第13話 塩辛

 「塩辛が食べたいわね」

 先日のイカを見て以来妙に懐かしくなってしまってアデルハイドは夜中に馬車を出して早朝の漁港まで足を運んだ。

 塩辛自体を自作した事はなかったが、残念ながら冷蔵や冷凍技術が広まってはいないこの世界で生の魚を食べるのは大方が漁村ぐらいで、それもこの国ではほとんど見れない。

 作り方を指折り数えて思い出しながら仕入れて帰ってきたイカを二杯下処理をしてまだ朝の居酒屋「花結び」へとやってきた。

 今日は定休日のため丸一日かけてアデルハイドが食べる分だけの塩辛を作る。

 

 イカの下処理をして身とワタを分ける。

 ワタはたっぷり塩を振りかけて平らに並べ、冷蔵庫へ。

 身も同じく塩を今度は薄く振りかけて冷蔵庫へ。

 動力に魔石を使う冷蔵庫は高級品ではあるが居酒屋「花結び」をオープンするのに欠かせないものだった。

 私財を投じて購入した冷蔵庫には別途冷凍室もある、この冷蔵庫だけで王都に邸が建つのだが、そこは必要経費と惜しみなく良い品を購入した。

 

 本来であれば一日置くのだが、魔石を使う冷蔵庫には乾燥を促す効果を追加させることも出来るため、三時間ほど寝かせておく。

 その間に一夜干しのイカを割いて天ぷらにしていく。

 カリッとした方もアデルハイドは好きだが、今日はもっちりとしたイカを楽しみたいので中はしっとり外はさっくりを目指して揚げていく。

 

 そうこうしているうちに乾燥が終わり、いよいよ塩辛にしていく。

 身は縦三等分ほどに切り長さを揃えて食べやすい幅に切っておく。

 ワタは水洗いし水気を取ってから裏漉しして滑らかな食感にする。

 身とワタを合わせて混ぜ合わせれば完成。

 前世ではここから冷凍をして寄生虫などを死滅させるのだが、幸いその手の除去は魔石を使った道具で水揚げ後にされているのでそのまま今夜の肴となる。

 保存の出来る瓶に詰めてアデルハイドはにんまりと笑った。


 「さて、塩辛を塩辛だけで食べるのは当然としてそれだけじゃあ芸がないわよね」

 冷蔵庫を開いて中を確認する、余らせた餃子用の皮を見つけて暫く考える。

 「なら、アレを作りましょう」

 アデルハイドはウキウキと餃子の皮を手にオーブンから天板を取り出した。

 天板に餃子の皮を並べてオリーブオイルを薄く伸ばす、薄切りにしたトマトを乗せ塩辛とチーズに大葉の千切りを乗せて温めておいたオーブンで餃子の皮の縁がコンガリ焼き目がつくまで焼いていく。

 出来上がりに刻み海苔を振りかければ塩辛とトマトのミニピザ風の完成。


 作り終えた頃にはとっぷりと陽が沈んで街が静かな夜の空気に包まれていた。

 小皿に分けた塩辛に揚げた一夜干し、ミニピザ風をカウンターに並べて徳利に冷酒を用意してアデルハイドは割烹着を脱いだ。

 静かな店内を見渡しお猪口に酒を注いだ所で裏口からひょっこりフェリクスが顔を出した。

 「殿下?今日は定休日ですわよ?」

 「公爵邸に行ったらここだと聞いて……それは?」

 「私の晩酌ですわ」

 「ご一緒しても?」

 恐る恐ると聞いてくるフェリクスにアデルハイドは溜息を吐き、お猪口をもう一つ用意する。

 「どうぞ」

 「ありがとう」

 尻尾でも振りそうなほど上機嫌にカウンターの隣の席に座ったフェリクスが興味深く並んだ肴を見る。

 「こ、これは?」

 「イカの塩辛ですわね」

 「生?なのか?」

 ビクビクとしているフェリクスを横目にアデルハイドが塩辛を一口ぱくりと食べる。

 ねっとりとしたイカの食感にとろとろと絡むワタの苦味と旨味、塩の効いた口内に少し甘口の酒を飲む。

 真似るように塩辛を食べたフェリクスが目を丸くする。

 「酒に随分合うんだな」

 「そうでしょう?」

 ふふと笑うアデルハイドをフェリクスが嬉しそうに見ていたことにアデルハイドは気づいて居なかった。

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