神様の推理 (4)


 在庫管理ロボットは、それほど多くの機能を持っていなかった。動作はシンプルだ。文字通り、在庫の量を把握し、足りなければ発注を出す。それだけだった。


 しかし、それが誤発注を繰り返すということは、「在庫の把握」もしくは「発注」のどちらかが故障しているということである。


 オレは慣れた手つきでロボットを丁寧に分解し、「在庫の把握」に用いているであろうカメラを始めとする各種センサやタグの読み取り機能の動作をチェックする。予想通りそれらはちゃんと動作していた。ハードウェアに問題はなかったのだ。


 そして、問題はここからである。


 オレはロボットの脳とも言えるソフトウェアの組まれている基盤に持参したコンピュータを接続し、内部の動作プログラミングをチャックし始めた。


 意外なことに、在庫管理ロボット自体に組み込まれたプログラミングはとてもシンプルだった。お店の人がメーカー不詳と言っていたが、どうも動作のほとんどをメーカーのサーバーが行っていたらしい。サーバーに動作要求を投げかけるのがほとんどで、ロボットが判断を下すような記述はなかった。本来なら、他人が書いたプログラミングは解読に時間がかかるものだ。皿に盛られたスパゲッティのように難解なプログラムが存在するのが、ソフトウェア業界だ。だから、オレはお店の人に明確な時間を伝えなかったのだが、これは少し拍子抜けだ。


 少なくとも、プログラミングの記述は正確だった。つまり、問題があるのはメーカーのサーバー側だ。だから、このロボットは悪くない。


 さて、ではどうするか。


 メーカーのサーバー側に問題があるなら、メーカーのサーバーをチェックするのが筋だが、そんなこと当然やっているだろう。ならば、メーカーのサーバーに依存しない新しいプログラミングを記述してやるのが、解決策として妥当だと判断した。


 試しに、ウェブに接続し「ある衣服の在庫は足りている」とメーカーのサーバーに報告を出してみる。すると、「新規注文を受諾。発注数。一万着」と返事があった。オレは慌ててキャンセルの命令を出した。すると、この一連の動作はレジの方でもウオッチングできていたのか、お孫さんが慌てて倉庫に現れた。


「すすす、すみません! 一万着の発注が入ったみたいなんですが! どどど、どうしましたか?」


 随分な狼狽えようだった。そう言えば、オレも子供の頃はウェブの成人認証機能にビクついていたことを思い出す。今はもう味わえない、新鮮で純な感情だ。


「大丈夫です。キャンセルを直に申請しました」


 メーカーのサーバーからも「キャンセル受諾」との返事があった。


 お孫さんは安心したように息をついた。


 そんなお孫さんの様子に、オレは落ち着いて大人の対応で当たる。


「えっと、ある程度見込みが立ったので、お見積もりの話をしたいのですが……」

「ああ、分かりました。お祖父ちゃんを呼んできますね」


 またあのご老人と話をしないといけないのか。大丈夫だろうか。


 少し心配になる。前回はオレの工房というホームでのやり取りだったが、今回はアウェイだ。まあ、分からなかったお孫さんに通訳を頼もう。


 そんなオレの心配は杞憂に終わった。倉庫には三人の男性が現れたのだ。ご老人と、お孫さん、それからもう一人成人男性が。お孫さんが丁寧に紹介してくれる。


「えっと、お祖父ちゃんと、お父さんです」

「ああ、ご丁寧にありがとうございます。アンドロイド工房の主人です」

「こんにちは。父に代わってお店の運用をしています。今日はこんな古いロボットの修理に来てくれてありがとうございます」


 お孫さんと同じく話が分かりそうな人で、かつ、大人として責任ある対応のできそうな人だった。ラッキーだ。これなら交渉は、良くも悪くも順調に進むだろう。


「はい。それで、お見積もりなのですが――」


 オレは具体的な金額と時間を提示した。メーカーのサーバーに頼らないプログラミングを書くので、料金と時間はそこそこだが、新品を購入するよりは随分リーズナブルで、適正な価格だと思う。


「はい。それなら、正式に修理依頼をお願いします」


 ご老人のお子さんが快諾する。


「分かりました。お引き受けします。では、本日中の納品で構いませんか?」

「そ、そんなに早くできるんですか?」

「ええ、まあ、職業柄慣れていますから」


 オレは少しだけ誇らしくなった。自分の能力が世間に認められる瞬間は、こんなにも心地いいのか。


「わ、分かりました。ではお願いします」

「はい」


 結局、ご老人は一言も喋らなかった。だが、仕事が成立した。これだけで十分だ。


 オレは早速プログラミングを始めた。これまでメーカーのサーバーがやっていたであろう判断を、全て在庫管理ロボット単体で完結できるように記述する。サーバーの動作はブラックボックスで不明だが、在庫管理ロボットが出していた報告のログを遡れば、大体の内容は把握することができる。それから、エラーが生じた場合には、オレの連絡先にも一報入るようにしておいた。これでアフターケアも可能だ。だが、この記述だけは事後報告を貰わなければいけないので、プログラミングにコメントを入れる。「要事後報告」と。


 それにしても、発注「一万着」か……。これじゃあ、自己破産待ったなし、だな。


 天文学的数字と言うにはちょっと物足りないが、明らかにロボットのオーナーに害を生む動作だった。


「害……か……」


 オレの頭にはハッと天啓のようなものが駆け抜けた。


 害。そうだ。害だ。一連のロボットの誤作動は、全てロボットのオーナーに危害を加えるような振る舞いをしているのではないか。


 在庫管理ロボットができる、精一杯の危害。それは大量注文と圧倒的品不足だ。それなら、筋は通る。あれもこれも、どれもロボットのオーナーに害を与えているものばかりじゃないか。それに、いや、それだからこそ、あんなにも一度にオレの工房に仕事の依頼が来たのだ。それが極めて「害」のある故障だから。


 っと、他事を考えている場合じゃない。今はこの時は、今対応しているクライアントを大事にしよう。


 オレは集中してプログラミングを続けた。


 夜七時。お孫さんがコーヒーを差し入れてくれた。ロボットに水気は大敵なので、その場ですぐにいただいた。


 夜八時。どうにかプログラミングが一通り書き終わった。


 夜九時。デバック作業も終え、いよいよ仕事が完成した。


「ありがとうございました」


 ご老人のお子さんが代金と共に、丁寧に頭を下げながら礼を口にする。


「いえ。仕事ですから」


 オレは一仕事終えて、少しハイな気持ちになっていた。だが、昂る鼓動を理性で押し込めながら、クールな頭で支払いを受け取る。


「はい。ピッタリ受け取りました」


 金額を確認し、代わりに領収書を渡す。


「では、これで、失礼します」


 オレが帰ろうとしたところで、今日一日喋らなかったご老人が、突然声を発した。


「あの……その……ありがとう……のう……」


 オレは不意にこの在庫管理ロボットの詳細情報を思い出した。製造年月日は、このご老人の年齢と同じくらいだ。ご老人にとっては、兄弟みたいなものだったのかもしれない。


 新品を買わずに済んだ。その事実は、何も値段だけの問題ではないのかもしれない。


 そんな温かな気持ちになりながら、オレは衣料品のお店を後にした。


 オレを待っている、オレの姉弟的存在のアンドロイドが待つ工房へ向かって。



―・―・―・―・―・―・―・―・―・―


お読みいただきありがとうございます。


面白い作品となるように尽力いたします。


今後ともよろしくお願いします。


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―

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