第一章 奇跡の双子

第1話 初出勤

 四月一日から、いよいよ僕も新社会人。とは言え、もう年が明けてから暇な時はセフィアの手伝いで旗艦級戦艦のブリッジに同行し、僕が受け持つ事になる業務をこなしてきた。主に乗組員からの、中央への報告や依頼のチェックという軽作業だけどね。


 だから、初なのは詰襟の軍服に袖を通してブリッジに向かうことくらいだ。着てみて判ったことだけれど、この服凄い。温度調節は民間仕様より断然効くし、折り目の加工も百年保証だそうだ。さすが宇宙の技術と驚嘆するけれど、百年は着ないでしょ。


 「うん、どこから見てもかっこいい少尉さん!」


 着付けを手伝ってくれたセフィアが、満面の笑みでそう言った。彼女はキツネ座S17番太陽系4番惑星出身の女性で、銀髪にキツネ耳の美少女である。僕が高校二年生だった五月に突然現れて同棲を開始。高三の夏には入籍し、秋に妊娠が発覚。そして先月……というか約二週間ほど前、卒業式の翌日に結婚式と披露宴を行って、完全無欠の夫婦となったお相手だ。


 「うちもお父ちゃんたちみたいに、何かルール作ろうか」

 「ルール?」


 嫌な予感がする。セフィアの思いつきは大抵がろくでもない。表でピシッとしているぶん、ポンコツのしわ寄せが私生活に出てくるのだ。


 義両親は今もなお仲睦まじく、お義父さんのネクタイは毎朝お義母さんが締めるという夫婦のルールを、長年に渡って遵守し続けているのだそうだ。連合系宇宙文化圏には全自動ネクタイという、フルオートで瞬時に装着可能な便利グッズが存在するにも関わらず、だ。


 「でもレイジは基本詰襟軍服で、ネクタイしないのよね」

 「いや、無理にそういうの決めなくても」

 「パンツ穿かせるとか」

 「やめて!」

 「じゃあ靴下?」

 「やだよそういうの。僕が君のブラをつけるとか嫌でしょ?」

 「えっ、つけてくれるの!?」


 しまった、これは地雷だ!方向転換!


 「そうじゃなくてさ。義父母あちらの話は微笑ましいなって思うけど、そっくりそのまま真似するのはどうかと思うんだ」

 「えー、でも古き良き伝統は受け継がれるべきだと思うわ、レイジが選んでくれた下着で一日過ごすのって、なんだかわくわくする!」


 あああ、ここは地雷原だったようだ。微笑ましいとは思うけれど、受け継がれるべきかというと正直どうなのかと思う。


 「無し無し!朝から下着なんて眺めてたら、一日仕事にならないよ!」

 「やーんもう、純情なんだから!」

 「もっとおとなしい方向で!そうだ、ハンカチとかどうよ?」

 「むー?」


 セフィアさんはちとご不満のようだ。しかしここで退くわけにはいかない。


 「ハンカチなら、勤務中に手にしても不自然じゃないし」

 「なるほど」

 「毎日変えれば清潔だよ」

 「うん……あれちょっと待って?レイジ、まさかハンカチずっと同じの使ってるの?」

 「あっ」


 しまった、これは藪蛇だったか!?


 「いや、さすがにずっと同じじゃないよ?一週間くらいで変えてるよ?」

 「やーだ!何それ信じられない!二年同棲して初めて知る事実!」

 「えっ?ほら、ハンカチってほとんど使わないから平気かなって」

 「駄目!使わなくても毎日変えるの!」

 「そうなの?」

 「そうなのじゃないわよ!あたしのハンカチに毎回アイロンかけてたのあなたじゃない!?なんで気づかないの!?」

 「いや、いっぱい持ってるんだな、いっぱい使ってるんだな、くらいしか」


 セフィアが初めて鮒寿司を食べた時みたいな顔をしている。納豆はOKだったけれど、くさやと鮒寿司の持ち込みは禁止になった我が家です。


 「あーやだやだ信じられない!レイジ不潔!同じの何枚も持ってるんじゃなくて、物理的に一枚だったのね!?」

 「いやだってほら、使わないから!ポッケにずっといれっぱだし!」

 「いれっぱだからダメなのよ!」


 ひいい、今まで見たことないくらいに怒ってる。ハンカチなんて、使ったら交換するくらいの意識しかなかったよ僕。使わないならそのままストックで、というのはどうも非常識らしい。


 「どうりで洗濯の時に見ないと思った!あたしレイジが自分で隠れて洗ってるのだとばっかり思ってた!きちゃないよ!もう駄目、今日からレイジのハンカチはあたしが管理します!!拒否は認めませんからね!?もうやだ信じられない、こんなことお母ちゃんやお姉ちゃんに知られたら大変!レイジ株大暴落だよ!宇宙恐慌だよ!」


