555年生きた小学生

ロズィエ・ファイナル・ラストエンド

第1話

 赤い赤い血潮が綺麗に綺麗に自分の身体から吹き出した。私の身体に剣を突き刺した端正な顔の勇者が眉間に皺を寄せて今にも泣き出しそうな表情をしていた。


 555年、思い返せば気が遠くなるほどの長い年月を生きた。長い年月は私をあまりにも強くし過ぎて気付けばその世界の魔王として恐れられていた。


 ただひたすらにおのが魔力の鍛練を続けていただけなのに、振りかかる火の粉を払うのみで自ら望んで人々を傷付けた事は一度も無いというのに…


 ああ、どうして私は魔王などと呼ばれているのだろうと思う。


 だからこうして誰かに倒される日を私はずっと待っていたのかも知れない。私に刃を突き刺してくれる誰かをずっと……


『何を泣いておる…ぬしは勝者だというのに…』

「ファイブス…君はどうして…」


 一瞬だけその勇者がかつて過ごしていた世界の記憶が流れ込んできて、私はそのまま彼にもたれ掛かるように息を引き取ったのだった…


 ▼▼▼


 勇者に倒された後、霊体となって「行き着く先はいったい何処だろう」と暗闇を漂っていた私の前に、一人の真っ白な翼を生やした女神のような人物が現れた。


『貴女に次なる運命をプレゼントしたいのですが受け取って頂けるでしょうか?』


 私のような悪魔に何故そんな問い掛けを?と思い瞬時に首を振った。『どうしてですか?』と女神が問い掛けてきた『受け取る資格は無いからな』とだけ答えた。


 漆黒の翼を生やし巻き角を頭に添え、血のような赤い瞳をした私は誰がどう見てもまごうことなき悪魔罪人で、人類にとって正に最強で最悪で彼らを恐怖に陥れる象徴として扱われてきた。


 ゆえに私は首を振った。されど彼女も首を振った。


『申し訳ありません、これは決定事項なのです。貴女を倒し世界を救った勇者のただ一つの願いなのです。』


 笑止、ならば初めから質問形式になどせねばよかろうに?苦笑しながら来世へと消え行く私に頭を下げながら女神は言った。


『願わくば次こそは幸せなる運命を…』


 ああそうだな願わくば、かの勇者達のパーティーのように誰かを助け、誰かの為に泣き、そして誰かの為に勝利を目指す、そんな運命を歩んでみたいものだな…


 何度私の攻撃をくらっても立ち上がり、ボロボロになりながら向かってきた彼を鼓舞する仲間達の声援に気を取られ、無抵抗に刺されてしまったあの時の胸が実体も無い筈なのに何故かチクリと傷んだ…


 ▽▽▽


 目覚めた先は何処か見覚えのある世界で、そこが勇者の記憶の中にあった世界だということに気付くまでにそう時間は掛からなかった。


 新しく産まれ直した私は、また随分と前世とは違った容姿だった。紫色の妖艶に巻かれていた髪は真っ白な絹のように細い髪に、鮮血を浴びたような赤い瞳は光など一つも射さないような真っ黒な瞳へと変わっていた。


 何も映さないような瞳を見て気味悪がる者も多く、話し掛けてくれた人間達は皆それっきりで終わってしまった。


 小学生というものになっても、赤いランドセルを背負って歩く私の近くには相変わらず誰もおらず、まだ六歳でいながらも私は「あの願いはきっと成就する事はないのだろうな」と既に諦めている。


「また、憂さ晴らしにダンジョンにでも行ってみるかのう…」


 コツンと小石を爪先で弾きながら、そんな事を呟いてみる。テンテンテンと地面を転がる石を蹴った私の姿はもはや地上には存在しない。


 グンッと上空へと浮かび上がり、とある山中に存在する洞窟を目指す私を目で追える者はこの世界にはいないだろう。


 


 私が産まれた年に突如出現したそれは、今や世界中のあちこちに存在する。出現すると同時に日常生活で急に魔法が使えるようになった者、スキルという大いなる力に目覚めた者も大勢いて、そんな彼等は歓喜し、こぞってアイテムやレベルアップ、自身の力を試す為へとダンジョンに足を運んでいた。


 しかし、未だにその最下層へと到達したものはいない。


「くはははははっ、どうした?どうした?ダンジョンの守り主よ。汝の力はそんなものか?未だ全盛期の十分の一しか力の無い私に傷一つもつけられないのか!?」


『ぐっ…貴様何者だ……』


「我が名を聞くか弱き者よ。我が名を聞いて立っていられるか力無き脆弱ぜいじゃくなる悪魔よ。かつて世界中に名を轟かせた我が名を聞いてなお立ち向かってこれる勇気が貴様にはあるのか?」


 バサリと背中から漆黒の翼を生やす。六枚もの羽根を広げ怪しく笑う私を見て、最下層に君臨していたかつての配下よりも弱いその牛頭骨の悪魔はガタガタと震えて後退る。


『その翼は、まさか……』


「左様、我が名はファイブス。ファイブス・ザ・ワールドディマイズ。かの異世界の王にして貴様らに祀り上げられた哀れで滑稽で馬鹿でマヌケな地上最強にして最悪な悪魔で、今は幼き人間の身体をもつ小学生だ。」


 ズオンッ!


 強大なる音を立てて辺り一面を漆黒の炎で焼き払う。私が潜ったダンジョンは5分経ってもなおその揺れが収まる事は無く頭上からパラパラと砂利や小石などが落ちてきている。近場に置いておいたランドセルを少し払ってから背負いなおし、いずれ復活するであろうダンジョン主に背を向けて再び浮かび上がる。


「まずい、遊びすぎた。早く帰らねばまた母君に怒られてしまう…」


 望んで人々を傷付けた事は無い。しかし己の腕試しに幾度も強悪なる悪魔ライバル達は葬ってきた。気付いたら魔王などと呼ばれていたのは、もしかしたらそれが原因だったのかも知れないと大空の中でふと思う。


 未だダンジョンを攻略した者はいない。


 そう、この地上最強にして最悪なる力を持つ、かつて555年もの長い年月を生き、伝説の魔王と呼ばれた陰宮かげみや珊瑚さんごという小学生女子以外は……

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