Book 3. 誰が梶畑君を殺したのか。
「何かしたか?って、僕が
「俺の実家は岐阜の田舎なんだ。
俺の突然の昔話にも上村は動じることなく、落ち着き払って耳を傾けていた。少なくとも表面上は。
「……ザリガニを飼っていた水槽が酷く臭いだしたんだ。生物が腐敗する臭いだ。そして初めて気がついたんだよ、俺はザリガニを殺してしまったんだなって。今、微かに臭う、この
そういって俺は玄関の方を指差した。玄関の脇には梶畑君がいるはずのトイレとバスルームがある。
「なぁんだ、気がついていたのか。お前も人が悪いなァ」
上村はもう隠すことなく、満面に邪悪な笑みを
「そうか、臭いか。僕としたことが手抜かりだったね」
そういって上村は赤鼻をふんふんと鳴らすが、ほとんど臭いを感じていないのだろう。形ばかり眉根を寄せて「困ったね」という表情を作ってみせた。まったく、ムカつく野郎だ。
「手短に話せば、梶畑には魔術の実験台になってもらったんだよ」
「なん……お前、やっぱりッ!」
「まぁ、そんなに
「有効活用ってどういう意味だ。
「やだなぁ、鷺田。面白がって『試しに自分に魔法を掛けてくれ』って頼んできたは、あいつの方なんだぜ。だから梶畑の死は、梶畑自身の責任なんだ」
「なに
「オイ、さっきから先輩に向かって失礼だぞ。僕がメイガスフォンを手に入れたのは一週間前。魔術師歴は僕の方が長い」
「なんだと!?」
「黒帽子に黒いコート、黒いステッキを持った全身黒ずくめの老人にさァ、貰ったんだよ。こいつをな」
そいって上村は上着のポケットから俺のと同型のスマホを取り出した。メイガスフォン。ただし外装は漆黒である。
「お前からの電話で『謎のスマホについて相談したい』っていわれた時には驚いたよ。まさかこんな近くに敵がいたとはね! しかも相手はメイガスフォンの使い方も知らない素人同然で、僕が同じ魔術師である事も知らないんだから」
「飛んで火にいる何とやらだな」といいながら、キヒヒヒと
「お前みたいな奴でも、一応知り合いなんだし、殺すのも
俺はテーブル上のメイガスフォンを掴むと、素早く認証をしてセイフティを解除。メフィストを呼び出して魔道書を起動した。
「オープン・セサミ! 『
「威勢がいいな、 ド素人の分際でッ! メフィスト、魔道書起動。我が手に来たれ、『
*
テーブルを挟んで向かい合う俺たち二人の間に、びりびりと空間を切り裂くような衝撃が走った。互いのメイガスフォンの上には
視界の隅に
「初対戦おめでとうございます!」
「全然めでたくねぇよ! それよりあんた、あっち側にもいただろ。俺のセコンドじゃないのかよ」
「私の役目はあくまでゲームの
「ちッ、この浮気者めッ!」
「「それでは、これよりメイガスゲーム、開幕いたします!」」
それぞれのスマホからメフィストの宣言が同時に
*
「ひとつ聞かせろ、なぜこんなことをする!」
「はァ? なぁにいってんだ鷺田、楽しいからに決まってるだろ。僕はずっと生ぬるい日常に浸かりながら、いつかこういう非日常が降ってこないかと待っていたんだ。もっと喜べよ、僕たちは選ばれたんだぞッ!」
「……そうか、そういうことか。いつも感じてた違和感の正体がわかったよ。俺はずっとお前の傲慢さが嫌いだったんだ!」
「ああ、そうかよッ!」
上村は左手で仮想の魔道書のページを繰り魔術を選択すると、
周囲で高まる魔力を肌で感じて総毛立ち、こめかみをギリギリと万力で締め上げられるような頭痛がした――その直後、目には見えない衝撃が全身を襲った。まるでSF映画で見るような念動力、あるいは巨大な拳で殴られたような直接的な暴力だ。その勢いで俺は椅子を弾き飛ばし、壁際まで追いやられた。
何とか転ばずにすんだのはメフィストの助言を聞き入れたからだろう。つまり――。
「あれェ、おかしいしいなァ。一発で仕留めるつもりだったのに。お前、予め防御呪文を唱えていたな、この嘘つきめ」
「ぺっ……ああ、そうだよ。最初に魔道書を起動した時、試しに差し障りなさそうなのを使った……おかげで命拾いした」
俺は口内にたまった血を吐き出しならがら言い返した。嘘つきだなんて、こいつにだけはいわれたくない。
どうやらまだ〈見えざる鎧〉の効果時間内だったようで、結果的に救われた。
それにしても、上村は本気で俺を殺すつもりだった。本性を
「トモヒロ様、お気をつけて。このゲームは
「わかってるよ、そんなことくらい! それより何かこう、ファイアボールとかライトニングボルトとか、そういう強そうな呪文ってないの?」
「四大元素説が信じられていた古代ギリシャならいざ知らず、現代でそれはちょっと困難かと」
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ……」
「我らが神に祈りを捧げましょう」
メフィストの酷く突き放した物言いは、俺には死刑宣告に等しく聞こえた。
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