 ううう、なんかものすごい剣幕で怒られた上に、ルールまでもが確定してしまったようだ。お義父さんのネクタイのきっかけはなんだったんでしょう?まさかこういう感じではないよなぁ。


 しかしまあ、うまいこと下着から関心を逸らすことには成功した。セフィアの深く重い愛は、どんな所にその執着が向くのかが予測不可能だから困る。


 「全くもう、手のかかる人ね」

 「相済みません」

 「いいこと?こういうとこ見せるのは、あたしだけにしてね?他の女に見せたら駄目よ、レイジのお世話を焼くのはあたしの特権なんだから」

 「はい」

 「でも誰も知らないレイジの一面をまたひとつ知ったのね。んふふ、いつまでもあたしだけのあなたでいてね」

 「それはもちろん」


 ああなんとかご機嫌も戻ってきた。僕は内心、ほっと胸を撫で下ろす。


 「そうそう、今日は旗艦の朝礼で軽く紹介するから、挨拶して」

 「まぁみんなもう顔見知りだから、緊張せずに挨拶できる」

 「浮気は許しませんよ」

 「しませんったら」

 「だってだって、βは女の子だけの艦隊だもの。可愛い子揃いだもの。やっぱり心配になっちゃうよ」


 前作を読んでいない方に説明すると、僕が配属される迎撃艦隊βは指揮官から下士官まで全ての構成員がキツネ座S17番太陽系4番惑星出身の女性で構成されている宇宙艦隊なのです!なのでクルーは全員、キツネ耳のついた美少女・美女たちなのですよ!


 ちなみに迎撃艦隊αは男女混成、迎撃艦隊γは男性のみという編成になっています。これは防衛対象惑星の風土、文化などを考慮してより好感を得やすい構成の部隊を向かわせるための措置だとか。本当かどうかは知りません。



 そしてこの僕、長戸零士……連合名レイジ・メルテリアラウス・ミカサ・ナガトはそんな迎撃艦隊βの指揮官である妻のセフィアリシス・メルテリアラウス・コムスククレス・マハリマ・ラ・ナガトと共に、これから初出勤です。



 ちなみにセフィアの現階級は准将。僕は少尉として現地徴用。迎撃艦隊β史上初の、男性クルーです。


 「もうちょいでお産の奥さんがいて、浮気なんか考える余裕ないですけどね」

 「妊娠してなかったら浮気するの?」

 「違う違う。これから先がバラ色だってのに、余所なんか見てる場合じゃないだろって話だよ」

 「きゃーん!」


 大喜びのセフィアさん。出産予定は六月中旬って話だけど、双子は早産しやすいとも聞く。あと二、三か月で二児の父だ。色々な検査で双子は男女と判っている。とにかく元気で産まれて来て欲しい。


 「今日はこの白無地のハンカチね」


 箪笥の引き出しから白いハンカチを取り出して僕に見せつけ、そっとスラックスの右ポケットに入れるセフィア。うんうん、と何か納得してご満悦の様子だ。


 「今日は朝礼があるから一緒に行くけど、明日からはシフトで動くからね」

 「了解です准将殿」

 「でもなんで?レイジもほぼ待機任務だから、丸一日ブリッジに詰めてなくていいのに。しばらくフルタイム出勤で申請出してるよね?」

 「早く慣れたいし、時間が空いたらいろんな部署を見て回りたいんだ」

 「仕事熱心で非常によろしい!」


 口でそう言いつつも、そっと僕の胸に頬を寄せるセフィア。


 「あんまり最初から気合い入れすぎて、パンクしたらイヤよ?」

 「気を付けるよ」

 「浮気したら許さないからね?」

 「しないよ」


 そう。彼女は仕事の出来る超絶美少女で、欠点などほぼ見当たらない完璧超人なのだけど、とにかく嫉妬深い。お相手が諸星あたるクラスのレジェンドならともかく、見た目も中身も完全なる陰キャの僕に対しても、過剰に思えるほど絶大な嫉妬心を見せるのだ。


 正直な話、異性と付き合うこと自体初めてな僕だから、他の女性がどうなのかといった比較ができないのでなんとも言えないのだけど、やっぱり世の彼女さんとか奥さんは、彼氏なり夫なりが他所の女性と親しげに話すのを許せないものなんでしょうか?そして、その焼きもちを『可愛い』と思っているのは間違っているんでしょうか?


 セフィアのお腹が大きくなり、彼女が以前のような軽快な動きを失ってからは夜の夫婦生活も自粛を強いられ、僕はいいけれど彼女はかなり欲求不満であるらしい。それもまた、嫉妬心に拍車をかけているのではないかと愚考する次第である。


 「僕を信頼してくれていいよ」

 「うん、信じる」


 その信頼が割と長続きしないんだよなぁ。ずっと陰キャとして過ごしてきた僕に、浮気をするような甲斐性があるはずもないのに。



 こうして僕とセフィアの物語は、新章を迎えるのだった。





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