第1話 アタシなんて、だいっきらい

 朝比奈麗愛るあは自分自身が嫌いだった。理由は自分でもよくわからない。周りから見たら、恵まれているのかもしれない。親はちゃんとふたりいるし、血もつながっている。友達だっているし、勉強も運動も、それなりにはできる自信はある。でも、それでもアタシはアタシのことを嫌っている。世界中の誰よりも、きっと…。自分が好きだと思えるかどうかって、能力があるからとか、お金があるからとか、そういう量的なもので測れるようなことじゃないと思う。多分、自分を好きになるって、そんな簡単なことじゃないんだとアタシは思ってる。

 いつもは仲のいい人たちと一緒にワイワイとはしゃぎながら過ごす昼休み。だけど、今日は違った。

 そのグループの中の男子がアタシのことを廊下に連れ出した。少し照れ臭そうにしていて、いつもは話していると目が合うのに、その時は1度も目が合わなかった。

 「放課後に話があるから教室に残ってくれ」と件のクラスの仲のいい男子から告げられていた。彼は根回ししていたのか、彼の友達もアタシの友達も、何かを察したような様子を浮かべていたのにすぐ気が付いた。

 周りのそういった様子を見てしまったせいか、少し落ち着かない中、午後の授業を淡々と受けていく。彼もきっと、落ち着かないでいるのだろう。集中していないせいで、時々先生にジト目で見つめられていた。

 ホームルームが終わると、友達たちはそそくさと教室を後にした。アタシはもう、完全にこれから何が起こるのかわかっていた。

 だけど、それは決して、アタシが望んでることじゃない。だからアタシは、本人の口から言葉が発せられ、それが事実となるまで気付かないようなフリをしていた。気付いちゃったら、それが現実になるんだという恐怖が歩み寄ってくるから。

 他の子たちもみんな帰ったり、部活に行ったりして、教室にはいよいよアタシたちふたりだけになった。

 他の子たちがいたときは、他愛もない話をしてたのに。誰もいなくなって、アタシたちだけの空間になった瞬間に、一気に緊張感が漂ってきた。

 気まずさから、長い沈黙が生まれる。いつもなら話題なんていくらでも出てくるっていうのに、肝心なときに出てこないなんて。この沈黙に耐え切れなくなったのか、彼は無理矢理に静寂を打ち破った。そして、その静寂を壊した言葉は、

 「朝比奈、好きだ。俺と付き合ってくれ」

 アタシが最も聞きたくない言葉だった。

 

 あぁ、またこれか。結局アンタもアタシのこと、そういう目で見てたんだね…。

 知りたくなかった。いや、違うか…。まだ、知らないフリを続けさせてほしかった。男子の反応って結構わかりやすいから、アタシのこと意識してるんだろうなってのはわかってた。周りもそれとなく応援するような空気を醸し出していたのを、アタシはずっと見なかったことにしていた。

 彼はクラスの人気者で、イケメンってみんなに言われてる。背だって結構高いし、スポーツも勉強も人並み以上。クラスの女子たちはこぞって憧れているような、そんな男子。だけど、そんなコイツに今、告白されているアタシの気持ちに、何ら変化はなかった。

 むしろ、アタシのことをなんで好きになってしまったのかと、深い疑問と嫌悪感さえ覚える。実際、ちっとも嬉しくなんてなかった。クラスの女子たちにはきっと羨ましがられているのだろう。あるいは、妬まれているのかも。でも、それはどっちもアタシには理解できない感情だった。みんなが「好き」だって言ってるモノが、アタシには全然輝いて見えなかったから。

 アンタとはずっと、仲のいい友達でいられると思ってたんだけどな……。


 「…ごめん。アタシ、誰かと付き合うつもりないから」

 「そっか…。やっぱりダメか」


 どうして、フラれるってわかってるのにわざわざ告白してくるのか。フラれる方はもちろん傷つくだろうけど、こっちだって傷ついてんだよ……。ずっと友達のままでよかったじゃん。そうすれば、誰も苦しくなかったんじゃないの…?

