反逆の刃 ~異世界に転生した暗殺者は、AIの支配する帝国に革命を起こす!~

ケロ王

第1話 断罪者と門番

 ガキィィィン!


 夜の闇に金属音が鳴り響く。逃げていた男に向けられたAIロボットの銃口は完全に折れ曲がっていた。


「今のうちに逃げなさい!」


 私は男たちに向かって言うと、それと対峙した。逃げろと告げたにも関わらず、その場に留まり続ける男に苛立ちが募る。


「す、すまねぇ。だ、誰だか知らねぇが、助かったぜ……」

「いいから、早く逃げろって言うのが聞こえないの?」

「わ、わかった……」


 感謝の言葉を述べる男に、今度は凍り付くような冷たい声で逃げるように告げる。男は私の苛立ちを察したのか、足をもつれさせながら走り去っていった。


「ナイトストーカー、夜間強襲用ロボットね。帝国も厄介なものを作ってくれたわ」


 私が身構えていると、AIロボットは壊れた主砲であるライフル銃の代わりに、副砲であるマシンガンの銃口を露出させた。次の瞬間には銃口から激しい音と光を伴って無数の銃弾が発射される。無数の銃弾は、私の身体を蜂の巣に――。


「遅いわ……。それは残像よ」


 それの背後に回り込んでいた私は、背中に魔力を込めたナイフを突き立てる。ナイフはそれの防護機構をあっさりと貫いて、コアまで達した。そのままナイフを回転させて穴を空けると、手を突っ込んでコアを引っこ抜いた。


「警告、警告。敵性生命体により、コアを喪失……」


 AIロボットは、そう言い残して動きを停止する。私はコアを覆うケースを握りつぶし、中の魔石を取り出した。


「まあ、そこそこの魔石ね。本体は……誰かが回収するでしょう」


 魔石を手に、私はその場を後にした。


 自分の部屋に戻った私は、漆黒のドレスと仮面を脱ぎ捨てる。その中身は、先ほどまでAIロボットを蹂躙していたとは思えないほどの美少女だ。肩まで伸びたブロンドの髪に赤い瞳。これが前世で『死神の手』と呼ばれた暗殺者だとは、誰も思うまい。


「ルシアお嬢様。お戻りになられましたか」

「シャルル。どうやら王国内部にも帝国のロボットが侵入してきているみたい」


 私の言葉に、沈痛な表情を浮かべるシャルル。無理もない、この王国を除いた全ての国がフラン帝国の支配下なのだから。フラン帝国は、異世界転生した男が作ったAIによって爆発的な発展を遂げた。もっとも、その結果として帝国自体がAIに乗っ取られてしまったのは皮肉な話だが……。


「お嬢様のお気持ちは分かりますが、あまり動かれますと危険でございます」

「大丈夫よ。引き際は心得ているわ。転生者だと気付かれることも無いはずよ」


 不安げな表情でシャルルが私を見つめる。この世界において転生者は常に命の危険にさらされる。AIを作った男が転生者だったこともあり、帝国でも王国でも転生者は危険人物扱いだ。最悪の場合は処刑されることもあるだろう。


「しかし、お嬢様。大っぴらには噂になっておりませんが、既に断罪者ジャッジメントの存在は大勢の人間が知るところでございます」

「それは面倒だわ……。たとえ好意的に受け止められていたとしてもね」


 正体不明にしてAIロボットという悪を断罪する者。私に助けられた人間が流したのであろう噂は、着実に広まっているようだ。帝国の侵攻を水際で食い止める英雄。厄介なのは、その英雄を自分たちの陣営に引き入れようと王国が動いていることだった。


「お嬢様もお気をつけください。噂では断罪者ジャッジメントと接触するために、門番ゲートキーパーを動かすという噂もあります」


 門番ゲートキーパーとは王国最強と呼ばれている兵士のことだ。王国を守る盾にして矛。断罪者である私と同様に公には正体不明でありながら、王国の犬として働いている男。私の持っている情報網ですら、その程度しか分からない。


「アイツは厄介ね。私でも勝てる気がしないわ」

「お嬢様でも……」


 かつて一度だけ、門番ゲートキーパーと相まみえたことがある。たった一度、目を合わせただけだが、次の瞬間、私は一目散に逃げだしていた。その男と相対していたら自分が殺られる。それほどまでに実力がかけ離れている相手だった。


「ああもう、考えていても仕方ないわ。シャルル、明日は街に出るわよ」

「かしこまりました。クロード伯爵閣下にも、そのように伝えておきます」


 私の突発的なわがままにも、顔色変えずに了承してお辞儀をする。私には勿体ないくらいの専属侍女である。


「くれぐれも、お父様たちには秘密だからね」

「心得ております。まあ知ったら知ったで喜ぶでしょうけどね」

「滅多なこと言わないで。これ以上、誰かに知られたら、と思うと気が気じゃないわ」


 私が転生者であることを知っているのは王国広しと言えど、シャルルだけだ。知っている人間が増えれば、必然的に情報が漏れやすくなる。警戒はしておくべきだろう。平穏はいつ破られるか分からないのだから。



「やあ、断罪者ジャッジメント。こんなところで会うなんて奇遇だね」


 野良猫を抱いた黒髪黒目の好青年が、私を見るなり笑顔でそう言った。私の平穏はすでに儚いものだったようだ……。

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