第7話 角煮か焼豚か

 豚肉を前にアデルハイドは腕組みをしていた。

 眉根を寄せて唸りながら考え込むアデルハイドに居酒屋「花結び」の料理人であるハノイが声を掛けた。

 「女将、豚肉かい?」

 「そうなのよ、良いバラ肉でしょう?折角だから角煮がいいかしらと思ったのだけど焼豚も捨てがたくて、全く悩ましいことですわ」

 アデルハイドは溜息を吐く。

 この国で豚肉の定番といえばソテーが多い、ソテーも悪くはないがバラ肉の脂の量を考えれば不向きだろう。

 ロースなら串揚げや豚カツ、ハムにしてもいい。

 「うわぁすごい脂ですね」

 ひょこりと顔を出したのはアリッサだ。

 「これ、どうするんですか?」

 「今考えてるのよ」

 アリッサが興味深そうに豚肉を眺めている。

 「ならば」

 ハノイが思いついたかのように手を打った。

 「両方作ってしまいましょう!」

 「両方!いいですね!じゃあメニューの書き方も変えてみませんか?」

 ハノイの提案にアリッサが跳ねながら話に乗る。

 「そんなこと言って、アリッサは両方食べたいだけでしょう」

 賄いとして本日のメニューを食べることにしている「花結び」、お客様に聞かれても直ぐに答えれるようにする為なのだが、アリッサの楽しみのひとつでもある。

 えへへと笑うアリッサに「まあメニューは任せるわ、じゃあ私は焼豚をハノイは角煮を任せてよろしいかしら?」

 ツンと澄ましてアデルハイドが答えればハノイとアリッサは恭しく了承した。

 

 さてと、と前置きしてアデルハイドはまな板に豚肉を置く。

 凧糸に近い糸をぐるりと豚肉に巻きつけていく。

 フライパンを熱して脂身を下にこんがりと焼き目が付くまで焼く、油は入れず豚肉から出る脂を回しながら焼き色が付くまでじっくり焼いて、一旦肉を取り出した。

 そのアデルハイドの様子をワクワクと見ているアリッサに開店準備をするようにアデルハイドが苦笑を浮かべて指示すると「はいっ」と勢いよくテーブルを拭きに行く。

 火を止めたフライパンに調味料を加えていく。

 水、砂糖、酒、塩、醤油に生姜とニンニクそして少量の蜂蜜。

 火を付け沸騰してから肉をフライパンに戻してぶつ切りにした葱を入れ落とし蓋をし、時々ひっくり返しながら柔らかくなるまで煮詰めていく。

 じっくり煮たら肉と煮汁は分けて置く。


 アデルハイドの隣ではハノイが角煮を作っている。

 ぶつ切りにした豚肉を米の研ぎ汁を使い下茹でしていく。

 焼いてから煮る方法もあるが脂を抜くための下茹でからしっかり蒸らし時間を加えて柔らかくするのがハノイのやり方のようだとアデルハイドはハノイの調理を横目に見る。

 しっかり下茹でをした豚肉をザルに取り出し、深手の鍋に豚肉、水、醤油、塩、酒、砂糖と生姜は薄切りにして加えいる。

 鍋に火をかけてじっくり煮ていく。

 一頻り煮て味を染み込ませた後は一旦冷ましてから再度火を入れるようだ。

 まだ出来上がったばかりの焼豚と角煮を開店前の賄いとしてカウンターに置く。

 「ふぁぁ脂とろっとろ、赤身はホロホロ!口の中に旨みが広がりますぅ」

 アリッサが幸せそうにうっとりと眼を細めるのを見ながら笑っているうちに開店の時間が来た。


 カラリと扉を開き入って来た客を見てアデルハイドは片眉をあげた。

 「あら殿下、今日はフードを被らなくて宜しいの?」

 お通しとお冷を出しながらカウンターの定位置に座った第三王子にアデルハイドが声をかけた。

 チラッとアデルハイドを見た第三王子がふいっと視線を逸らす。

 「もうバレたからいらん」

 そう言ってメニューに視線を移して大きく目を見張った。

 どうしたのかと見ているとメニューを指しながら第三王子が言葉を詰まらせながら口を開いた。

 「こ、この、オカミの愛情たっぷり焼豚っていうやつをくれ」

 「ふぇ?」

 真っ赤に顔を染めて言った第三王子からメニューを取り上げてお品書きを確認する。

 そこには間違いなく「本日の目玉メニュー!女将の愛情たっぷり焼豚、ハノイの愛の角煮」の二つが並んでいる。

 キッとアリッサを睨むとアリッサは片目をバチンと瞑りウインクをした。

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