第3話 新米軍人の午前中

 半月ほど前に突然地球圏へと再来襲したダグラモナス帝国艦隊は、軽い交戦の後に素早く立ち去って後続はなかった。なので、迎撃艦隊βの警戒態勢もランクが上がることはなく、構成員のほぼ全員が日がな待機という状態である。


 とは言え、ずっと待っているだけというわけにもいかないので、部署ごとに訓練だの演習だのはスケジューリングされる。その設備利用許可申請だとか、機材の使用許可やメンテの手配などの最終的な決済が僕のところに回って来る。迎撃艦隊βの中だけで済む話なら楽なものだけど、中央に回す書類の場合はある程度きっちりチェックを入れておかないと、桁がひとつ違うだけで大変なことになってしまうのだ。


 んーっ、んーっと胸のポケットでスマホが震動している。ああセフィアだ。退屈してるんだ。たぶん浮気チェックも兼ねてる。


 【頑張ってる?】


 メッセアプリに着信だ。頑張ってますよ、と返信をしてまた仕事に戻る。


 「あはは、ラブラブですね」


 伝達オペのリズ少尉が、僕の手元を覗き込む。僕は慌ててスマホを胸ポケットに戻した。


 「あ、いや、これはその」

 「いいんですよ少しくらい。返信が遅れるとお冠でしょ?」

 「ええまあ」


 僕の仕事はさほど多くはないので、隔日で二、三時間もやれば終わってしまうくらいだ。これは庶務オペの子と同じくらいの頻度なのだけど、伝達オペの子の仕事はもっと少なくて、三日に一度一時間の出勤だけであとは待機。



 なのに、僕がブリッジに行くと何故かみんないる。空席があった試しがない。



 「旦那さまって不思議な方ですよね」

 「え?」

 「あたしの方が年上で先任少尉なのに、何故か敬語が出ちゃうんです。敬語はいらないって言われたのに」

 「そう言われればそうですね」


 結局僕は、ブリッジの中央に座布団を敷いて仕事をしている。隣の座布団は空席のままだけど、僕は毎回二枚並べて敷くことにしている。彼女の隣が、僕の指定席なんだ。


 「みんな旦那さまとお仕事したくて、わざわざシフトずらしてるんですよ。私もですけれど」


 くすくすとリズ少尉は笑う。周りを見ると、みんなもう自分の仕事は終えたのかモニターを消して、こちらを見ていた。


 「いやその、見られると緊張します。あと旦那さまはやめて」

 「本当なら、艦隊司令が産休の時には代理が中央から派遣されるんです。なのに今回はそうせず、入隊したばかりの少尉に指揮権を委ねている。これってすごくイレギュラーで、有り得ない事態なんですよ」

 「やっぱりそうだよね」


 正直な話、あまり特別扱いはして欲しくない。何かあった時が怖い、そんな気がするのだ。杞憂であればいいけれど、この艦隊は地球を守るための艦隊なんだ。何かがあってはいけない。


 「司令はお元気ですか?」


 庶務オペのミリアシュタルト少尉がこっちを向いた。金髪を二本のお下げに結っているのだけれど、その太さが日によって変わる。今一つうまく出来ないのだそうだ。


 「何もしないで家にいるのが苦痛みたいです」


 僕は苦笑交じりに、セフィアの近況を伝える。まだ産休に入って一週間にもならないというのに、彼女はもう退屈を持て余して大変なのだ。職場……というか軍隊に馴れるため、当初僕は仕事がなくても一日ずっと艦にいるつもりのシフトを組んでいたのだけれど、彼女が産休を取ったので必要最低限の出勤だけに変えた。


 それでも離れるのが嫌なようで、ちょくちょくスマホアプリにメッセージを送って来るし、帰るとべったりくっついて離れない。また胸でスマホが震えるので、僕はそっと取り出す。


