第2話 お悩み相談
「…朝比奈さん、いつになったら進路希望調査を提出してくれるんですか」
「先生もしつこいなぁ。希望なんてないっていってんじゃん。わかんないものは書けないよ」
「ふむ。それもそうですね……」
アタシみたいなガキに言いくるめられてどうすんだよ、教員…。アタシの担任の和田先生。この先生は妙に素直な人だった。不愛想で、ぶっきらぼうな態度を取る人だという印象を周囲には持たれているが、アタシはそう思わなかった。確かに、表情は硬いから、あんま何考えてるのかはわからないことも多い。でも、よく見てれば先生の感情の起伏は感じ取れるし、先生は自分が間違っていると思ったら素直に認めるような、そんな大人だ。たとえ相手が子どもであっても、相手が正しいと思ったら称賛し、讃えてくれる。そんな、素直な人。大人で、かっこいいけど、なんだかあんまり大人っぽくない。先生はそんな不思議な雰囲気の持ち主だった。アタシは先生と話すと落ち着くし、楽しいと思うから、以前から放課後に会話していたりする。今日も今日とて、何度目かわからない相談、という名のアタシの愚痴大会が開かれていた。ちなみに、今回呼び出したのは先生の方なので、先生は少し機嫌が悪かったりする。
ウチのクラスだと、アタシだけ進路希望調査を提出できていないらしい。そのため今日は放課後に呼び出されていた。しかし、アタシには放課後クラスメイトに呼び出されて告白されるというイベントがゲリラ的に発生していた。その対応で先生との約束に大幅に遅れてしまったから少し不機嫌なのだろう。
「しかし、まだ提出できていないのは朝日奈さんだけです。というか、希望なんてないって、まるで未来に絶望しているみたいな言い方はやめなさい」
「絶望してるって言ったらどうする?」
「…本当にそうなら、希望を持てるようになるまで尽くします」
「キャー先生かっこいいー」
「私は真面目に言っているんです。あまり人のことをおちょくってると、面倒見てあげませんからね」
別におちょくっているつもりはないんだけど、アタシの見た目と態度からしたらそう思われても仕方ない気がする。見た目はいかにもって感じのゴリゴリ金髪ギャルって感じだし。先生への接し方は友達と喋るのとあんま変わらない感じだし。
まあ、正直、アタシからするとそれを平気で許してる先生も先生なんだけどね。
「だいたい、前日から放課後の予定の有無を確認して、居残りするように伝えておいたのになぜ私は1時間近く待たされているんですか」
「それはホントにごめんって先生っ!急に外せない用ができちゃったの」
「なんだか疲れているように見えるのは、それのせいということですか」
え、アタシ、疲れてるように見えてるの…?
さっきトイレで鏡を見た時も、いつもと変わらない雰囲気を作れてたと思うんだけどな…。言われてみると、少し疲れているような気がしないこともない。ただ、思い当たる節は1つしかないので、きっとこれは気疲れというやつなんだろう。
「先生、聞いてください」
「それは進路に関係あることですか…?」
先生にややジト目で見つめられる。さっきから雑談とかちょっとした愚痴みたいなことばかり話していたからだろう。少し怒ってるのが伝わる。最初は遅刻したことに怒ってた。今はきっと違う。アタシに対して、まっすぐに怒ってる。先生の瞳の奥から「お前は真剣に進路のことを考えているのか」という熱を感じるから。でも、例の告白の件は、いや、アタシにおける恋愛という問題は、今後の人生に大きくかかわってくるようなものだと思う。こういうことを話せる相手が先生くらいしかいないから、早く話したくて仕方がなかった。
「まぁまぁ、これは聞いてよー。なんで先生との約束の時間に遅れたのかの説明と謝罪も兼ねてさぁ」
「そうですか…。過ぎたことなので、もう怒ってはいませんが、理由が説明されていないのは気持ちが悪いですね。そういうことでしたらお聞きしましょう」
「まず、なんで遅れたかと言いますと、アタシはクラスメイトに呼び出されて、告白されていました」
「なるほど。その告白を断っていて遅れたと」
「…そうだけど、なんで断ったってわかるの?」
「そりゃそうでしょう。あなたが学内で所謂モテモテ状態であることは、教員たちの耳にも入ってますから」
「じゃあ、みんなのこと振ってるのも知ってるんだ…」
