第2話 宿敵とのデート?

「な、な、何を言っているのかしら? 私が断罪者ジャッジメント? 冗談はやめてくださいまし」


 目の前の男が、私のことを断罪者ジャッジメントと呼んでしまったことで、周囲の人々の視線が私に注がれる。この男が、なぜ知っているのかは分からない。だが、人違いという可能性もあるだろうと思い、とぼけてみることにした。


「あ、いや。すまなかった。君は有名人だったね。僕は一目見てわかったよ」


 明らかに確信をもって私を断罪者ジャッジメントと断じる男に警戒を強める。かと言って衆目の中、話を続けるわけにはいかないだろう。


「ちょっと、こっち来て話をしましょう!」


 私は男の手を引いて路地裏へと向かう。二人ほど彼の護衛と思しき男が、私たちの後をつけようとしていたが、シャルルの妨害によって阻まれていた。


「ふぅん、君の侍女もなかなかやるみたいだね。彼らも決して素人じゃないけど、さすがは断罪者ジャッジメントについているだけはある」


 手を引かれながら暢気に話しかけてくる男を無視して、路地裏の奥へと進む。この辺りなら大丈夫だろうと思い、掴んでいた手を放すと男に向き直った。


「とりあえず、断罪者ジャッジメントって連呼するの止めてくれない? 私にはルシアって名前がちゃんとあるの!」

「ああ、すまない。名前は聞いたことがなかったからね。僕の名前はルイスだ」


 相変わらず軽薄な笑みを浮かべながら自己紹介をする。一見隙だらけのたたずまいに見えるが、その実、全く隙がなかった。


「それで、何で私のことを断罪者ジャッジメントってルイスは連呼したの?! おかげでさらし者になったじゃない!」

「名前を知らなかったからね。だから、そう呼んだだけだよ」


 全く悪気が無いように答える彼に苛立ちが募る。


断罪者ジャッジメントの噂は知ってるはずでしょ? 私を晒し者にして、何の嫌がらせのつもりなの?」

「え? いや、君が断罪者ジャッジメントじゃないか。前に一度会ったよね。あんなに熱烈な視線を送ってくれたのは、後にも先にも君だけだったからね。忘れるわけがないよ」


 彼の答え。その意味が私には全く理解できなかった。こんな軽薄そうな男に会ったことなど一度もないし、ましてや男に熱烈な視線など送るわけがない。私が戸惑っていると、彼は何かに気付いたかのようにポンと手を打った。


