第10話 イカと里芋の煮付

 去年の秋に収穫されていた里芋が保管場所がないという豊作故の嬉しいような贅沢な悩みをアデルハイドが指示する領地から報告書を受け取った。

 「あらあら、倉庫を増設するにも直ぐは無理ですものね」

 使用人に配るも、結構な量が余ってしまった。

 「一部は店で使うわ」

 そう言いながらアデルハイドは嬉しそうに里芋の酒に合うレシピを色々と思い出しながら居酒屋「花結び」の裏口から店内へ入った。

 

 「殿下?何をしてらっしゃいますの?」

 「いや、父上が持って行けって」

 第三王子であるフェリクスが眉尻を下げながらカウンターに置いた大きな木箱を指差している。

 所在なげにオロオロとするフェリクスにアデルハイドは扇子を広げ口に当てて「そうですか、ありがとうございます」と木箱の蓋を開けた。

 「イカですわね」

 「イカ……これが?」

 「食べたことは御座いましょう?」

 不思議そうに木箱に入ったアオリイカを見ているフェリクスを尻目に、アデルハイドが優雅に微笑んだ。

 「丁度良いですわね」

 裏手から着替えに向かい着物に着替えると襷掛けをして割烹着を身につける。

 そんなアデルハイドをぽかんと眺めているフェリクスにオロオロしながらハノイがカウンター席の調理場がよく見える席を薦めていた。


 先ずは里芋の皮剥きから。

 よく洗った里芋の水気をしっかり布巾で拭きとり、上下に包丁を入れる。

 上下の切り口が六面になるように残りの皮を剥けば六方切りが完成。

 剥いた里芋に塩を加えて滑りを擦り落として下茹すれば里芋の下準備は完了。

 一部は串揚げ用に取り、次はイカの下準備に入る。

 イカの胴の中に指を入れ、ワタと軟骨のくっついている箇所を剥がす。

 胴の端と足を持って引き抜き、胴部分とゲソ部分に分けて水洗い。

 足とワタを切り離し目や嘴の処理をし塩を振り吸盤の処理をしてから水洗い、足を二、三本ずつに切り分ける。

 布巾を使い、胴の皮を剥いて輪切りにしておく。

 これで下準備は完了。

 彩り用の絹さやは串揚げの下準備をしているハノイに丸投げした。

 困ったハノイを見兼ねたフェリクスが「僕が手伝おう」と手を出してしまい、サッパリやり方が分からないのを出勤してきたばかりのアリッサが溜息を吐きながら筋取りを教えている。


 里芋とイカの下準備が終わると里芋を下茹でしてザルにあげておく。

 大きめの鍋に水、酒、砂糖、塩、醤油を入れ千切りにした生姜を加えて一煮立ち。

 そこへイカを入れて落とし蓋をし、暫くコトコト。

 食欲を刺激する良い香りが店内に広がる。

 「辛口の冷酒がいいわね」

 そう言いながら合う酒を頭の中で吟味しているうちにイカが煮えてくる、里芋を追加して煮崩れないようにまた落とし蓋をして暫く煮立て火を止めて冷ます。

 冷ましたほうがしっかり味が馴染む気がする。


 店内の清掃をアリッサが終えた頃、賄いの時間になる。

 「殿下も食べます?」

 「いただこう」

 ふんすと鼻を鳴らすフェリクスにイカと里芋の煮付を盛り、彩りの茹でた絹さやを乗せて出す。

 折角だからとハノイが串揚げにした里芋を添えてくれた。

 アデルハイドは領地で生産した辛口の冷酒をフェリクスと自分に用意して里芋を頬張った。

 「不思議な食感だな、ネットリしているのにホクホクと甘味もある、この香りはイカか?うん、酒とも相性がいいな」

 上品に箸で里芋を口に運び、出された冷酒をくぴりと上品に飲むフェリクスがイカに手を伸ばす。

 「柔らかく噛み切りやすいのに、歯応えがあるし噛む度にイカの旨味が口に広がって、ああうん癖のないレイシュとやらが本当に合うな」

 嬉しそうに笑うフェリクスにアデルハイドも満足気に笑みを浮かべた。

 

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