「ええ、まあ。どうして誰とも付き合わないんだろうと、女教師の中では時々話題に上がりますね」
「……なんか先生たちに噂されてるって、恥ずいんだけど」
「別にいいじゃないですか。悪い噂をされているわけではないんですし」
「まあ、それはそうなんだけどさぁ…」
確かに、先生の言うこともわかる。これでアタシが例えば、告白された男たちみんなと付き合ってて、男をとっかえひっかえしてるっていうなら話は変わってくるんだろうけど。でも、やっぱり話題の中心にされているっていう事実はなんだかむず痒くて。
ムズムズとした恥ずかしさに耐えかねるようにして、アタシは話題を切り替えた。
「アタシ以外みんな出したっていうけど、あれホントなの?」
「ええ。本当です。一昨日提出してくれた方で最後です」
「まーじかぁ…。てっきりアタシを脅すための嘘だと思ってたわー」
「私は嘘なんてつきません」
うん。知ってる。先生はとっても素直な人だもんね。嘘なんてつくわけない。先生は嘘をつくのも、つかれるのも嫌いなんだろうな。嘘だってわかると、露骨に不機嫌になるから。
「えー、じゃあみんなもう自分が将来何になりたいかとか決まってるわけ?」
「ええ、まあ。そうだと思いますよ。もちろん、明確に決まっている人ばかりではないですが」
「…そういう人たちはどうしてんの?」
「進学するという人が多いですね。特に、4年制大学が多いです」
「やっぱ、自由な時間が欲しいんだ」
「そういう方も多いですよ。目的がないと大学に行くべきではないという方もいますが、私はそうは思いません」
確かに、目的を持っていないのに何となく大学に行くのは違う気がする。ただ通っているだけじゃ、4年間怠惰な毎日を送るだけの可能性だってある。でも、先生は違う考えを持ってるんだな。
「何かしたいことを見つけるというのも、大学生活の中では大事なことだと私は思いますよ」
「何かしたいことを見つける、かぁ……」
先生のアドバイスはしっくりきた。やりたいことも、興味のある分野も見つけられてないアタシにとっては、それが一番いい選択肢のように思える。
「かくいう私も、やりたいことを見つけたのは大学生の時ですからね。それも4年生のとき」
「うわ、卒業間近じゃん。それで先生になりたいって思ったんだ?」
「それもそうですが、実は私、大学2回行ってるので…」
「え、卒業してから入りなおしたってこと?」
「まあ、そういうことです」
「はへぇ~。それまたなんで?」
「4年の時、就活がうまくいっていなくて。それで将来の不安に辟易していたんです。でも、教員になりたいってある時思うようになって。それからは自然と不安を感じることはあまりなくて。でも、元々はそんなつもりはなかったから教職課程なんて受けてなかったので、卒業後何年か働いて、お金貯めて。それを切り崩しながら大学生をやり直して、教員免許を取ったんです」
やりたいことを自分で見つけて、それがわかったらひたむきに頑張ってきたってことか。先生、やっぱ凄いなぁ。先生たちは当たり前だけどみんな大人で、アタシたち子どもとは違う。だけど、先生はひときわ異彩を放っているように見えた。雰囲気も、考え方も、これまで歩んできた人生も、何もかも。あらゆることがほかの人とは違って見えた。そんな不思議な空気を纏っていた。
ふと冷静になって考える。高校卒業後そのまま大学に通って、浪人や留年を経験していないとしたら社会人になった時には22~23歳。そしてそこから大学4年間通うための資金をためるために数年社会人をしていた。そこからまた大学へ行って、先生になって。もしかしたら、先生になるまでにもなにかしていたかもしれない。この先生のことだ。なにをやっていても不思議ではない。
「え、待って。先生っていくつなの?」
「ふふっ…。大人に年齢は聞くものじゃないですよ」
先生は人差し指をふわりと立てて、そっと口に添えながら微笑んだ。微笑みつつ、少しアタシの方に顔を近づけてくる。その表情と仕草が妙に色っぽくて、思わずドキッとしてしまう。秘密にされたという事実と、先生の色っぽさが相俟って、本当に先生が何歳なのかわからなくなってしまった。
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