第29話 焼き椎茸
ウキウキとスキップでもしそうな勢いで居酒屋「花結び」の裏口を荷物を抱えて入って来たのはアリッサだ。
慌てて裏口に詰めている公爵家アデルハイド担当護衛の一人がアリッサの荷物を引き受けてテーブルに乗せ、ひとつ礼をし感謝を述べるアリッサに頷いてまた裏口の警護に戻った。
客に要人が多いことに加えて公爵家跡取りであるアデルハイドのために、外から見てもわかるぐらいには居酒屋「花結び」の警護は重厚になっている。
そんな出勤をしてきたアリッサが嬉しそうにアデルハイドに声をかけた。
「アデルハイド様に頼まれていた養殖の椎茸、持って来ました!」
弾むような声でアリッサが告げればアデルハイドも「まあ」と明るい声を出した。
運ぶために巻いていた布を取り払い中の箱の蓋を開ければ、丸々と肉厚な椎茸がゴッソリと詰まっている。
「アデルハイド様のおかげで我が領地に竹以外の産業が出来ました!」
アリッサが言うように男爵領で持て余していた竹林を筍だけでなく加工品にするアイデアと同時に小山や林が多く、自然に生えるキノコ類を地元で消化するだけだった男爵領に養殖してみてはどうかと、興味のある研究者を数名紹介したのが始まりで今年漸く出荷出来るまでになったそう。
これにはアデルハイドも大喜びだった。
「秋に安定して椎茸が手に入るのは嬉しいわ、さあどうしましょうか、肉詰めにしてもいいけどこれだけ肉厚ならやっぱり……」
「焼き、ですよね」
「網焼きに塩でしょうかね」
椎茸を眺めるアデルハイドにアリッサとハノイの声が重なる。
「塩、醤油とあと幾つか食べ比べセットにしましょうか」
既にアデルハイドの頭の中でも網で焼いた椎茸一色になっていた。
ハノイとアデルハイド二人で話し合った結果、焼くのは串焼きにも使用している炭火焼きにすることになった。
「石づきは切り落として軸は短冊切りにしてお吸い物にしましょう」
濡れた布巾で丁寧に汚れを落としてアデルハイドが石づきを切る。
ハノイが軸を切って傘と分けると残りの軸は短冊に切ってまとめた。
「先ずは定番の塩ね」
傘を裏返し下部が上に来るように並べてじっくり焼いていく、ぷつぷつと水滴が浮いてくるぐらいに軽く塩を振る。
「塩はこれでいいわ、次は醤油ね」
醤油も同じように椎茸を焼いて水滴が上がって来て暫く焼いてから傘の内側に醤油を少し垂らす。
「我が家ではチーズを入れてました!ボリュームもあっておススメなんですよ」
アリッサの提案に頷いたアデルハイドにハノイがそっと削ったチーズを渡した。
「網焼きよりオーブンの方が良いかしらね」
傘の内側に塩を振りチーズを詰めて天板に並べて熱したオーブンに入れる。
「アデルハイド様」
ウキウキと椎茸を焼いていると普段は黙って警護にあたっている護衛の騎士がアデルハイドに少し遠慮がちに声をかけた。
「どうしました?」
「バターを、試してみませんか?」
おや?とアデルハイドが片眉を上げる、どうやら山間部出身らしく話を聞けば懐かしい香りについ口を挟んだが、祖父と父と山に行った時だけ食べていた秘密のご馳走だったらしい。
公爵家騎士の子どもの頃の懐かしの味と聞けばやらない手はない。
傘を下に内側にふつふつ水滴が上がってからバターをひとかけ。
出来上がりにパセリの微塵切りを乗せたらバター焼きの完成。
「ああ、懐かしいですね」
にっこり笑った騎士に礼を言って最後はポン酢を垂らした焼いた椎茸に葱を乗せた。
五種類一皿にした椎茸を全員で味見する。
折角なので貴重な思い出の味を提供してくれた騎士もテーブルに座らせた。
「先ずは塩ね」
ぱくりと食い付けば肉厚な椎茸から旨みの詰まった汁が口の中に溢れ出す。
「やっぱり塩いいですね、椎茸の味が一番わかる気がします」
アリッサが言うように椎茸の濃い風味が一番際立つのは塩だろうとアデルハイドも頷く。
用意した酒はアデルハイドが辛口の冷酒、ハノイは熱燗をアリッサは炭酸水とレモンで割った焼酎を、焼いている間に交代時間になった騎士はビールを選んだ。
「次は醤油ね」
「香ばしさと醤油特有の塩辛さに椎茸の旨み、バランスがいいですね」
ハノイが頷く。
「チーズの方は椎茸の味をチーズがまろやかに包んで、食べ応えが一番あるわね」
アデルハイドが頷く。
「バター、やばいです!クリーミーなバターの風味とキノコとか絶対勝ち組ですよ!」
アリッサが興奮気味に言えば騎士は照れたように笑った。
「ポン酢のサッパリした酸味も良いわね、これもみじおろしも添えましょうか」
アデルハイドがそう言うとハノイが直ぐにもみじおろしを用意した。
「ちょっとした辛味が加わって更に味が深まった気がします」
騎士が感心したように口にする。
「秋の定番メニューに今日から加えましょう!あ、あなたはもう今日の仕事は終わりでしょう?ゆっくり食べていきなさいな」
アデルハイドにそう言われた騎士が笑顔でアリッサに追加注文するのを笑って聞きながらアデルハイドは居酒屋「花結び」の暖簾を出した。
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