Book 3. 誰が梶畑君を殺したのか。

「何かしたか?って、僕が梶畑かじはたに何をしたっていうんだよ」

「俺の実家は岐阜の田舎なんだ。餓鬼がきの頃、沼で釣ってきたザリガニを飼っててさ……でも、子供って無知だし残酷じゃないか。飽きたら世話もロクにしなくなる。そしてすっかり存在を忘れた頃……」


 俺の突然の昔話にも上村は動じることなく、落ち着き払って耳を傾けていた。少なくとも表面上は。


「……ザリガニを飼っていた水槽が酷く臭いだしたんだ。生物が腐敗する臭いだ。そして初めて気がついたんだよ、俺はザリガニを殺してしまったんだなって。今、微かに臭う、このイヤな臭いとそっくりでさ。あっちの方から漂ってくる」


 そういって俺は玄関の方を指差した。玄関の脇には梶畑君がいるはずのトイレとバスルームがある。


「なぁんだ、気がついていたのか。お前も人が悪いなァ」


 上村はもう隠すことなく、満面に邪悪な笑みをたたえていた。ケケケという笑い声が聞こえてきそうな下衆げすい顔。愚鈍な俺を見下して嘲笑しているのだ。


「そうか、臭いか。僕としたことが手抜かりだったね」


 そういって上村は赤鼻をふんふんと鳴らすが、ほとんど臭いを感じていないのだろう。形ばかり眉根を寄せて「困ったね」という表情を作ってみせた。まったく、ムカつく野郎だ。

 

「手短に話せば、梶畑には魔術の実験台になってもらったんだよ」

「なん……お前、やっぱりッ!」

「まぁ、そんなに意気イキんなって。奴の体はちゃんと、有効活用させてもらってるんだよ」

「有効活用ってどういう意味だ。真逆まさか、お前」

「やだなぁ、鷺田。面白がって『試しに自分に魔法を掛けてくれ』って頼んできたは、あいつの方なんだぜ。だからなんだ」

「なに他人ひとのせいにしてやがるんだ! 上村ッ、手前テメェ」

「オイ、さっきから先輩に向かって失礼だぞ。僕がメイガスフォンを手に入れたのは一週間前。魔術師歴は僕の方が長い」

「なんだと!?」

「黒帽子に黒いコート、黒いステッキを持った全身黒ずくめの老人にさァ、貰ったんだよ。こいつをな」


 そいって上村は上着のポケットから俺のと同型のスマホを取り出した。メイガスフォン。ただし外装は漆黒である。


「お前からの電話で『謎のスマホについて相談したい』っていわれた時には驚いたよ。まさかこんな近くに敵がいたとはね! しかも相手はメイガスフォンの使い方も知らない素人同然で、僕が同じ魔術師である事も知らないんだから」


 「飛んで火にいる何とやらだな」といいながら、キヒヒヒと下卑げびた笑いを響かせる。俺は上村に気がつかれぬように、テーブルの上のスマホを盗み見た。手を伸ばせばすぐ届く距離だが、タイミングが肝心だ。


「お前みたいな奴でも、一応なんだし、殺すのも不憫ふびんだから、騙して取り上げようと思ったんだが……気が変わった。決闘デュエルといこうぜ!」


 俺はテーブル上のメイガスフォンを掴むと、素早く認証をしてセイフティを解除。メフィストを呼び出して魔道書を起動した。


「オープン・セサミ! 『エイボンの書ブック・オブ・エイボン』!」

「威勢がいいな、 ド素人の分際でッ! メフィスト、魔道書起動。我が手に来たれ、『無名祭祀書ネームレス・カルツ』!」


     *


 テーブルを挟んで向かい合う俺たち二人の間に、びりびりと空間を切り裂くような衝撃が走った。互いのメイガスフォンの上には魔術書グリモアが浮かび上がり、足元には円形の魔法陣が展開していた。

 視界の隅に能力値アビリティらしき数値パラメータが、対戦者たる上村の頭上にも何やら文字や数字が浮かんで見えた。どういう仕組みからはわからないが、SF映画で見る拡張現実エー・アールそのままだ。


「初対戦おめでとうございます!」

「全然めでたくねぇよ! それよりあんた、あっち側にもいただろ。俺のセコンドじゃないのかよ」

「私の役目はあくまでゲームの管理者キーパー。それに電子の海を揺蕩たゆたう存在でありますので、こちらにもあちらにも同時に遍在へんざいしております」

「ちッ、この浮気者めッ!」

「「それでは、これよりメイガスゲーム、開幕いたします!」」


 それぞれのスマホからメフィストの宣言が同時にこだまして、遂に魔術師同士の力比べ――生死を賭けた遊戯ゲームが始まった。


     *


「ひとつ聞かせろ、なぜこんなことをする!」

「はァ? なぁにいってんだ鷺田、楽しいからに決まってるだろ。僕はずっと生ぬるい日常に浸かりながら、いつかこういう非日常が降ってこないかと待っていたんだ。もっと喜べよ、僕たちは選ばれたんだぞッ!」

「……そうか、そういうことか。いつも感じてた違和感の正体がわかったよ。俺はずっとお前の傲慢さが嫌いだったんだ!」

「ああ、そうかよッ!」


 上村は左手で仮想の魔道書のページを繰り魔術を選択すると、躊躇ちゅうちょなく俺に向けて呪文を撃ってきた。複雑な印型を魔杖で宙に描くことも、難解な古代言語の詠唱をすることもない。全てはメイガスフォンが肩代わりしているのだ。

 周囲で高まる魔力を肌で感じて総毛立ち、こめかみをギリギリと万力で締め上げられるような頭痛がした――その直後、目には見えない衝撃が全身を襲った。まるでSF映画で見るような念動力、あるいは巨大な拳で殴られたような直接的な暴力だ。その勢いで俺は椅子を弾き飛ばし、壁際まで追いやられた。

 何とか転ばずにすんだのはメフィストの助言を聞き入れたからだろう。つまり――。


「あれェ、おかしいしいなァ。一発で仕留めるつもりだったのに。お前、予め防御呪文を唱えていたな、この嘘つきめ」

「ぺっ……ああ、そうだよ。最初に魔道書を起動した時、試しに差し障りなさそうなのを使った……おかげで命拾いした」


 俺は口内にたまった血を吐き出しならがら言い返した。嘘つきだなんて、こいつにだけはいわれたくない。

 どうやらまだ〈見えざる鎧〉の効果時間内だったようで、結果的に救われた。

 それにしても、上村は本気で俺を殺すつもりだった。本性をあらわにしたこの男――何て恐ろしい奴なんだ。


「トモヒロ様、お気をつけて。このゲームは残機ざんき制ではありません」

「わかってるよ、そんなことくらい! それより何かこう、ファイアボールとかライトニングボルトとか、そういう強そうな呪文ってないの?」

「四大元素説が信じられていた古代ギリシャならいざ知らず、現代でそれはちょっと困難かと」

「じゃあ、どうすりゃいいんだよ……」

「我らが神に祈りを捧げましょう」


 メフィストの酷く突き放した物言いは、俺には死刑宣告に等しく聞こえた。

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