第54話 5-2_匣のチュートリアル「誓います」
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そのような訳で三人、街で軽犯罪を働く若者を見つけ、欲望の光輪を狩る毎日だった。
「どすこい! 四方宮流、あばばば――〈
古代力士は不思議な衝撃伝播技術で次々に獲物を倒していく。
右に左に飛んで行く獲物たちを目で追いながら、林檎Bも契約に従って自分が発見してきた匣の特性を伝授した。
「戦いは摩訶=曼珠沙華――以降〈マゲ〉でよろしく。あんた達憶えないから――マゲを捧げることが目的だから、相手をたたきのめす必要はなくて、頭の上の
「どすこい」
また掛け声があって、色つき男がネズミ花火のように地べたを転がっていく。
決まり手――。
四方宮流〈
「戦いはマゲを守り切った最後の一人になるまで終わらない。冥宮から出られないってこと。でも、こっちには冥宮師がいる。出入り口をつくれば、あんたたち二人には『途中参加』と『棄権』が可能になる。つまりあんた達が敵を倒して、成果だけは私に譲る事ができる。まああんた達がその気になれば争奪戦に参加することもできるけどね」
「桃ッ! エイや!」
決まり手――。
四方宮流〈
四方宮流〈
「――バトルロイヤル。マゲを取れば終わり。それだけが闘いのルール。目突きも噛みつきも咎められない。というか、あんた達が聞いたっていうディス子の話が真実なら、ディス子は勝負の内容に介入しない。それは食事に過ぎないから。自分でマゲを狩る能力がないから獲物を閉じこめて、争わせて、マゲを加工させる。私たちはディス子のためのエサでもあり胃石とか消化酵素みたいなものなのかもしれない。まあどうでもいい」
「どっせい! 桃ッ! アババ! どっせい! 桃ッ! アバババどっせい――」
決まり手――。
〈つぐね式クソハメ技セットプレイ〉
さらに林檎Bはこうも教えた。
「マゲは
ディス子の冥宮に閉じこめられた男たちは、願いの顕現である摩訶=曼珠沙華を頭上に輝かせ、異形と化す。その際、己の欲望を宣言するのが常だった。
「四一七万円ほしい」「虫歯がつらい」「痩せたらモテる」「ビキニ」「職場燃えろ」「マッスル」「SEX」「裸で街に出てみたい。そうでしょ?」
彼らの『願い』はこうしたものばかりだ。というより林檎Bはそうしたタイプの者を選んで標的にしている。
「きっしょ」
便所の落書きみたいな欲望の宣言にヘチ子はおかんむりだ。
「働け」「医者へ行け」「知るか」「その手つきをやめろ」「休め」「運動しろ」「二度というな」「こわい」
罵倒とともに
作品名――。
〈水母蝕〉〈火様ケツァルコアトル〉〈猫目のフレア〉〈宮円千鳥〉〈カピバラオクタゴン〉〈カピバラ十二宮〉〈カピバラピラミッド〉〈立方カピバラ固め〉
カピバラ多いな。と思いつつ林檎Bは続ける。
「願いを叶えるためにはマゲをたくさん狩らなきゃならない。何個という決まりはないみたい。食事っていうなら、ディス子の腹具合によるのかな。たぶん十分な栄養を与えた時、願いが叶うってことなんでしょう。
なので、逆にいうと一回の戦いで願いを叶えることもあるってこと。要するにディス子が『満腹』になった時に生き残っていた者の願いが叶う。だから、ディス子が満腹になったところで、誰かが私のマゲを奪えば、その人は一回で願いを叶えられる事になる。そういうバトルロイヤル」
ヘチ子は、倒した男のおでこを思い切り叩いてとどめを刺している。よほど下ネタが嫌いらしい。
息の合った二人があまりに手早く敵を片付けていく上、つどつど頭を叩くので、戦いはリズミカルな奇祭のようだ。
太鼓のリズムと、沈香の匂い。こぼれ落ちるチョコレート。舞い散る花のような切紙。
「ボーロの時間だぞー」
