第12話 肉巻きアスパラ

 シトシトと長雨が続く王都、雨の時期にはまだ早いのにねという会話が学園でもあったが、実際今年は雨の日が多い気がすると降り止まぬ雨を見ながら裏口から居酒屋「花結び」に出勤した。

 当たり前のように後ろを付いて入店するフェリクスにアデルハイドはわからないように小さく溜息を吐いて着替えに向かった。

 「今日も雨ですねぇ」

 アリッサが頬に手を当てて暖簾を出しながら話す。

 「あ、いらっしゃいませ!」

 慌てたような声に入り口を見れば常連の一人である衛兵隊長が若い部下の衛兵を従えて入店してきた。

 「ここ、何すか?」

 「まあいいから座れ」

 テーブル席に座りビールを二人分注文する衛兵隊長に不満気な顔を隠さない若い衛兵が運ばれてきたビールを溜息混じりに飲んだ。

 「うわっ!何すかこれ!めっちゃ旨いじゃないですか!」

 「はぁ、お前ねぇ……そういう態度ばかりだとそのうち痛いめに合うぞ?」

 どうやら春に入隊した新人のようだが問題があるのか面談がわりに連れてきたようだ。

 「女将、なんか野菜と肉両方食えるやつ出してやって」

 「野菜、ねぇ」

 「あ、アスパラが良い、姉ちゃんアスパラにしてよ」

 若い衛兵が気安くそう言った瞬間カウンターに座っていたフェリクスがガタリと立ち上がった。

 「殿下、座ってくださいませ」

 「いやでもあのような口の利き方は」

 「ここは居酒屋ですから仕方ありませんよ」

 アデルハイドが小声で諌めるのを見た衛兵隊長が此方を見て青褪める。

 「ん?なんだ?兄ちゃん女に良いとこ見せたいってか?」

 絡むような声色をあげた若い衛兵を衛兵隊長が拳骨で諌めた。

 「馬鹿!この馬鹿!お前!女将は公爵家のっ」

 「はぁ?公爵家の使用人かなんかっすか?」

 「違う!次期女公爵となるアデルハイド様だ!そしてお前が絡もうとしたのはアデルハイド様のご婚約者で第三王子殿下のフェリクス様だ!」

 馬鹿馬鹿とポカポカ拳骨を落とす衛兵隊長を若い衛兵が見上げて目を丸くしながら口を開けている。

 その様子にアデルハイドはまた溜息を吐いて、豚肉とアスパラを取り出した。

 

 「僕も同じのをくれるかな」

 「はいはい」

 そう言ってからアデルハイドはアスパラの下準備に入る。

 サッと洗ったアスパラの下部を少し切り落として固い部分の皮を剥く。

 育ち過ぎて固くなっているものは包丁で硬い皮だけ小削ぎ落として三等分に切り分け、根元から順にサッと下茹でしてザルに上げ粗熱を取って水気を切っておく。

 薄切りにした豚ロースを広げ軽く塩胡椒をしてアスパラをくるりと巻いていく。

 巻き上がった豚肉を巻いたアスパラに片栗粉を塗して下準備は完了。

 フライパンに油を熱してニンニクで香りを付けると閉じ目を下にして豚肉を巻いたアスパラを焼いていく。

 焦げ目がつき始めたら裏返し、しっかり肉に火が通ると酒、砂糖、塩、醤油に鷹の爪を小口切りにしたものを加えトロミが付くまで火を入れながら豚肉にタレを絡めていく。

 アデルハイドは焼き上がった豚肉を巻いたアスパラを大葉を敷いた皿の上に乗せレモンを添えた。


 「はい、アスパラの豚肉巻きよ」

 コトリとカウンター越しに皿をフェリクスの前に置く。

 いつの間にか器用に箸を使えるようになったフェリクスがパクリと頬張る。

 「甘辛いソースが絡んで、アスパラと豚肉が噛む度に甘さを引き出して、ビールに合うね」

 ゴクリゴクリとジョッキからビールを喉に流し込み、満面の笑みを浮かべまた一つ口に運ぶ。

 「とろみのあるソースが肉にしっかり絡んで、それにアスパラの食感が楽しいね」

 「そうね、柔らかな穂先とほっくりとした中央部分に根本はシャクシャクと歯応えがあって甘いだけじゃないアスパラの美味しさがあるものね」

 狙い通りのフェリクスの感想にアデルハイドは気を良くして取り分けておいた肉巻きアスパラを一つつまむ。

 口当たりの良いあっさりとした冷酒をくぴりと飲んで「ふぅ」と息を吐いてテーブル席を見る。

 叱られながら意にも介さず肉巻きアスパラを頬張りビールを飲む若い衛兵を見ながら「衛兵隊長も大変ね」と小さく笑った。

 

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