうきで綺麗にして、最後は雑巾で拭き取っていった。日も暮れて部屋の電気をつける頃には、かなり部屋は綺麗になっていた。

「後は信の部屋だけだね」舞はうれしそうだった。「一人じゃここまで出来なかったよ」舞は少し泣いていた。

「今日はこの位で終わらせてご飯食べよう」と私が提案。

「私、シャワー浴びて来る、スッキリしたいから」と言って、着替えを持ってシャワールームに入って行った。

 自分もはっと思い、どきどきしながら、隣の自宅に行き、シャワールームでシャワーを浴び、砂を綺麗に洗い流した。サイボーグ部分以外は石鹸で洗って流した。すっきりした。着替えてまた隣の彼女の部屋に向かった。

 彼女はまだ脱衣室にいる様だった。私はその間食事の準備に取り掛かった。カップラーメンの蓋を開けて、お湯をある程度沸かし、皿を準備して、缶詰めをよそった。レンジでパックご飯を用意し、パインも開けた、カンパンも。

 彼女が出て来た。ショートパンツにカジュアルキャミソールを着て。なんかすっきり可愛い印象だった。

「可愛い服」と言って褒めてくれた。

「ご飯用意してくれたの?ありがとう」と舞は喜んだ。

「まだカップラーメンは準備がいるけど」と言うと、お湯をまた沸かし、カップラーメンに注いだ。缶詰めも温めた。お皿に盛ると見違える様に贅沢な食卓に見えた。

 彼女は指を伸ばして私の頬や腕や太腿を触った。

「ちゃんとシャワー浴びたんだ。明日は病院まで行くからしっかりと食べておきましょう」と、にこりとした。

「いただきまーす!」と私。

「いただきます」と舞。

 二人は大事に噛み締める様に夕飯を食べた。暫し沈黙が続いているのに気付き、舞に尋ねた。

「明日はどうやって東邦病院に行こうか?」

「この前、砂の街になってから、病院に何度か行った事があったけど、一番は歩いて行くのが楽で確実だった。砂に埋もれてバスは動かないし、地下鉄は砂が流れ込んで停まっているから」と舞はやや淡々と夕食を気にしながら説明した。

「歩きか、ま、妥当か」と私は返事した。

 私と舞は食べ終え、食器を片付けた。

 外の砂は深さ一メートルになっていた。


 私はそっと少し濡れた舞の手を握った。するっと彼女の手が滑った。

「ちょっと部屋を暗くしたい」と小走りに照明スイッチを押した。

 間接照明に部屋は変わった。舞は戻って来ると私の袖を強く引っ張った。

 私は彼女の両腕を優しく握ると、上に上げ、ゆっくりと身体を引っ張って行った。舞にはどこへ向かっているか見えた。が、両腕を持たれたので、軽い力では行く方向に抵抗出来なかった。

 二人はベッドにくっつく様に座った。お互いの太腿の感触が伝わる。私はどきどきしながら、彼女を抱き寄せた。両肩を持ち、少し身体を向けさせて、ゆっくりとそっと二人は口付けを交わした。

 私はどっくんとキャミソールを脱がそうとしたら、舞はするっとベッドの中に潜ってしまった。私も訳も分からず彼女に続き、ベッドに潜り込んだ。

 舞は見当たらない。暗い。一瞬足の指の様な物がよぎった。そして消えた。私はよりベッドの中心付近まで上がった。腰を見付けて両手で抱き抱えた。彼女は少し動き、私は彼女の背中を掴んで上がって行くと、布団カバーから顔を出す事が出来た。

 私はカジュアルキャミソールをお返しに、引っ掻く様に下へと下ろして脱がした。そして彼女に口付けをした。今度は彼女が自分のシャツを脱がしに来て、首から脱がされた。

 私もベッドの中に潜り込んで、すぐ取れそうなショートパンツを下にお返しに脱がしていった。その途中お尻の三分の一程パンツを脱がしてしまった。自分がベッドから顔を出すと、彼女は「ふふふ」と笑顔だった。

 そして一旦私は強く彼女を抱きしめた。すると吐息が漏れた。つかさず彼女のブラジャーをはずしたら、それを舞に取り上げられた。私は自分のジャージとパンツを一気に脱いだ。そして舞のパンツを撫でながら、サイボーグの足で下げ下ろし脱がすと、彼女の吐息が。

 二人はベッドの中で素っ裸になってしまった。密着し抱きしめ合いながら愛し合い、互いの下半身を触っていると二人共熱くなって来てしまった。

 そして愛と夜は一層深まっていった。


 六日目の深夜。汗で肌を濡らしながら、舞は渇いた喉を潤おすべく、冷蔵庫にミネラルウオーターを二本取りに行った。二人寄り添いながら裸の姿のまま、水を一気に飲んだ。まだ汗で肌を濡らしたまま、身体は熱ったままだった。

「ねえ、世界は砂漠と化して、より一層これから砂が雨の様に振り続けて、終わりになってしまうと思う?」舞が突然言い出した。

「そんな事はないと思うよ。砂が雨の様に降り続けたとしても、人類はそんなに野暮じゃないさ。必ず生き残るよ。不安なんだな」舞の肩を強く抱いてあげた。

 果たしてどうなんだろうと思い返した。この砂は空のどこから降って来ているんだろう。考えに及ばない。それに自分のサイボーグの足はどこまでこの環境に耐えられるのだろう。考えればキリがなかった。

「病院どうなってるんだろう」舞が呟いた。

「たくましく普通にやってるさ」

「そう思う?嫌な予感しか浮かばないんだけど」と舞。

「嫌な予感ってどっから来るんだろう?」

「この地上の大変革に決まってるじゃない」と言いながら彼女は泣き出した。不安が頂点に達したのだ。彼女を受け止めたいが、自分も訳が分かってない為、どうすることも出来ずただ傍らに居てあげることしか出来なかった。

 この砂降りの世界はいつまで続くのだろうか。永遠なのだろうか。考えても意味がわからない。気温も上がっているし、雲も少なくなっている。風もはなはだ強くなったり、止まったりを繰り返す砂漠気候。

 良く疲れた身体で、そしてこれからの事、今までの事など、答えの出ない事を二人で極限まで考えていたら、二人共急に眠気が襲ってベッドに横になると、一瞬で寝てしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る