第二節 SCENE-002「魔術師、内緒話をする」


 昨日までと何も変わっていないような顔をして、伊月は水底から自然と浮かび上がった体を水際へと引き上げる。




 御神木を中心に広がる霊泉。その周囲を取り囲むよう敷き詰められた石畳へと乗せた手に魔力を巡らせ、濡れた体を持ち上げると、全身にまとわりついていた魔水は〝まったき水〟ではありえない挙動で、伊月の体や着衣に残ることなく、するすると霊泉の中へ戻っていった。


「――げほっ」


 最後に吐き出した魔水だけが、乾いた石畳をばしゃりと濡らす。


 すぐそばで、同じように肺の中まで入り込んだ魔水をげほりと吐いた鏡夜の様子を、ちらりと横目で見遣ってから。伊月はその場に立ち上がった。


「今日の水汲みはどっちがやる?」

「僕でいいよ」


 膝についてもいない汚れを、手癖でぱっぱっと払ってから。

 もう一度、隣で同じように禊を終えたばかりの鏡夜の方に視線を向けて。伊月はわかりやすく物言いたげに目を細めた。


「――なに?」


 それに気付かないほど鈍くはない鏡夜が尋ねると、伊月は無言で片手を差し出す。

 はて、と首を傾げた鏡夜がその手を取れば。その頭の中で、空気の代わりに魔力を伝って聞こえてくる伊月の思念こえが囁いた。


「(私たちって、一魂性双生児よね?)」


 一魂性双生児――文字通り、一人分の魂を二つの体に分け合って生まれてきた双子。


「(そうらしいけど……それがどうかした?)」


 人の出入りがほとんどない、隠れ里という閉鎖的な環境で育てられた伊月と鏡夜にとって、周囲にいる大人たちから口を揃えて「お前たちはそういう存在ものだ」と教えられた、その言葉が全てだった。


 他を知らないのだから、自分たちが置かれた環境に不満を抱くことも、与えられた知識に疑問を持つこともありはしないのだと、鏡夜の態度が物語っている。


 そんな鏡夜に、伊月は体ごと向き直って、空いていたもう一方の手を差し出す。

 その手を鏡夜が何気なく取ると、お互いに向き合って両手を繋ぐ形になった。


「伊月?」


 十四という年齢に体の成長が追いついていない――一魂性双生児が抱える先天的な要因に由来する影響を最小限に抑えるため、魔法的な処置によって成長を遅らせている双子に、一目でわかるほどの性差はなく。その姿形は、まるで鏡に映したよう瓜二つ。


 どこにもおかしなところはなく、誰からも疑われることのなかった〝片割れ〟に、伊月はその内心を悟らせない澄ました顔と、あらかさまに白けた思念こえで囁いた。


「(〝前世の記憶持ちレナトゥス〟には霊魂たましいを守る加護があるから、〝私〟の霊魂が砕けるはずなんてないのに?)」



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