第11話 茄子づくし
「ナスですかい?」
「ナスね」
ドンと積み上がった木箱いっぱいのナスにアデルハイドは眉間を揉んだ。
最近になり矢鱈と距離を詰めてくる婚約者でもある第三王子のフェリクスへの対応に疲れてウッカリ注文し過ぎたナスの山を前に少しの反省の後、アデルハイドは割烹着に袖を通した。
「今日は茄子尽くしと致しましょう」
そう言って準備を始める。
網焼きでじっくり焼いた茄子を使った焼き茄子には鰹節とおろし生姜を加えポン酢でサッパリいただく。
「折角だからおばんざいスタイルにしましょう」
パンと手を打ち大きな皿を幾つかカウンターに並べていく。
「見て選ぶんですね!これは楽しそうです」
アリッサが目を輝かせている。
焼き茄子の準備として茄子の網焼きをハノイに任せてアデルハイドは次に取り掛かった。
縦に半分切った茄子には皮面に斜めの切れ込みを入れる、油をひいたフライパンを熱して皮側から焼き目が付くように焼いていく、水、砂糖、塩、醤油に酒とおろし生姜を加えて一煮立ち、そのあとは弱火で五分程度煮ていく。
皿に移してたっぷりの大根おろしをかけて煮浸しの完成。
定番のふた品にアデルハイドは満足気に頷く。
ここからは肴として前世で好きだったメニューに取り掛かろうかと笑みを浮かべた。
縦にスライスした茄子に薄切りの豚肉を挟む。
片栗粉をまぶして余計な粉を叩き、熱したフライパンに油をひいてそっと焼き色が着くまで焼く。
蓋をして豚肉に火が通れば皿に盛る。
胡麻油に醤油、すりおろしたニンニクと生姜、小口切りにした鷹の爪を加えて混ぜ合わせ、最後に東の国で見つけたラー油を垂らせばタレの完成。
「ナスと豚肉の相性は最高よね」
そう言いながら味見用に取り分けたものをハノイとアリッサに差し出す。
「良いですね」
「美味しい!噛み応えもあるのに茄子がじゅわっと蕩けて豚肉の甘い脂と少し辛口のソースの相性が抜群ですね!」
「それに胡麻油の香りが食欲を刺激して、これならちょっと強いが火酒なんかも合いそうだ」
アリッサとハノイの反応にアデルハイドの口角があがる。
次にひき肉を微塵切りにした生姜と玉ねぎ、すりおろしたニンニクをフライパンで炒める、塩胡椒に潰したトマトを加えて汁気が半分になるくらいに弱火にして煮詰める。
半月切りにして耐熱皿に並べたナスの上に先に作ったトマトソースを満遍なく被せ、粉チーズとパン粉を振りかけてオーブンへ。
焼き色が付いて中のナスに火が通ればミートソースがけのナスの出来上がり。
ワインや炭酸で割った清酒に合いそうだとアデルハイドはほくそ笑む。
他に漬物や天ぷらを用意して、賄いが終われば居酒屋「花結び」開店である。
「へえ、ナスかぁ」
「色々あって迷うな、アデルちゃんのおススメは?」
気安くカウンターに座った騎士がカウンター越しにアデルハイドに問いかけると、カウンターの隅の方、定位置になった席から立ち上がったフェリクスが騎士の肩を叩いた。
「僕はこの煮浸しや焼き茄子がおススメだよ」
にっこり笑ったフェリクスに振り返った騎士の顔が青褪める。
「ふ、フェリクス第三王子殿下……」
「殿下、お客様が怯えております」
騎士を助けるべく眉根を寄せ扇子で口元を隠したアデルハイドが声をかける。
「アディの作るものはどれも美味しいからね、迷うなら僕のおススメをと思ったんだ」
笑みを浮かべ騎士の肩に乗せた手に力を入れるフェリクスにアデルハイドは口元を隠すのも忘れて口をあんぐりと開けた。
「あ、アディ??」
今まで一度も呼ばれたことのない愛称で名を呼ぶフェリクスにアデルハイドの顔が強張る。
「婚約者なんだから愛称で呼び合うのは当然だろう?アディも僕のことはフェルとでも呼んで……」
「殿下、そろそろご自分の席にお戻りくださいませ」
フェリクスの言葉を遮る不敬を物ともせず、アデルハイドが閉じた扇子でカウンターの席を指し示す。
そんな居た堪れない心地に引き攣りながら騎士がお通しとして出されたナスの漬物を口に入れ、その芳醇な酸味と旨味に手にしたビールを喉に流し込んだ。
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