神様と少女 (3)


 トワの家はオレの工房からそれほど離れてはおらず、数百メートルほどの距離だった。


「ご主人さんは神様なんですね」


 取り留めもない会話の中、トワがそんなことを口にする。オレのことをそう呼ぶのは、アンを置いて他にいない。


「神様……。まあ、アンドロイドのアンから見れば、そうかもしれないですね」


 特に重く受け止めず、軽く相槌を打つ。


「いいえ。アンさんだけじゃないです。ルーシーのこともよくしてくれました」

「それはたまたまですよ。偶然、オレにその能力と道具、それから時間があったんです。それに――」


 オレはトワに向けて、内緒話をするように声を潜めた。


「トワがルーシーを大切にしていなければ、オレのところにも来なかった。そうですよね?」


 オレの問いかけに、トワはニッコリと笑って答えた。


 それから、トワの家が見えるくらいの距離まで来たので、オレはトワに聞いておくことにした。


「では、トワ――」

「何でしょうか?」

「ルーシーの調子をよくするのは明日になりますが、何かリクエストはありますか? 手足を伸ばしたいとか、髪の毛の色を変えたいとか。もちろん、オレにできる範囲に限りますが、トワのご希望をできるだけ叶えたいと思っています」


 すると、トワは少し考えるような間を置いてから。


「それなら、瞳の色を変えることはできますか?」

「瞳の色、ですか?」

「はい。ワタシの家族はみんな、瞳の色はブルーです。でも、ルーシーはブラウンなのです。一人だけ仲間外れだから、ルーシーの瞳もブルーだといいな、と前から思っていたのです。できますか?」


 トワの不安そうな疑問に、オレは力強く返事をする。


「ええ。では、トワの瞳をよく見せてもらえますか?」

「はい。どうですか?」


 肩を並べて歩きながら首だけ回してトワの方を向く。トワも歩みは止めず、オレの方を見上げていた。


 トワの瞳の色は自己申告通りブルーだった。この地方でも珍しくない、一般的な青い虹彩だ。色の濃さ、明るさ、デザインを脳裏に焼きつける。絵描きのセンスはあまり自信はないが、片目ずつ丁寧に描けば何とかなるだろう。


「ありがとうございます。分かりました。トワのご希望通り、ルーシーの瞳の色をトワと同じブルーにしておきます」

「楽しみです。お願いします」


 そして、トワの家に到着した。


 トワの家の玄関では、トワの母親らしき女性がソワソワとトワの帰りを待ってくれていた。


「お母さん。ただいま」

「トワ! もう! こんなに遅い時間まで! お説教が必要かしら」


 玄関先で怒り始めたトワの母親と、しょんぼりと項垂れるトワを見かね、オレは仲裁に入った。


「すみません。お嬢さんのご帰宅が遅くなったのは、オレに原因があります」


 オレの言葉にトワの母親は外向けの体裁のいい顔を繕った。


「まあ。どちら様ですか?」

「お嬢さんにドールの修理を頼まれました、この近くのアンドロイド工房の主人です。ドールの状態把握に時間がかかってしまい、こんな時間までお嬢さんを待たせてしまったのです。本当に申し訳ありません」


 ペコッと頭を下げる。


 オレの丁寧な態度に、トワの母親が慌てた。


「あらあら。そんなご丁寧に。頭を上げてください。あのドールの修理を? トワが? 自分からですか? お代金はどうしたのですか?」


 オレの言葉が意外だったのか、トワの母親は矢継ぎ早に詳細を尋ね始めた。


「ええ。何でも、お祖母様から大切にされているドールとお聞きし、オレも微力ながら力になれればと思いまして。修理の代金はお嬢さんから既に頂戴しました。お母様が心配されるのは道理ですが、お嬢さんは立派にドールのことを考えていました。そのドールへの愛情を踏まえ、今回の遅いご帰宅についてはご容赦いただけますでしょうか?」


 トワに話したように、トワの母親にはオレの口から説明する。第三者でちゃんとした大人であるオレの言葉は、しっかりとトワの母親を説得するに十分だったようで。


「そうですか。ご苦労をかけました」

「いいえ。お嬢さんのドールを大切に想うお気持ちに感化されただけです。肝心のドールの修理は間に合わず、明日になります。重ねてご容赦ください」

「謝らないでください。むしろ、娘の言葉をちゃんと汲み取ってくれてありがとうございます。ああ、そうだわ。少し待っていてくれますか?」

「ええ、はい?」


 状況はよく飲み込めないが、とりあえずトワが一方的に怒られるような展開は避けられたようだ。玄関のドア付近でトワがオレに向かってピースサインを送ってきたので、オレもピースサインで応じた。


 それから一分ほどして、トワの母親は小さな紙袋を持って玄関に戻ってきた。


「冬野菜です。貰い物なのですが、よければ受け取ってくれませんか?」

「ありがとうございます。いただきます」


 トワの母親から紙袋を受け取る。見た目以上に、紙袋は重かった。この重みで冬野菜ってことは、白菜や大根だろうか。


 この場で中身を見るのは少し卑しい気がしたので、中身は確認せずにトワとトワの母親に向けて礼とお別れの言葉を告げる。


「では、オレはこれで。明日の午後、お昼ご飯を食べ終えた時間くらいには修理を終えていると思うので、こちらのお宅にお運びします」

「いえいえ。そんな。迎えに行きます」

「修理にかかる時間がまだ不明ですし、修理を終えたら一刻も早く会いたいでしょうから、オレが持ってきます」

「そうですか。分かりました。お願いいたします」

「はい。承りました。では、失礼します」


 頭を下げ、そしてトワに向けて軽く手を振って、オレはトワの家を後にした。


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