偽物の空を穿つ

紺野かなた

第1話

 モノトーンな空を見上げていた。感じられる大粒の雨は、僕の感傷的な気分と呼応した。きっと、隣で飲み会終わりのサラリーマンたちにはこの空が星々がきらめく夜空に見えるのだろう。


 観測されたニューロンによって天気が各人で異なるようになってからというもの、街中で雨の匂いを感じることが多くなった。それは僕の天気が晴れている時でもそうだ。考えるに、僕の天気と、現実の天気が噛み合っていないということであろう。いくらニューロンに干渉しているといえども、現実は外から強い圧力で押し寄せていた。だが、この頃僕の天気は雨や雷ばかり、時には雹も降るありさまだった。


 ヘッドギアの接続を解除して現実に戻たら、これまた豪雨の最中だった。むしろ、偽物の天気の方がマシだったが、現実の方が温かみがあったので、ヘッドギアを再び装着することはなかった。


 街を歩く人々は皆、ヘッドギアを装着し、雨が降っていない仮想の銀座を生きている。雨に当たらないようにとペットとしての執事ロボットを連れて覆ってもらっている。


 僕もロボットを所有しているが、覆ってもらっていない。濡れたって誰も見やしないからだ。ロボットには愛着はあったものの、名前を付けるほどのものではなかった。ロボットはロボットでしかない。


 最新型の僕のロボットは、血走りやすい僕の性格を思って父が送りつけたものだった。壁を殴ろうとしたら腕を止められ、包丁は使わせず、暴言を言おうとしたならば口を塞ぐ。


 歯がゆさを感じていた僕は、鞄の中から万年筆を取り出す。二年間付き合っている彼女からもらったものだったが、一度も使っていない。デスクワークしか仕事がないので活躍する場面がないのだ。


 万年筆のキャップを外し、先端を手のひらに触れさせる。インクが出過ぎて手相に沿って広がっていく。


 僕は思い切ってその万年筆を届くはずのない空へと投げつける。


 リリースの瞬間、万年筆を投げるということをロボットが暴力因子と捉えていないことに気付く。直後、万年筆は五十センチほどの上空に突き刺さった。刺さった部分だけがブラックアウトしていた。


 現実と思っていた空はこれまた偽物であった。


 だが、決して僕はこの状況を悲観したりはしない。一本の万年筆がデジタル社会に大きな風穴を開けたのだから。


 万年筆を回収する。


 そして、インクをハッキング用電子インクに入れ替え、もう一度空に投げつける。

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偽物の空を穿つ 紺野かなた @konnokanata

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