第五章 Chocolateディス子

第53話 5-1_前回までのアップルペイン「ボーロだ!」



「どすこい!」

 桃色帽子の巨体が、林檎Bの眼前を右から左へ吹き飛んでいく。冥宮と化した裏路地の壁にめりこんで、止まる。

 遅れて林檎Bの真っ赤なマフラーも右から左へたなびいた。

「近づくんじゃない」

 今度は正面から桃色帽子Bが飛んできて、林檎Bをかすめていく。剪紙冥宮フリルで雁字搦めにされたその男は、蜘蛛の餌みたいに虚空へ固定された。

 林檎Bのマフラーが後ろへたなびく。

 同じ調子で、古代力士と冥宮師は色つき男たちを次々に倒していった。

 狩りが終わると林檎Bは手を叩いて教えてやる。

「はい集合~。えらいね~」

「もう終わりかよ~」

「犬みたいに呼びつけるな」

「ミーティングすんだから早く。ボーロあげるから」

「ボーロだ!」

「ボーロ」

 遊び足りない二人はたいてい文句をいう。それでもおやつを出すと素直に従うのだった。

「わあ。ピラニアみたい」

 手ずからボーロを食べさせてあげながら、林檎Bは宣言する。

「では授業を始めます」


 一番初め――屋上事件の時点で林檎Bの出した契約条件は次のようなものだ。

 〈願いを叶える匣〉がある。

 願いを叶えるためには、人の欲望――摩訶=曼珠沙華を集める必要があった。

 丿口へちこうカナン四方宮しほうみや継禰つぐねはそれを狩る手伝いをする。

 〈ディスコの冥宮〉のなかで闘い、相手を倒す。願望成就に関しては辞退する。辞退の方法はヘチ子たちならではのもので、剪紙冥宮フリルを使って冥宮を出て行けばいい。それで「途中下車」できる。

 引き換えとして林檎Bからは、願望成就のあかつきに、匣を譲渡する約束になっている。

 願いを叶える匣の存在は誰にも秘密である。

 なお、契約に必要な情報はお互い出し惜しみしないこととする。

 といった内容。


 つぐねは単純な少年である。あっさり了諾してこういった。

「要するにチンピラをシバけばいいんだよな。冥宮の中でならこないだみたいな騒ぎになることもないしな」

 カピバラ事件のことである。

 動物園で盗まれた匣を追って大立ち回りを演じた。そのさい林檎Bは二人の契約相手に借りを作ることになったのだった。

 「カピバラ事件」では、つぐねがやむなくデパート前の柱を破壊することとなった。それも説教だけで済んだらしい。正確には、この華奢な少女(少年)が張り手でポールを曲げたとは誰も信じなかった。

「修理代とか請求されたら母ちゃんにぶっとばされるところだった」とつぐねは笑った。「まあ老朽化もしてたし、台風とかでぶち折れて通行人怪我さすよりよかったんじゃねえの?」

 それから彼はこうも請け負った。

「とりあえず久我ちゃんには、ただのケンカだと思われてる」

 お目付役である久我に、匣の存在が知られれば本家の花咽家が出てくることになる。三人ともそれは避けたいと考えていた。

「あんなやつ放っておけばいい」

 ヘチ子はいつもどおりの美しい顔でいった。彼女は久我に対しては厳しい。学校でも揉めていたし仲が悪いのだろうと林檎Bは考えている。

 このような事情があったのでは、本来ならしばらく大人しくしているべきだった。

 しかし摩訶=曼珠沙華を集めるのは契約の内である。〈本家〉にはバレないよう、ヘチ子が冥宮師の技術で証拠を隠滅していた。

 獲物には色色カラーズのような若者たちを選んだ。彼らのような単純な欲望の方が好都合なのだと林檎Bは説明した。

 摩訶=曼珠沙華――マゲを刈らせた後、林檎Bは二人へ匣のレッスンを施す。この授業に関して表面上、林檎Bはなかなか積極的に見えた。前回の事件で思うところがあった、というのは事実ではあった。

 しばらくそういう日々が続いていた。要するに彼女たちは契約を実行している。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る