第30話 蕪煮
秋も本番を迎えて朝や夜はすっかり冷え込むようになってきた。
王都近辺では秋の味覚が市場や食卓を賑わせ、栗やサツマイモにカボチャなどのスイーツが店頭に並んでいる。
貴族街の飲食店も変わらず彩りの暖かなスイーツを眺めながらアデルハイドは今日も居酒屋「花結び」の裏口を開いた。
珍しく早くに終業したらしいフェリクスとディオンにディオンの婚約者であるマリア嬢がカウンター席からアデルハイドを迎えた。
「まだ店の開店時間ではないのだけど?」
そう苦言を呈しても気にしないディオンがへらへらと笑いながら横に座るマリアを紹介した。
「俺の婚約者のマリアだ、ハミルン子爵家の長女だよ」
「マリアです、よろしくお願いします」
立ち上がりカーテシーを見せたマリアに微笑んで挨拶を返してアデルハイドは着替えに向かった。
カウンターの内側で調理を始めたアデルハイドをマリアが目を丸くして見つめている。
「ディオンから話は聞いていましたが本当にアデルハイド様が調理なさるのですね」
貴族令嬢が料理をすることは滅多にない、下位貴族であれば貧しさから使用人を最低限にしか置かず料理をする令嬢もたまにはいるが、高位貴族の令嬢ともなれば菓子以外で調理などは寧ろ嫌厭される、のだがアデルハイドには前世の記憶がありその辺りは気にならない、更に悪役令嬢という役割を乙女ゲームで与えられているがために多少の我儘や奇行すら何故か受け入れられている。
偏見に晒されても尚公爵家跡取りのアデルハイドが白い目を向けられることもなく、そういう面では乙女ゲーム様々といったところ。
マリアの新鮮な反応を尻目にアデルハイドはすり鉢に鱈の身と片栗粉に塩とおろし生姜を入れすり棒と共にぼうっと座るフェリクスに渡した。
「擦ればいいのかい?」
「お願いするわ」
アデルハイドに任されたのが嬉しいのかそそくさとアデルハイドが知らない間に用意されていたエプロンを身につけて手を綺麗に洗ったフェリクスが鱈の身をゴリゴリと擦り始めた。
「フードプロセッサーが欲しくなるわね」
ウキウキとすり棒を動かすフェリクスを見ながら小さくアデルハイドは呟いた。
「え?え?だ、第三王子殿下が?え?」
仮にも第三王子、フェリクスがエプロンをしているのも驚愕ものなのにと戸惑うマリアと気にしないディオンをチラッと見てアデルハイドは蕪を取り出した。
葉を落とし皮を薄く剥いて上部を切る。
上部は蓋にするため纏めて避けて葉は塩漬けにするようにハノイに頼んだ。
蕪の内側をスプーンでくり抜いていく、余り薄くしすぎると崩れてしまうのでほどほどに、くり抜いた中の分はそのまま今日の味噌汁に回す。
器状にくり抜いた蕪にフェリクスから受け取った鱈のすり身をスプーンで詰めていく。
鍋に昆布と鰹の合わせ出汁を入れ塩、醤油、酒を加えて蓋をした蕪を並べて落とし蓋をする。
浮いて転がるといけないので出汁は蕪の半分ほど、落とし蓋をしてからさらに出汁を加える。
火をつけ沸騰したら直ぐに弱火にしコトコト煮ていく。
水分が少なくなったら蕪をそっと取り出し、出汁に水溶き片栗粉でトロミを付ける。
漆器の器に蕪を入れとろりとあんをかければ完成だ。
「どうぞ」と味見がてら蕪煮をカウンターに座る三人に出す。
フェリクスはハノイに勧められて熱燗に挑戦するらしい。
眉を上げて熱い酒をこくりと飲んで蕪に箸を入れる。
音もなくスッと箸が蕪を崩し鱈のすり身と共に口に運んだ。
「あっつ!ん、蕪の甘さとホクホクとしながら溶けていくような食感に鱈の旨みが、うん旨い」
「生姜が良い仕事してんなぁ」
ハグと食べながらディオンがそう言う中、箸の使い方のわからないマリアが困ったようにディオンを見上げる。
気付いたのは正面にいるアデルハイドとハノイでそっとハノイがアデルハイドにスプーンを渡した。
アデルハイドからスプーンを受け取り一口蕪煮を食べたマリアの目が大きく開かれる。
「凄い!美味しいです!柔らかな蕪と鱈の旨みに生姜が香って、スープにトロミがあるからスープの風味も合わさって、凄く幸せな味ですね」
マリアが上品ながらあっという間にに食べ切ると、今日は顔見せのつもりだからとディオンに送られてマリアは開店前に店を出た。
アデルハイドは首を傾げたが、熱燗にハマったらしいフェリクスの楽しそうな声に「まあいいか」と開店準備に取り掛かった。
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近況ノートにて五万PVありがとうございます居酒屋番外編「ローストビーフ丼」SSを掲載しました、本編と合わせてお楽しみください。
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