「ああ、そうか。僕も仕事中だったからね。もしかしたら門番ゲートキーパーって言った方がわかるかな?」

「げ、門番ゲートキーパー……」

「あの時は驚いたよ。君が僕を助けてくれて熱烈な視線を向けてきたから、僕もOKってことで見つめ返してあげたのに、急に走っていっちゃったから、びっくりしたよ」

「……」


 どうやら、私が彼を助けた時に警戒のために凝視していたのを好意だと受け取ってしまったらしい。しかも、その時点で私が断罪者ジャッジメントだと知っていたことになる。


「それなら何で、私が断罪者ジャッジメントだとして、接触してきたのは王国に引き込むため?」

「そんな訳ないだろ。僕が会いたかったからに決まってるじゃないか。君みたいに魅力的な女性が王国に知られたら、兄さんたちに取られるかもしれないだろ?」

「えっ? 兄さん……? もしかしてルイスって……」

「ああ、僕はルイス・ヴァン・ユーリシア。ユーリシア王国の第七王子ってことになるのかな?」


 王国最強の門番ゲートキーパー。彼が王国の王子だなどと、誰が思うだろうか。しかし、そこでふと湧いた疑問を投げかける。


「でも、門番ゲートキーパーって百年以上前からいるじゃない」

「当然さ。僕が先代から引き継いだのは一昨年だからね」

「先代……」


 よく考えれば分かることだけど、百年以上も王国最強として君臨してきた男。そんなことが寿命がある人間に可能なはずはない。正体不明なのも、それで説明がつく。


「会うだけなら、あんな往来で正体を暴かなくてもいいじゃない! 何も考えていないの?」

「言われてみればそうだね。やっと君を見つけられたと思ったら嬉しくなっちゃってね。兄さんたちからも、脳筋って言われてるんだけどね。あはは……。おっと」


 突然、上空から何者かがルイスに斬りかかってきた。それを難なく受け止めると、すぐに両手を挙げる。


「ルシア様、ご無事ですか?!」

「え、ええ。大丈夫よ」

「酷いなぁ。話をしていただけじゃないか」


 その何者かはシャルルだった。緊張した面持ちでルイスを睨みつけるが、ルイスは両手を挙げてへらへらと笑っている。彼女ほどの実力者であっても、ルイスは取るに足らない相手だと言っているように見えてしまう。


「シャルル。大丈夫だから、下がっていて」

「いやぁ、さすがだよ。この短時間で、僕の監視役をまいて来るなんてね」


 ルイスは芝居がかったように拍手をしてシャルルを称える。その姿は誰が見ても煽っているようにしか見えないだろう。


「それで用件は何? 私を挑発に来ただけなら、帰らせてもらうわよ」

「ええっ? ちょっと待ってよ。やっと会えたんだから、これからデートしよう」

「お断りです。私はこれからショッピングに行くんですから。商人を城に呼ぶだけの王族と違って、貧乏子爵ですからね。王族はお帰りください」

「つれないなぁ。ああ、そうだ荷物持ちっていうことで付いていくなら良いよね」


 これ以上、ルイスと一緒にいると面倒なことになりそうだと思った私は、早々にお引き取りを願うことにした。しかし彼は、自ら進んで荷物持ちとして付いて来ると言い出した。王族である彼を荷物持ちとして使うなど、不敬極まりないはずなのだが……。王族である本人が荷物持ちとして付いていくと言っている以上、一貴族令嬢の私に断ると言う選択肢はない。


「わかりました。邪魔をしないでくださいよ。それに、外では断罪者ジャッジメントって呼ぶのは絶対に禁止ですからね!」

「了解。なんなら護衛もしてあげるけど……。まあ、いらないよね」


 へらへらと笑いながら、シャルルを引き連れて歩き出した私に後ろから付いて来る。余計なものが引っ付いてきたことに、思わずため息が漏れそうになった。


 その後、僕たちは街を見て回った。服や珍しい食べ物を買ったり、レストランで食事をとったり、そこそこ楽しい時間を過ごすことができた。


「さて、と。回りたいところも回ったし、そろそろ帰ろうかしら」

「そうか……また次も一緒に行こうぜ」


 頃合いを見計らって帰ることを告げると、意外なほどあっさりとうなずく。もちろん、次は無いのだけど。


「あ、あれは!」

「帝国の輸送機……! 襲撃か?!」


 すんなり分かれて帰ろうとした時、街の広場の方から悲鳴が聞こえてきた。上空を見上げると、巨大な輸送機が一機。王国の領空を侵犯して飛んでいた。


 輸送機のハッチが開くと、多数のAIロボットが上空から投下される。地面に落ちたAIロボットは、周囲の住民を蹂躙していく。


「きゃああああ!」

「た、助けて!」


 その様子を遠目に見ていると、ルイスが駆けだした。いつの間に着替えたのだろうか。彼は既に門番ゲートキーパーの格好になっていた。


「ルシア。僕たちで救助するんだ!」

「お嬢様、こちらを!」

「仕方ないわね。シャルル、行ってくるわ! 住民の避難誘導はお願い!」

「かしこまりました。行ってらっしゃいませ、お嬢様」


 ドレスと仮面に着替えた僕は、シャルルの見送りを受けながら、ルイスの背中を追ってAIロボットの群れに飛び込んだ。


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