神様の解決 (2)
今日請け負った仕事の依頼書を再確認する。今度は流し見ではなく、真剣に一件一件吟味する。
まずは今日二番目に来店したお客さんの仕事だ。赤ちゃん用のガラガラの修理。だが、今日の在庫管理ロボットの修理をした前例を考えるに、これもウェブ上のメーカーのサーバーに未知のコンピュータ・ウイルスが攻撃していることが予想できる。そのため、できる対応策はガラガラ内部にスタンドアローンで、本来の機能を組み込むことである。今日の仕事と一緒だ。確か、赤ちゃんの機嫌に合わせて鳴る音が変わる機能があると聞いている。
オレはガラガラのメーカーについてスマート・デバイスで調べ、簡単にそのガラガラの機能を確認する。確かに少し古い玩具だったが、ちゃんと公式の情報が公開されていた。それによると、それほど難しい機能ではないらしい。ガラガラを握る赤ちゃんの脈拍や血圧などから、赤ちゃんの機嫌を二段階に分類し、それに応じた音が鳴るようだ。二段階とは、上機嫌と不機嫌である。仕様詳細について情報が開示されていて、機嫌の分類について判断基準が明確にされていた。これなら、スタンドアローンで組み込むのは難しくはない。実装するプログラミングも短い記述で済むだろう。デバック作業を含めても、一時間か二時間といったところか。これで修理見込みが立った。作業時間をベースに、見積もりを出す。後は依頼主のご夫婦に連絡を入れ、修理するかどうかを聞くだけだ。
それから次に今日三番目のお客さん。マダム・サファイヤの案件だ。これはオレの専門分野であるアンドロイドだ。他のロボット修理に比べれば、慣れている作業だ。
だが、マダム・サファイヤの話では起動さえできなかったらしい。つまり、ハードウェアが物理的に壊れている可能性が高い。次点で、起動用のソフトウェアにバグがあることが考えられる。場合によってはハードウェアを全交換することも視野に入れなければならない。そうすると、かなり時間のかかる仕事だ。マダム・サファイヤのことだから、料金については心配ないだろうが、他の仕事への圧迫を考えると、できるだけピンポイントの修理で済めば御の字だ。それこそ、以前のドールの修理のように、コンデンサが一つ外れている、みたいな簡単な故障ならベストだ。最小の労働で、最大の利益を上げることができる。まあ、いずれにせよ、アンドロイドを分解しないことには分からない問題だ。
続いて四番目のお客さん。お隣さんのヘア・アイロン・ロボットの故障。
それから五番目のお客さん。変人のオオサ・カジンさんの未知のオクトパス・ボール・メーカー・ロボットの故障。
これらはほぼ確定でメーカーのサーバーがコンピュータ・ウイルスに攻撃を受けたことに起因するだろう。よって対応も同じだ。スタンドアローンのプログラミングを書くことが第一手だろう。しかし、運が悪いことに、オレはその二つのロボットについての知見がない。
ないものねだりをしても始まらないので、オレはその二点のロボットに関する情報収集を始める。貰っていた情報から販売元のメーカーの開示情報を閲覧し、できる限りの情報を集めた。だが、赤ちゃん用のガラガラとは違い、これらのロボットの仕様についてはブラックボックスが多い。人間の髪の毛に研究の総力を注いでいるメーカーのロボットと、コアなファンに向けた品薄ロボットだ。情報が少な過ぎる。ロボットの動作目的はそれぞれ判明したが、動作原理そのものは不明なままだ。目的が分かっても、手段が分からない。これではスタンドアローンのプログラミングを組み込むことは難しい。いや、断言しよう。不可能だ。
だが、一応、オレにも奥の手はある。実はオレの工房にもスーパーコンピュータがあるのだ。もちろん、カレッジや大企業のような超高性能とまではいかないが、一般家庭で利用するには上等過ぎる演算機能を有している。そして、オレは職業柄ハッキングの技術に多少なりとも心得がある。つまるところ、オレがメーカーのサーバーをハックし、その機能をそっくりそのままいただいて、オレの工房のスーパーコンピュータでその機能を請け負う、という荒業で裏技である。
過去に前例がないわけではない。
オレが請け負った仕事だ。メーカーがサービス終了を宣言したとあるロボットを、サービス終了以降も使用したい、という仕事の依頼があった。それはオンラインでメーカーのサーバーとやり取りしながら機能するロボットだったため、メーカーのサービス終了宣言はつまりロボットの死を意味していた。その依頼に、オレはバカ正直にメーカーにサーバーの情報開示要求を出した。それに対するメーカー側の回答が「不可。欲しいならハッキングでもしてみろ。できるならな」といった感じだったので、オレは堂々と姑息にハッキングし、欲しかったメーカーのサーバー情報を手に入れ、オレの工房のサーバーにそっくりそのまま実装したのだった。今もそのロボットのオーナーからは、工房のサーバー使用料として定額の支払いがある。
つまり、この裏技によって問題を解決することはギリギリ可能なのだ。ただ、この解決方法はいくつも問題点がある。まず、公に話すことはできない。オレがお縄になる。不正アクセス禁止なんたらという法があるのだ。それに抵触する。もちろん足がつかないように注意をするが、それだって限界がある。ヤバい橋は渡らないに越したことはない。
それから、例のコンピュータ・ウイルスの存在も危険因子だ。メーカーのサーバーが攻撃を受けているなら、それをそっくりそのままいただいても、オレのスーパーコンピュータが攻撃対象になってしまう。そうなれば仕事の報酬を受けるどころか、手元に着火された爆弾を持つようなものである。それだけは避けなければならない。
多少時間をかけて考えたが、ヘア・アイロン・ロボットとオクトパス・ボール・メーカー・ロボットの対応には骨が折れることだけが分かっただけで、上手い打開策が見つからないまま、時刻は零時になった。
「っと、そろそろ……」
アンには明日の朝は起こさないように指示を出している。だが、それにかまけて惰眠を貪るには、待ち構えている仕事が多過ぎる。自己管理しなければならない。そのためにも早く寝て、睡眠時間を確保すべきだろう。
オレは仕事の依頼書を作業机に置いて、再びベッドに向かった。
眠りに落ちる僅かな時間も、解決策を模索しようと思考を巡らすが、睡魔は思ったよりも強力ですぐに意識が薄れていく。そんな中、一人の友人の顔が思い浮かぶ。
そうだ。アイツに頼ろう。
そんな結論に達した時には、既に眠っていた。泥のように身体はベッドに沈み、深い眠りに夢さえも見なかった。
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