一段落つくと餌付けの時間がはじまる。ボーロをあげるときもあれば『ライディーン』へ食べに行くこともあった。
「マゲ出ねえんだけど」
髪を頭の上で結ったつぐねが、ちゃんこのスープを啜る。ヘチ子はまた彼の手皿へ嫌いな鶏皮を押しつけているところだった。
二人の頭上に摩訶=曼珠沙華の光輪が現れたことはない。
「あの空間では普通、理性を失うくらい欲望が高められるけど、あんた達は冥宮に慣れてる上、意志の力が強いし、そもそもマゲを狩るつもりもない。だから匣はあんた達を参加者としてみなさない。マゲが顕れないのはそのためだよ」
林檎Bは豆腐の一切れを小鳥にやるように小さく崩しては、ゆっくり口へ運んでいる。飲んでいるのは白湯だ。
「林檎もマゲ出てないときあるだろ」
「意志の力や訓練で願いは抑えられる。そうすればディス子が反応することもなくて、光輪も顕れない。まあ、慣れね」
慣れ。どれくらい続けているのだろう。と幼なじみの二人は顔を見合わせている。
林檎Bは説明を進める。次は願いを叶えるタイミングについて教えた。
「願いを叶えるタイミングは先延ばしできる。私はね。本来は『満腹』になった時点で勝手に願いが叶うけど、その時、その場に勝ち残ったマゲがなければキャンセルされる。つまり、今いった『慣れた』やり方でマゲの気配を消せばいい。もしくはヘチ子の〈扉〉で冥宮から出て行ってしまえば、願望成就のタイミングを先送りできる」
「うん」
ヘチ子は林檎Bの目を見てうなずいている。
林檎Bは続けた。
「これは経験から来る私の推測だけど、ディス子にとって『マゲが失われること』が食事であるように『願いを叶えること』も何か、彼女にとっての生理現象の一つなんだと思う。必要なことだから『待て』ができる。『不発』にはしたくないわけ。まあ、でも多分限界はある。生理現象だとするならね。でもある程度は、満腹にしたあとも猶予はあるということ」
「『満腹』ねえ。いつになるんだろ」
そういうとつぐねは、シメのうどんを注文した。
片食兄妹がやって来て、サービスに琵琶の実をくれた。
外に出ると寒かった。
体温の高いつぐねがゴジラの真似をして真っ白な息を吐いている。
「うー寒、寒。ヘチ子はいいよな。
「悪いな。こいつの効果は私専用なんだ」
ヘチ子は制服の下にレースのような切紙を纏っている。その不思議な技術で、寒風の侵入および体温の流出を防いでいるらしい。
林檎Bは普段から冷暖房を使わないので何も感じなかった。
二人は背中に手を突っこんだりしてじゃれている。恋人や兄妹とも違う、なんだか野生動物のコミューンみたいだと林檎Bは思う。
彼女はさきほど自分がした説明を思い出しつつ、もう一度ヘチ子を見た。あの時、林檎Bが持たせた含みを、彼女も理解している様子だった。
『勝者は願望成就のタイミングを選択できる』
実はカピバラ事件の直後、ヘチ子から契約条件の追加を宣告されていた。
内容は「願いを叶える時には、自分を同席させること」だった。
なぜその条件なのか、ヘチ子は語らなかった。
「分かった」とその時林檎Bは承諾した。「匣を使うときにはちゃんと連絡する」
「誓えるか」
「相撲の神に誓いますわよ」
「それでいい。相撲の話を出すとき本気なのは分かって来た。でももう一つ、一二〇%の確信がほしい。自分自身の願いに誓ってほしい。内容は聞かない。お前が自分を
「――誓う。OK誓います」
「少しためらった。だからこそ信用できると思う」
ヘチ子はそういって納得したようだった。
確かに願いに誓った。
しかしできれば、自分の願いが叶うとき、そこに二人を立ち入らせたくはない、というのが本音だった。特に、こんなに親しくなってしまった今では。
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