神様と少女 (2)


 作業台にドールを横たえ、分解用の工具を揃える。今回はいつものアンドロイドと違い、玩具のドールである。だが、やることはほとんど変わらない。丁寧に分解し、必要のある個所を補修し、元に戻す。それだけだ。そして、今回はもう一つ、お喋りの機能を回復させるという大仕事がある。こちらは場合によってはオレの手ではどうにもならないかもしれないが、それも状態を見てみないことには分からない。


 オレは慎重にドールの分解作業に取り掛かった。


 小さなドールだが、精巧にできていたため、思いのほか時間がかかってしまった。だが、得るものはあった。


 まず、ドール自体の経年劣化の問題だ。中身をバラしたところ、この工房でも取り扱っているパーツで補修できることが分かった。流石にドールの皮膚を真新しいものに変えてしまっては、元のドールの原型がなくなってしまうので、内部の関節等の見えないところくらいだが、それでも随分、改善されるだろう。トワが多少強めに扱っても壊れないくらいにはなる見込みだ。


 それから、例のお喋り機能について。こちらも構造はシンプルで、音を入力するマイクロフォン部分、それから言葉を選ぶ電子回路の基盤部分、音を出力するスピーカー部分の三つで構成されていた。流石にドール用のマイクロフォンとスピーカーの代替品は工房にはなかったのだが、こちらの機能は問題なかった。少しスピーカーの音が鈍い気がしたが、アンドロイド用のスピーカーに慣れているせいだろう。ドール用のスピーカーとしてはちゃんと機能している。オレの導き出した結論は、電子回路の基盤に問題がある、だがこれは少し専門的だ。


 アンドロイドの専門家は二つに大別できる。すなわち、ハードウェア専門とソフトウェア専門である。オレは基本的にはハードウェア専門である。しかし、オヤジにアンドロイドの基本は全て叩き込まれているので、ある程度のレベルなら、ハードウェアもソフトウェアも扱うことができる。それに、そのための設備もある。だからどうにかしてあげたいのだが。


「時間も遅い、か……」


 既に夕方と言うには陽が落ちて時間が経つ。これは預かり案件にして、後日改めて報告すべきかもしれない。だが、それでも、オレで修繕可能か不可能かくらいは目途をつけるのが、当然の対応だろう。


 うーん。悩ましいな。


 オレが時計と電子回路基盤を見比べながら考えていると。


「おっ」


 オレは見つけた。電子回路基板にあるコンデンサの一つが外れているのを。


 オレは宝の地図を見つけた少年のようにワクワクしながら、コンデンサの接続を直した。これくらいは朝飯前どころか、小便よりも手早くできる。そして、仮止めで簡単にマイクロフォンとスピーカーとを繋ぎ、主電源を入れる。


「やあ」


 恐る恐る声をかけると。


「こんにちは。ルーシーよ」


 返事があった。


 どうやら問題は解決したらしい。


 オレは安心しながら、机の上を一瞥する。まだまだ分解されたままのドールのパーツ。それから剥き出しのお喋り機能。これは到底、六歳の少女には見せられない。


 基本的に分解よりも構成の方が時間がかかる。このまま作業を続けてもいいが、それでは夜中になってしまう。


 この辺りが見切りだろう。


 オレは作業の手を止め、机の上を丁寧に整理する。それから、工房の受付へと向かった。


 オレの姿を見るや、トワは慌てて受付の方へと駆け寄った。


「ご主人さん。ご主人さん。どうですか?」

「ええ。まずはこんなに遅くなってしまったことを謝罪します。すみませんでした」

「ワタシもこんなに時間がかかるとは思っていませんでした。お家には電話したのですが、お母さんに怒られるかもしれないです」

「それではオレも一緒に謝ります。トワは心配しなくて大丈夫です」

「ありがとうございます。それで、ドールは……」


 消え入りそうなトワの問いかけに、オレは努めて明るく答える。


「大丈夫です。ルーシーは明日には元気になっていますよ」


 トワは全ての表情筋を駆使しながら、笑った。無垢な笑顔だった。


「まあまあ。ルーシーのことを知っているんですね。それは安心です」


 しかし、それから少し顔を暗くして。


「それで、お金のことなんですが……」


 しょんぼりと心細そうにスカートから小さな財布を取り出した。財布は小さいけれど、中身はパンパンに膨れている。


「これで足りるでしょうか……?」


 トワは財布を開いて、中身を見せてくれた。パンパンに膨れている外見に反し、中身は大した金額ではない。小銭ばかりだった。こんな小さな子供なのに、頑張って貯めたお小遣いなのだろう。それを察すると、オレは優しい気持ちになった。それが何よりの見返りだった。これがお金持ちの母親に連れられた子供だったら、こうは思わなかっただろう。


 だからオレはその財布の中から適当にコインを一枚だけ抜いた。


「では、お代はこれで結構です」


 オレの反応は予想できなかったのか、トワはポケッと口を開けていた。


「でも、内緒ですよ。サービス料金です。オレと、トワ、それから、アンだけの秘密です。ルーシーにも喋っちゃダメですよ?」

「ええ。ええ。分かりました。ありがとうございます」


 それから、アンに工房を任せ、オレはトワをトワの家まで送ることにした。トワは「大丈夫です」と言っていたが、こんな時間に少女を一人歩かせるのは紳士的ではない。最後まで、トワには丁寧に接していたかった。


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