神様の推理 (3)


 オレは気合を入れながら、工房を後にした。約束の時間には間に合うが、余裕はないかもしれない。そう思うと、不思議と急ぎ足になっていた。ここは地方都市である。自動運転のトレインやバスやタクシーは稼働しているが、これから訪問するお店は、距離的には徒歩圏内だ。多少手荷物はあるが、タクシーを呼ぶほどではない。それに、徒歩で行くつもりだったので、そもそもタクシーを手配していない。まあ、往路であまりにも手荷物が邪魔になるようであれば、復路はタクシーを呼ぶことも視野に入れてもいいかもしれない。


 そんなことを考えつつ、両足を熱心に動かした結果、一番目のお客さんである女性物の衣料品を扱っているお店には迷うことなく、約束の時間の五分前に到着した。アポイントメントより早過ぎては向こうが対応できないだろうし、遅過ぎるのはマナーが悪い。予定時間よりほんの少し早く、それが適している。そして、その時間にちゃんと間に合った。


 お店の正面入り口から入り、レジの方へと向かう。レジの店員さんは若い男性だった。まだまだハイ・スクールの生徒くらいの若さだ。パートタイマーだろうか。いや、オレの工房と同じくらい、寂れたお店なのに、パートタイマーを雇う余裕はないはずだ。それとも、オレの知らない販売ルートがあるのだろうか。……あり得る。かつてウェブが発展した際には、ウェブ上で商品の注文ができるだけで、かなりの収益を得た会社があったと聞く。それから地域密着の商売って線も。地方の電気屋は、その地方のスクールやカレッジに高額な家電やコンピュータを卸売りすることもある。


 そんな考えが浮かぶと、この寂れたお店も実は超高収益なお店である可能性が生まれてしまい、オレは少し気後れしてしまった。


「こ、こんにちは。アンドロイド工房の主人です。ロボットの修理のお見積もりに伺いました」

「ああ。連絡のあった。ボクはこのお店の孫です」


 お孫さんということは、どうやら事前に連絡していた相手らしい。ならば、話は早い。事前に情報は把握してもらっているはずだ。


「では、早速ですが、在庫管理をしているロボットを見せていただけますか?」

「はい。こっちです」


 お孫さんはレジに「ベルを鳴らしてください」と書かれた小さなボードとベルを置いた。しかし、オレの見る限り、店内にはお客さんがいない。ベルが鳴ることはないだろうし、万引きされるようなこともないだろう。


 お孫さんの案内で、お店の奥の方へと通された。お店の裏口っぽい出入り口から一旦外に出て、それからお店とは別の建物に入る。


「こっちの倉庫です」


 案内されたのは随分と埃っぽい倉庫で、日頃から使用されていないのが一目で分かった。普段から大事なアンドロイド相手の分解、構成をしている時で、くしゃみ一つも許されない場合に備え、マスクは常備しているので、あまりに酷いようならマスクを装着しよう。お孫さんが出入り口に立つと、光学センサが反応したようで、倉庫内の照明が点灯する。販売店になっているお店よりも随分広い倉庫だった。


「すみません。汚くて。すぐに埃除去用の空気清浄機ロボットをお持ちします」

「ありがとうございます」


 お孫さんは慌ててお店の方に戻り、一分くらいして両手に空気清浄機ロボットを持って戻ってきた。空気清浄機ロボットはゴウンゴウンとうるさく稼働音を鳴らし、倉庫の空気を綺麗にしていく。


「……この倉庫を利用するのは、数か月に一回くらいなんです」

「いいえ。普段から機械油を扱いますし、アンドロイド……アンティークの扱いには慣れているので、これくらいは平気ですよ」


 年齢もあまり離れていないので、オレはお孫さんとできるだけフランクに会話を交えた。


 それから、空気清浄機ロボットが一通り倉庫の空気を入れ替えるまでしばらく雑談した。お孫さんはやはりハイ・スクールの生徒で、店番をよく任されるのだそうだ。そうして十分ほどで時間を潰していると、空気清浄が終わったようで、空気清浄機ロボットが機能を停止した。


 それからお孫さんに倉庫の一番奥の角まで連れられた。


「これが、その在庫管理ロボットです。商品名もメーカーも不明なんですけど……」


 見せてくれたロボットは確かに年代物だった。表面の素材が時代を感じさせる。少しだけ小奇麗なのは、オレが来ることを見越して手入れしてくれていたからだろう。こういった下準備をしてくれていると、仕事を受ける方としても気持ちがいい。


「分かりました。では、拝見します。少しお時間がかかると思いますが、お孫さんはどうしますか?」

「少しと言うと、どれくらいですか?」

「そうですね。ロボットを分解して、ハードウェアのチェックに……一時間くらいでしょうか。お話を聞く限り、ハードウェア自体に故障はなさそうなので、内部の掃除だけしておきます。これはサービスです。で、肝心なのはここから先で、ソフトウェアをチェックします。これがどれくらい難しいか、ちょっと時間が読めません。一時間か、二時間か。遅くとも夜までにはお見積もりが出せると思います」

「結構時間がかかるんですね。えっと、お見積もりの支払いって……」

「ああ。お見積もりはサービスです。それで価格を出して、改めて修理依頼にするか、新品に入れ替えるか、ご検討ください」

「そんな! いいんですか?」


 確かに、オレとしては労働時間の分は料金をいただきたいところだが、それがオレの悪性を引き起こす可能性もある。つまり、お見積もりだけ時間を引き延ばし、賃金を得ることである。オレは仕事に手を抜くだろうし、お客さんは内容のない仕事にお金を支払うことになる。これでは誰も得をしない。


「ええ。アンドロイド工房はサービス業ですから」


 オレはニッコリと笑顔で告げ、早速仕事に取りかかった。


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