第21話 オクラとチーズのフライ

 「学園とは別人だよなぁ」

 そうフェリクスの隣に座り片肘を付いて話すのは騎士団長子息のディオンだ、あの日騎士団長に連れられて居酒屋「花結び」に足を踏み入れて以来、ほぼ毎日フェリクスと共に訪れるようになってしまった。

 フェリクスは時々忌々しそうに睨みつけているがディオンは気にする様子もなく、今日もお通しの枝豆を食べながらビールを傾け、メニューと睨めっこを始めている。

 そんな二人に店内の雑談が耳に届いた。

 「国境警備に配属されてる弟が言うには…」

 「東の方の物価が…」

 様々な立場の人々が集まる場所ならではの雑多な噂話が飛び交う中、学園の話題が出て来た。

 「例の男爵家の令嬢、随分同年代の令嬢たちから顰蹙を買っているらしいな」

 「なんでも第三王子殿下や騎士団長の子息、公爵家の令息や司祭長の令息までたらし込んだとか」

 「やり手だなぁ、そんな令嬢なら俺も一度くらいお相手してくれねえかな」

 「おいおい、お前なんか相手にされるわけないだろ」

 品のない会話にフェリクスとディオンの顔色が悪くなる。

 慌ててアデルハイドを見て首を横にぶんぶんと振って今の会話を否定するが、アデルハイドとしては別に籠絡されたとて知ったことではない。

 曖昧に笑って流すのをディオンが「さすが氷の令嬢、動じないんだ」とか言っているが、そんな令嬢は知らない。

 「で、何にするの」

 「お、お任せで」

 とオドオドしながら答えたフェリクスにアデルハイドはふむと考えてから調理台に向かった。


 まだ若い二人、最近フェリクスはディオンに釣られて肉系が多い、ならば主役は旬のオクラにしましょうとアデルハイドはオクラを取り出した。

 塩を振ってコロコロと転がしながら産毛を取り除く、綺麗に洗い流したらヘタを切り落とし一口大に切っていく。

 前世のカマンベールチーズに似たチーズも八等分に切り分ける。

 満遍なく小麦粉を塗し、余計な粉をはたいてよく溶いた卵に潜らせて細かく砕いたパン粉をつける。

 熱した揚げ油に入れシュワシュワと揚げていけば直ぐに出来上がり。

 ソースは自家製のトマトソースを添える。

 熱したオリーブ油にすりおろした玉ねぎとニンニク、刻んだバジルを入れ潰して濾したトマトを加え塩胡椒で味を整え煮込んだものだ。

 よく洗って水気を切ったレタスとレモンを添えてフライを盛り付けて完成。


 アデルハイドが出来立てのフライを二人の前にコトリと置いた。

 学園の噂話はまだ続いているようで居心地悪そうな二人の横を忙しなく通ったアリッサが足を止めて戻って来た。

 「あの噂少し古いですね、今は第三王子殿下はフラれたことになってます」

 「そうなの?!」

 それにフェリクスが驚いたように目を丸くする。

 「はい、まあ外野で見てれば第三王子殿下がずっと彼女から逃げていたのがわかりますけどねぇ、教室にも居れなかった時期がありましたし」

 アリッサに言われてアデルハイドも暫く教室でフェリクスを見かけなかったことを思い出した。

 「相手にされなかったことを良いように捻じ曲げて伝えてるみたいですが、信じてるのは一部ですよ」

 フェリクスの援護射撃だけしたアリッサはテーブル席の客に呼ばれて行ってしまった。

 「最近はアディと居るからか僕のところには来ないし安心してたんだけど」

 「まあ迂闊に氷の令嬢に喧嘩売る真似はしなかったのかな」

 はぁと力が抜けたのか出されたフライをフェリクスがパクリと口に入れた。

 サクッと軽い音がしてフェリクスの顔が綻ぶ。

 「柔らかいオクラの歯応えとカラッとしたフライの衣、トマトソースの爽やかな酸味がオクラに合うね、青っぽさもなくて粘りのあるオクラが甘くて旨い」

 「チーズもとろりとして舌に絡みつく甘さが際立って、トマトソースとすごく合うな」

 ビールをお代わりしながらパクパクと口にフライを運ぶ二人の耳に、噂話はいつの間にか届かなくなっていた。

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