第26話 3-7_林檎ゴリラのパン屋さんになる「パンパンパン」



「へいらっしゃい。パン、パン、パン。パン屋さんだよ。ゴリラのパン屋さん、まったく怪しくない本物のゴリラのパン屋さん。ゴリラのパン屋さんでござい」

 などと。

 ゴリラが自分の腕を囓っている狂気的な看板。同じくワッペンのついた帽子。やはり同じイラスト入りのシャツ。ジャンパー。エプロン。という出で立ちで中庭に販売車を駐めた。

 両手をパンパン叩くと、授業中にもかかわらず、どんどん客が来る。

 どうやら学期末テストを控え、自習になった教科があるらしい。

 それでゴリラのパン屋さんへ買いに行くのが許されるというのも驚きだが、サライソ学苑は自由な校風が売りなのだ。

 林檎Bにとっては都合がいい。

 オマケのパンで釣ったり、実はここのOBで、などと出まかせの話題で情報収集に努めた。

 ヘチ子とつぐねはやはり目立つ存在らしく、ほぼ全員から何らかの情報が得られた。

 以下はその要約である。


つぐね編。


 泥棒猫。死ね。(高等部女子)

 メスブタ。(物理教師)

 つっきー先生を返せ。(中等部女子)

 ずっとなんか食ってる。(隣のクラスの男子)

 僕は普通に友達ですね。僕は。(ゲーム友達)

 ただの変態。(中等部男子)

 ジョジョの28巻返せ。(中等部男子)

 優しいと思う。(中等部女子)

 絡まれてると助けてくれた。(中等部男子)

 俺の前でヤツの話をするんじゃねえ。(キズを負った格闘家)

 修学旅行で個室に入れられてた。(同級生男子)

 丿口へちこうと二人揃うと特に頭おかしい。(体育教師)

 まともな制服着ろ。(中等部男子)

 カラオケ行くと絶対ラーメンマンのうた歌う。(同級生男子)

 力士の面汚し。(元相撲部)

 ぜってー殺す。(ハートマークのついた不良)

 ありのままを受け入れる覚悟はできている。(ダイヤマークの不良)

 ニャーン。(猫)


ヘチ子編。


 綺麗だけど怖い。(隣のクラスの女子)

 いうほどモテてない。(同級生女子)

 孤児? 今の家は養子かなんからしい。(元クラスメイト女子)

 引き取ったのは切紙作家らしい。(同級生C)

 調理実習に青いトマト持ってくるような女。(同級生男子)

 いい匂いする。(高等部女子)

 あいつんち元部落。(中等部男子)

 ブラコン。(高等部女子)

 踏んでほしい。(高等部男子)

 平坦な胸は好みじゃないな。(高等部男子B)

 ドMの教師につきまとわれてボコボコにした。(元クラスメイト女子)

 ロリコンのドMにもつきまとわれてた。(元クラスメイト女子B)

 ドMでロリコンの宗教関係者にもつきまとわれてた。(元クラスメイト女子C)

 神が創った唯一の成功作。(自称警備員)

 ブロマイド欲しかったらここにメールください。千円から。(写真部女子)

 あの方と私は前世で姉妹だったんですよ。(中等部女子)

 ニャーン。(猫)


 大体において、つぐねには女子からの批判が。ヘチ子には特殊なタイプの信者と、面白半分の噂話がつきまとっていた。

 信憑性の程は微妙なところだろう。ヘチ子に血縁がいないという噂だけが、林檎Bの気になった。

 義理の弟にあたる丿口へちこうかおるくんの情報も入ってきた。

 隣の河尻第三小学校に通う十歳の男の子。多少病気がちだが、義姉と違って社交的で、こちらの学苑にもよく顔を出して可愛がられている。同じクラスの桐生院ジュリアちゃんからは、性的な意味で狙われている。父親は居ないそうだ。

 ヘチ子の義母に当たる人は、林檎B朝に調べた通り、切紙作家の丿口へちこうカナンで間違いない。

 家に居着かない人のようだが、どうしてそんな家に引き取られることになったのだろう。義弟を可愛がっているらしいが、どういう感情で執着しているのだろか。

 色々な疑問が湧いたが、拘ってはいけない。林檎Bは自分を戒めた。自分はあの二人を攻略するために調査しているのだ、同情するためではない。


 最後に、休憩時間を過ぎるまで長居した女子たちから、こんな話を聞いた。

 その子たちは、始めから終わりまで笑い通しで、でもそれは陽気というよりは単なる習慣かファッションのようにも見えた。

 少女らは、もうお馴染みになった二人の噂話しを披露したのち、とどめの一撃といった感じで「あいつの親自殺したらしいよ」といってのけたのだった。

 今の家の話ではない。ヘチ子の産みの親のことらしい。

 さすがに場の空気が覚めたのを察したのか、それとも単にそれ以上は知らないのか、女の子は説明を打ち切って「もっとエグい噂知りたかったら裏サイト教えてあげるっすよ」といった。

 彼女によると、それはサイトとはいうものの、実際は身内だけが閲覧できるSNS上の集まりで、申請してくれれば閲覧できるようにしてあげる、というのである。

 どうやら本人は面白情報のつもりで話している様子なのだった。

「そこの噂によると、マジのマジらしいよ。そんでこれは想像だけど、死んだ親ってあいつのせいで――あれ?」

 林檎Bが帽子とエプロンを放り捨てて、その場から去る、その子は心底驚いた声を上げた。

「え? 車は? どしたん? え?」

 などと。よほど戸惑ったのか、販売車をさわって宣伝テープを再生させてしまいさらに慌てるなどしている。

「パン、パン、パン。焼きたて、もぎたて、ゴリラパン。パン、パン、パン」という大音量を背後に、林檎Bは自分の頬をグーで殴りながらその場を遠ざかって行った。

「どうかしてたわ~。噂に頼ろうとするなんて。やっぱり情報は自分で見聞きしたものじゃないとね」

 その後、林檎Bは偶然、馨くんを発見した。

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