第8話 閑話 ある護衛騎士の弁当

 俺はこの国の二つある公爵家のひとつ、トワイライト公爵家に仕える私兵騎士団に所属している平騎士だ。

 仕えるトワイライト家は広大な領土を持つ、国で一番の貴族でもある。

 その嫡子であり次期公爵となるのが長女のアデルハイドさま。

 銀糸の艶やかな髪にトワイライト家の特徴でもある真っ赤な瞳を持つ才女だ。

 公爵家のご令嬢ともなれば貴族子女のトップ、きっと鼻持ちならない貴族らしい世間知らずのお嬢さまだろうと会うまでは思っていた。

 初めてアデルハイドさまを見たのは婚約者との定例お茶会の護衛の一人に抜擢された日だった。

 その護衛初日、俺の予想は丸っと裏切られた。

 四阿で婚約者である第三王子のフェリクス殿下と取っ組み合いの喧嘩をしたのを皮切りに、時間を見つけては厨房に入り浸り領地視察と名打っては平民の職人街にあしげく通い詰め、剰え婚約者の誕生パーティーをほっ散らかして遠い東にある島国に行くため往復二ヶ月に渡る船旅を決行、挙げ句の果てには商会を立ち上げあらゆる新技術を開発し、一大商会に仕立て上げたかと思えば、居酒屋なる酒場を経営し始めた。

 規格外、そんな言葉が過ぎる。

 然しその所作は貴族子女トップの令嬢として恥じないもので、淑女然とした美しい所作と見るものの心を奪う女神のような容姿、知識の豊富さゆえのユーモアとバイタリティの感じられる会話は数多の令息令嬢の憧れの的でもある。

 本人は知らないらしいが。


 そんな居酒屋「花結び」には公爵家令嬢のアデルハイドさまを始め、国王陛下や王妃陛下に王太子殿下、更には王国騎士団長や宰相閣下など国の重鎮が出入りする。

 ともなれば警護は必須、その為公爵家の騎士団から五十人ほどがアデルハイドさまの居酒屋に護衛として交代で通常業務に加えて参加している。

 「必要以上の仕事をさせてしまうのは申し訳ないわ」

 そう言って手当以外にアデルハイドさまが提案したのが、居酒屋「花結び」のメニューや賄いを使った日替わり弁当だった。

 弁当というものがわからなかった初日以来、これを目当てに「花結び」の警護に参加したがる騎士が増えた。

 ただ弁当を食べた連中は絶対に自分からこの業務を外れようとは思わない、俺も同じだ。

 どんなに金を積まれてもこの任務を自分から外れようとは思わない。

 俺は本日の弁当として用意された木箱を膝に乗せてぱかっと蓋を外す。

 この仕切りのある木箱もアデルハイドさまが考案したものらしい。

 これのおかげで汁気のある料理も食べれるのだから。

 普段の警護中の食事は携帯しやすい固いパンと水筒に入れた水だけ、携帯食は間違っても美味しいとは言えない。

 だが。

 膝にある具沢山の弁当に思わず喉が鳴る。

 蓋に貼り付けられたメモには今日の弁当に入っているメニューが書かれている。

 「メインは豚の生姜焼きか、それに付け合わせはほうれん草のお浸し、芋のサラダ、それとおにぎりか」

 生姜が効いた豚肉を炒めたものは白米のおにぎりが進む味付けだ。

 鼻に抜ける生姜と醤油という東方の調味料が良い香りを醸し出し、脂を含んだタレが肉を噛み締める度に口いっぱいに広がり旨味を増幅させる。

 付け合わせにあるほうれん草のお浸しはサッパリとした酢と醤油を混ぜたポン酢というソースがかかっている。

 少し酸味の強いポン酢のおかげでほうれん草の苦味が薄まり甘味を強く感じる。

 口の中がサッパリした所で、丸く半球に盛られた芋のサラダを一口食べる。

 マヨネーズという卵と酢を混ぜたソースを使った芋のサラダには胡瓜や茹でた人参や玉ねぎなどが入り食感も楽しい。

 マイルドでどこかクリーミーな芋はそれまで蒸したり茹でた芋しか知らなかった俺たち騎士には人気の一品だ。

 これをパンに挟んだサンドイッチなるものがたまに騎士団の食事に出ることがあるが、どれもアデルハイドさまがレシピを書き起こしたものらしい。

 ボリュームのある弁当を完食し木箱を店の厨房にある洗い場に出すと、警備のための小部屋に行き交代をする。

 今日もフードで顔を隠したつもりの第三王子がカウンター席に座っている。

 俺は監視用のマジックミラーになっている小窓からその様子を見て苦笑いを浮かべた。

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