 【なんでもなーい】


 くっ……


 僕はそっとスマホを胸ポケットに戻して、仕事の続きに戻る。セフィアさんのかまちょが炸裂しているけれど、ここはあえて無視だ。あとちょいで今日の分の処理は終わるのだから、スパートかけないと。


 「そう言えば、新型のアサルトアーマーが何機か来るらしいですけど、旦那さまは聞いてらっしゃいますか?」


 マユルン少尉がそんなことを訊く。当然、僕は知っている。


 「正式採用前のテスト機です。評価試験のデータに疑問点があるとかで、うちのエースに再テストをしてもらうんですよ」

 「数値改竄ですか?」

 「いや、そんな深刻な話じゃなくて。わざと控えめな数字を上げているらしくて」


 普通、数字に下駄を履かせることはあっても逆はない。ならどうして今回はそんなことをしているのか。漠然と理由は考えられる。


 「ははぁ、テスト機と量産機で数値が違うパターンですね」

 「なので今回は、メーカーの量産ラインからも一機、提供させました。比較試験ってやつです」

 「でも、その低い数値が量産機のものなら、別に良いのでは?」

 「テスト機の本当の性能とコストなんかを勘案して、可能なら隊長機の特別仕様として採用したいらしいですよ」


 アサルトアーマー……それは頭頂高約十メートルの人型ロボット兵器だ。その性能は、骨格であるフレーム金属の素材と構造、搭載された核融合炉の出力、それらを制御するシステムで決まる。テスト機と量産機のフレーム構造が同じだとしても、素材が違えば剛性も柔軟性も異なる。融合炉の出力は同じでも、機体の動きそのものが大きく変わってくる可能性が高い。


 「だから技術開発部の人まで引っ張ったんですか?旦那さま、もうそんなところまで見ていらっしゃるんですね」

 「合金の分析については、専門家に任せるのが一番ですからね」


 そう、去年会った技術開発部の人たちに、エリシエさん経由でお出まし願ったのだ。せっかくなのだから、きっちりと解析をしておきたい。


 「ソフトウェアについては、皆さんに解析をお任せしようかと」

 「大船に乗ったつもりで!一ビットの違いも見逃しませんよ」


 どん、と胸を叩くマユルン少尉に、僕は微笑みつつ書類にサインを入れて転送をかける。よし、もうちょい!


 「さすがだなぁ」

 「何がです?」

 「やっぱり司令が見初めた方だなって」

 「おだてないでくださいよ、失敗しますから」


 周囲の視線が集まっているのが判る。判ってしまう。これは決して自意識過剰なのではなく、陰キャとして育ってきたお陰で身についたスキルである。空気を、気配を察して闇に身を隠すためのスキル。まぁ、ブリッジの真ん中にいる今では隠れる場所などどこにもないのだけれど。


 んーっ、んーっ。また胸でスマホが震えている。もうちょっとなんだけどな……


 【歯車に手を挟まれた。ギヤー!】


 ……


 とりあえず、あとちょっとで終わるからソファで待っててと返信を入れる。即座にハートマークの返信が来た。


 「アサルトアーマーの搬入はいつです旦那さま?」

 「来週の木曜です」

 「じゃあ対応は私たちがやっておきますよ、その日は自宅待機ですよね?」

 「ええ、そうですけど」

 「司令をたくさん構ってあげてください」

 「あはは」


 最後の書類を中央に転送し、僕は大きく伸びをした。三時間か、もっと要領よくやらないととは思うけれど、今はとにかくミスによる手戻りを防ぐことを考えよう。端末からログアウトしてモニターを消す。


 「終わりましたか?」


 リズ少尉が自席を立って歩み寄って来る。


 「ええ、なんとか」

 「お疲れ様です、では私たちも上がります。ここ閉めときますからお先にどうぞ」

 「ありがとうございます、それじゃお先に」


 僕は周囲に頭を下げて、自宅リビングに転移した。




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