第26話 冬瓜のそぼろ煮

 「そう言えば、どうしてアデルハイド様は居酒屋を作ろうと思ったんですか?」

 やることがひと段落し、客の途切れた店内でアリッサが何の気なしにアデルハイドに問いかけた。

 「そうねえ夢だったのよ、肴が好きでお酒も好き、同じように同じものが好きな人たちが楽しくなれる場所を作りたかったの、まあ今はそれだけではないけれど」

 アデルハイドは建前の話をしながらふと前世を思い出していた。

 父と祖父だけが夕飯のメニュー以外に一品二品特別な皿が付く。

 特別なお料理を食べながらちびりちびりと美味しそうに飲むお酒、お酒が入ると普段厳しい父も祖父も優しく笑っていた。

 特別なお料理を強請れば膝に座らせてもらい「少しだけだぞ、こりゃお前の父さんも俺も楽しみにしてるもんだからな」と笑いながら取り分けてくれる。

 長くは続かなかった前世のアデルハイドが何の憂いもなく幸せだった頃の記憶だ。

 そんなことを考えていたせいか、不意に祖父が楽しみにしていた小鉢料理が食べたくなってしまった。


 翌日、市場で仕入れた冬瓜を護衛の騎士に持たせてホクホクと居酒屋「花結び」の裏口を開いた。

 ハノイがいつものメニューの下拵えをする傍ら、テーブルやカウンターを布巾で拭くアリッサとフェリクスが、入り口の掃き掃除をしたらしいディオンが箒を片付けていた。

 「そろそろ、殿下とディオン様にバイト代を払わなければならないかしら」

 首をコテンと傾げたアデルハイドにハノイが苦笑を見せた。


 「大きいね、これは?」

 護衛の騎士がカウンターに冬瓜を一つ置いたのをフェリクスがちょこちょこと寄って来て覗き込む。

 「冬瓜よ、食べたくなったのだけど今が旬だから丁度良かったわ。」

 そう言って着替えてカウンターの内側に入る。

 四等分にした冬瓜の皮を剥いていく、柔らかな部分をメインに使いたいが厚く切ると煮崩れしやすい、薄く切るにはピーラーが欲しくなる。

 「そろそろピーラーの制作をしようかしら」

 そう言いながら皮を剥いた冬瓜のワタを取り除き、一口大より少し大きめに切り分け軽く下茹をし水を切ってザルにあげる。

 鍋に油をひきおろし生姜と鶏の挽肉と塩をひとつまみ。

 バラバラになるように炒めて昆布で出汁を取ったダシ汁を加え沸騰させながら灰汁を取る。

 冬瓜を加え酒と醤油で味を整えて暫く煮ていく。

 最後に水溶き片栗粉でトロミをつけたら完成だ。

 器に盛ってミツバを添える。

 

 「どうぞ」

 と開店したての店内、いつものカウンター席に座るフェリクスとディオンに小鉢とほんのり辛口の冷酒を差し出す。

 透明な冬瓜をフェリクスが箸で摘んで口に入れた。

 「舌で潰れるくらい柔らかくて噛むほどに出汁が口の中に広がって、そぼろの旨みと食感があるから食べ応えもしっかりしてる」

 「うん、そうだな俺としてはもう少し辛い冷酒でもいいな」

 「うん、サッパリしてるから食欲が無くても食べれていいな」

 フェリクスとディオンが目を丸くしながら話しているのを聞きつつ、アデルハイドも冬瓜を口に運ぶ。

 冷酒をちびりと口に入れ「あら、確かにもう少し辛口のお酒も合うわね」と微笑んだ。

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