第4話 彼女の自宅

 三日目の朝、私達は通路部分で落ち合った。坂西に何か化粧をしているのか、綺麗に見えた。互いに挨拶をした。私から。

「おはようございます、今日もよろしく。いい作業が出来たらいいね」

「おはようございます、うん、そうね。一日よろしく」彼女はにこりとして挨拶した。

 昨日は指摘する程の化粧ではなかった。しかし今日は。

「今日は化粧してるよね」と私。

「昨日もだけど。そうコンビニのプチプラコスメだけど、なかなか気に入ってるの、分かる?」笑顔だった。

「プチプラって言っちゃっていいんだ」

「いいの、これで気分がいいから、それに百貨店まで行けないし、この砂降りじゃ。結構買ってたよ女の子、コンビニで」

「確かに、そうかも」私は納得した。

 私も化粧はしてないが笑顔が溢れて、力がみなぎってきた。よし今日も頑張れそう。

「さあ、今日も一日頑張ろう」二人で声を上げた。

 二人でルールを決めた。一時間毎に小休止を取り、水分補給して、昼食、夕食を取る。辺りが暗くなって来たら一日の作業を終了すること。

 朝からスタートして黙々と砂捨て作業に集中した。最初の小休止の時、まだ良く知らない隣人に私は質問した。

「どこ出身なの?聞いていいのか、何歳?」

「私?私は茨木出身で、二十六歳、東邦都立看護大学卒業、はい」

「私も?じゃあ福城出身で三十歳、福城技術専門大学卒業、技術ライター。バツイチ、はい」

 坂西は驚いた様に言った。

「三十歳でバツイチ、若いですね、何があったんですか?」急に丁寧語になる。

「あまり詳しくは話したくはないけど、この両腕見て。あざの数々。DVの後、元妻にやられたのさ。そして彼女は精神科病院に入院。その後どうなったかは知らない」

「女性の見方が変わった?」と彼女。

「ああ、大いに変わったよ、お陰様で」

「かわいそうに」彼女は寄り添う様な言葉をかけた。私は胸が熱くなった。

「坂西さんはどうして看護師に?」

「私は父を若い時に亡くしたんだけど、自分が助けられなかったと酷く思い込んで、それで看護師を目指したの」と打ち明けた。

「かわいそうに」私も言葉を添えた。

 彼女の目元に涙が溜まっているのが、ちらりと見えた。目を閉じると涙は雫となって砂の上に落ちた。

「ね、小休止長くなったね。また作業再開しない?」彼女は道具を持って持ち場に戻って行った。

 私も気持ちを切り替えて持ち場に戻った。


 歩道、道路側では変わらず砂が降っていた。黙々と作業を続ける二人の出す音が時々重なる時がある。

 ショベルで砂をすくう音、バケツに砂を入れる音、持ち上げる音、運ぶ足の音。

 それに気付いた時、二人互いに「ふふふ」と笑うのである。

 私は主に自分の部屋を中心に、坂西看護師は私の玄関前から歩道までの通路の砂を掻き出していた。二人の音がそう滅多に重なる事は少ないのであった。

 小休止の時、彼女は手洗いに行くと言って自宅に戻った。冷えたペットボトルを渡されて感謝すると、何か言いたげだった。

「どうしたの?」私は妙に感じたので伝えた。

「実は、私の家も砂が積もってるの!二階の天井から降ってくるの!」

「何だって!今頃」

「七万円という大金をもらうからには、それをどうしても優先しないと思って来たんだけど、私の家の積もり方も結構な量になっちゃって、どうしよう」彼女は不安を口にした。

「そうだったのか、分かった。失礼だけど家の中に入らせてもらってもいいかな?」

「今まで人入れた事ないけど、高本さんだったらいいよ」少し安堵の表情を浮かべた。

「そしたら失礼するよ」看護師は家のカギを開けて中に案内した。気恥ずかしそうだった。さっき手洗いで戻ったのは、簡単に部屋を片付けるためだったのだろう。

 玄関扉の中から見た部屋の内観は、ほとんど私の所と間取りが同じで照明が四ヶ所付いていた。

 坂西は部屋の左端を指差した。砂が少しずつ降る音がする。視線を床の方に落としていった。驚いた!砂が円錐形に積もっていて、高さは胸くらい、広さは直径三メートル程に及んだ。

「だめじゃん、これは。私のとこより優先しないといけない。先ず砂が落ちてこない様にしないと」私は軽く段取りを説明した。

「それでね、日当七万円って言ってたんだけど、すごいプレッシャーだったし、私の家の事も気になるから、一旦止めない?」坂西が言って来た。

「どうするの?」

「そんなにお金お金の世界じゃないから、お互いに日当を三万五千円ずつ払ったとして、助け合うの。つまり貸し借りゼロ円で相手のために頑張るの。どう、良くない?」彼女の提案だった。お金を払うが払った分戻って来るから、ちゃらになる。お金は互いに減らない。いいアイデアかもしれない。

「分かった、そうしてみよう。途中で不備があったらまた考え直してみて。先ずは君の部屋優先だ。あ、関係も変わったし名前で呼びたい」と私は切っ掛けを作った。

「舞よ、坂西舞。あなたは?」

「信(しん)、高本信。信と呼んでね、舞と呼ばせてもらうよ」二人は関係を改めた。

 私はアパートの倉庫にある脚立と工具箱を持って、舞の部屋に入って行った。砂が落ちている所に脚立を強引に立て、工具箱から、金槌と釘を用意、掌サイズの厚いベニヤ板を持った。

