第一節 SCENE-005


「家まで競争する?」


 そんなことを言いながら、鏡夜の返事を待とうともせず、伊月は走り出している。


「またそうやって……」


 純粋な身体能力こそ、見かけどおりに伯仲しているものの、魔力による補助ありきとなると、どう足掻いても伊月の方に軍配が上がる。


 それを分かっていても、伊月を一人にしてはおけない。

 そういう性分の鏡夜は、追いつけないと分かっている片割れの背中を追いかけて駆け出した。




「(どうせ僕が負けるんだし、君を押しのけてまでさっさと汗を流したいなんて思ってないよ)」


 夜狩の終わりに、伊月が鏡夜へ勝負事を持ちかけるのはいつものことで。自分から言い出した、勝って当然の勝負に勝った伊月が喜色満面、勝者の権利だと言って一番風呂に入るのも、実力とは関係なく気持ちの面でも伊月へ順番を譲ることに抵抗のない鏡夜が「一緒に帰ろう」と言いつのるのも、やはりいつものことだった。


「(水汲みは?)」

「(僕が君にやらせたことなんて、ないだろ)」

「(でも、こうやって勝負にしないと私が鏡夜にやらせてるって言われるじゃない?)」

「(それはそうだけど)」

「(文句ならかさねたちに言いなさいよ)」

「(…………)」


 ただでさえ伊月に強く出られない鏡夜が言い負かされると、念話――思念を乗せてやり取りする魔力の〝繋がりパス〟を介して、言葉としてはまとまっていない、けらけらと笑うような伊月の感情が鏡夜にまで伝わってくる。




 お互いの考えていることを〝声なき言葉〟としてやり取りできるほどにはしっかりと魔力の経路パスを繋いでいる伊月が、鏡夜に対してなんの遠慮もなく念話に乗せてくる感情は、人並み以下の感受性しか持ち合わせていないと自負する鏡夜に、自分一人ではけっして得られない感情の起伏をもたらすものだから。そのことは、どんな飴より甘く、伊月に対する鏡夜の甘い態度を助長する。


 文句を言ったところで、襲――双子の父親や、それ以外にも双子の養育に関わっている近親者たちからは「伊月を甘やかすな」と言われるのがオチだと。齢十四にして、鏡夜は己のどうしようもなさを自覚していた。


 それでも甘やかしたいのだから、仕方がない。



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