                         

 自分へ向けられる好意を否定して、傷ついて…。それでも、相手を少しでも傷つけないようにって必死に言葉を選んで、繋いで…。慎重に、本当に慎重に告白を断っている。アタシはいつだってそうしてきた。そしてそれはきっと、これからもそうするんだと思う。

 だけど、どんなに丁寧に言葉を紡いだって、どんなに優しく、あるいは明るく振舞ったって、ふたりの間に刻まれるのは明確な「拒否」の二文字でしかなくて…。

 目には見えないけど、二人の間柄には間違いなく溝ができてしまう。アタシはこの事実に、いつだって辟易していた。

 そして、アタシはそれがたまらなく嫌だ。アタシは友達でいられるだけで十分に嬉しかったのに、なんでアタシと恋仲になろうとするんだろう。現状維持じゃ、ダメなのかな…。

 アタシはこれまでいろんな男子から告白されてきたが、その誰とも付き合ったことがない。告白したってどうせフラれるって、わかりきってるはずなのに。アタシに想いを伝えたって、誰が相手でも応えてはくれないってみんな知ってるはずなのに。それなのに、アタシのことを好きになる、その理由わけがちっともわかんなくて、自己嫌悪に入り浸ってく…。


 こればっかりは何度経験しても慣れない。いや、慣れるわけなんてなかった。だって、アタシとアイツは違うし、アイツと前に告白してくれた子も違うわけだし。結局、その都度違う経験をし続けているだけなんじゃないかってアタシは思う。

 アタシを好いてくれる理由がわかんない。アタシなんかの、何がいいんだろ。みんなアタシの、何を見てるんだろ…。


 顔?それとも性格?

 

 顔も性格も、それなりにいい方だって自覚はある。男子にも女子にも、みんなに可愛いって褒められるし、鏡で自分の顔を見たって、可愛いかはわかんないけど、少なくとも悪くはないことだけはわかる。

 性格だって、褒められることは割と多い気がする。優しいとか、一緒にいると落ち着くとか言われることが多い。でもそれは意識して取り繕っているものじゃない。アタシはいつだってアタシのままでいたいと思うから。これもやっぱり、自分じゃよくわからないけど、アタシは優しいってことなのかもしれない。アタシとしては、自分に素直に生きているだけだから。でも、少なくとも人のことを傷つけたりすることは許せないし、そんなことはしないから、優しさは持ってるのかもね。

 

 それとも、年頃の男だから、アタシの身体を狙てんのかな。確かに高校生にしては発達してる方だとは思うけど、それが目的で近付いてきてるんなら、正直キモイな……。でも、こいつに限ってそんなことはないと思う。アタシに好意的な視線を送ってくることはあっても、そこにいやらしさを感じたことはなかったから。


 「…ごめんな、急にこんなこと言って」

 謝るくらいなら言うなって言いたくなったけど、その言葉は音になることもなく霧散する。こんなこと、いうべきじゃないと思うから。

 「謝んなくていいよ。別にアンタが悪いことしてるわけじゃないんだし」

 「…そう言ってもらえると助かるな」

 「変に気を使われても困るし、これまで通り接してくれていいからね。アタシたちが友達なのは変わらないっしょ?」

 「…!!そう、だな。うん。友達、だもんな…」

 あぁ、またこれか。結局アンタもアタシのこと、意識しちゃうんでしょ。そりゃそうだよね。気になっちゃうよね。1回気になったことを気にしないようにするなんて、無理な話だ。むしろ、「気にしないようにしよう」っていう心構え自体が「気になってる」ことの何よりの証拠かも。


 今までの関係が崩れるのは嫌だから、アタシは告白されたとしても以前と変わらないように接している。だけど、誰も彼も、アタシのことを意識しちゃって、今まで通りではいられない。そうしてだんだん疎遠になって、関わり合いがなくなってくんだ。やっぱり、何度経験しても慣れないよ、これ…。

 恋は甘いとか、そんなこと誰が言い出したんだろ。甘酸っぱいともいうけど、それもぜんぜん違う。酸っぱい方が何倍もマシだ。

 

 恋なんて、苦いだけだよ。


 恋愛なんて、大っ嫌いだ。恋ってものは人を狂わせるから。

 アタシも、アタシのことを好きになっちゃった人も、みんな狂わされてしまう。

 振った瞬間から、その恋がなかったことになっちゃえばいいのにね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る