 脚立を登って砂が落ちる天井部分にベニヤ板を当てがうと、釘を取り出し金槌でベニヤ板に打ち付けていった。釘を四本打ち付けると、砂はぴたりと止まった。

 舞の喜びの声と拍手が沸いた。私は一仕事を終え、舞の歓喜で嬉しさに浸っていた。

 脚立から降り片付けて部屋の壁に立て掛けると次の大量の砂の山の事を考えた。

「この大量の砂の山はどうしようか、舞。後一人人手、彼氏とかいる?」とおどける。

「いないから!こんなに隣人と苦労してるのに、助けに来ないなんて居る訳ないでしょ」

「ごめんごめん、私も居ないよ、助けてくれる様な人」そして二人で笑った。「ふふふ」

「ショベルですくって、バケツに入れて外に運ぶか。さっき倉庫にバケツが二つ、三つあったよ、使おう」

 バケツは四つになり、ショベル二つで作業に取り掛かれる様になった。

 改めて舞の部屋をぐるっとさり気なく見てみた。白い家具ベッドで揃えてあり、壁紙は一面だけピンク柄の植物模様で残り三面はホワイト一色だった。女性の家として清潔感があった。

「あんまりじろじろ見ないでよう、恥ずかしい」舞は照れていた。

 ショベルで砂を掻き出してバケツに入れて、一人二つ持ってバケツを外に運び、歩道辺りで捨てる作業をひたすらに繰り返した。

 とっくに昼食時は過ぎてしまっていた。舞が買ってきてくれていた、パックご飯と惣菜で昼ご飯を食べることにした。レンジでチンして。

「どうしてこんな世界になってしまったのかなあ、いつからなの?」舞に尋ねた。

「少なくとも十日前からだと思う。一週間半位。知ってるけどあなたの足も災難ね。足、大丈夫?」

「知ってるよね。大丈夫も何も良く動いてるよ、驚くほど」

「突然空が曇って来たかと思うと、さらさらと砂が降ってきて、街は大混乱。病院は患者さんで溢れて、あちこちで子供達が泣いていたわ。私も一週間ほど通ったけど、信の七万円がきっかけで有給休暇を取る様にしたの。こんな緊急事態下で休んでるから、もう戻れないかも知れない」舞は不安になり気を落とした。

 私は勇気を出して彼女の手を握ると、暫く続けた。

「手あったかいのね、私より」舞が呟く。そのまま「ゆっくりご飯は食べればいいさ」と自分が呟いた時、玄関扉が開きっぱなしなのに気付いた。

「玄関空いてる、ご飯食べちゃおうか?」私が言うと恥ずかしそうに彼女は重ねた手を引っ込めた。彼女は何もなかった様に話す。

「まだまだ砂が私の部屋と信の部屋、通路にも溜まってるし、いつまでかかるのかな?」

「どうだろ、一週間から十日くらいな気がする」と真剣に答えたら、舞はすねた。

「あ、でも、四日後の日には、病院にテストで行かないといけない、一緒に来る?東邦大学総合病院」

 彼女は少し嬉しそうにうなずいた。

 二人は話し込んだので急いでご飯をかき込み、昼食を終えた。

 昼から二人で舞の家の砂を外へと掻き出した。急ぎ気味に。途中小休止した時、舞の部屋の状態を観察した。砂はまだいくらでもあった。

 私は思わず少し溜め息が出た。

「がんばろ、こつこつとやれば、砂を排除出来るから」と少し不満げに舞は喋った。

 そこから夕食まで信と舞は必死な姿で砂を外へと掻き出しっていった。歩道の辺りは大分、砂が溜まって見えた。

 辺りは暗くなりつつあり、今日の作業は終えて夕食にしようと舞に告げた。

 舞はうちにある最後の食材と言って、手を洗いテーブルにパックご飯、惣菜、水を並べた。

「だから明日、食材を買いにコンビニかスーパーに行かないと。たっぷり二人分」と舞。

「そうだね、二人分」うふっと私は笑った。

「そう言えば、その両足のサイボーグって、どうなってるの?看護師だし、分かる範囲で興味がある」と靴を脱がし、ズボンを下ろし脱がして足首上から慣れた手つきで、包帯を解いていった。そしてサイボーグの全貌が見えた。

「そうか、包帯はサイボーグを保護する為にも必要なんだ。金属じゃない合成樹脂みたいなもので作られていて、筋肉組織と素性が凄く似ている。凄い技術ね。これを四日後に見せに行くのね、東邦病院に」と集中力が切れた時、自分が私にしでかした事に恥ずかしい思いが湧いて来て、一瞬で私の全身から目を逸らした。

 私もこの状態で動けないのは困ったので、一言指示した。

「坂西看護師さん、まだ施術の途中なので最後まで責任持ってやって下さい。ついでに新しい包帯と交換して」

 そう言うと新しい包帯を取りに行き、巻き付け出しズボンをはかせ、最後に靴を履かせた。

 夕食を食べ終え、立ち上がった時、後ろから私を強く抱きしめた。

「明日もまたちゃんと会おうね」と言って軽く前へ押した。

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