第27話 3-8_久我ちゃんが来る「ビンタが完全に入った」
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チャイムが鳴った。昼休みだ。
校庭を横切ろうとしたところで、林檎Bは自分が帽子を捨ててしまった事に気づいた。ここは校舎の窓から丸見えである。黒縁眼鏡に髪を下ろしているし、一目素顔に気づかれたりはしないだろうけれど。
用心して桜の木の影へ入ったあたりで、校舎から飛び出してくるヘチ子に気づいた。
多分上靴のまま、生徒たちの間を縫って走り、生け垣を跳び越え、桜の木を通りすぎ、土埃を立て校庭を突っ切って行く。
どうやら林檎Bに気づいたわけではないようだ。
校庭の向こうにランドセルを背負った男の子がいた。スーツ姿の男と一緒に歩いている。
ヘチ子は男の子の前にスライディングで止まると、おでこの温度を測ったり、髪をなで上げたり、背中に腕を突っこんだりしている。
そこでどうやら男が何かいった。言葉は林檎Bのところまでは届かない。しかし、ポケットに手を突っこんだ姿勢といい、顎を上げ斜めに見下す態度といい居丈高な感じだった。
前後の状況から察するに、なんだか、熱でも出して早退する男の子のことで嫌味でも聞かせている、といった気配である。
つまり、あの子が
林檎Bが納得した時、パン、という威勢のいい音が皇帝に響いた。もちろんパン屋さんではない、ヘチ子が男へジャンピングビンタを叩きこんだ音だ。
「ビンタが完全に入った!」
林檎Bが思わず叫んだ時、後ろで知ってる声がした。林檎Bは素早く顔を隠す。振り返らなくても分かる。つぐねの声だった。
「まーたビンタされてるよ。久我ちゃんも反省しねぇな~」
つぐねは後ろから自然な様子で声を掛けてきて、
「なあなあ。このへんゴリラの屋さん来てるよね? 聞こえるよねこれ、パンパンパン」
という。林檎Bはとっさに背を向けたままで、パン屋の方を指さし、
「ニャーン」
などといってしまう。
つぐねは、空腹でおかしくなっているのだろうか、それとも他人に興味が無いのか、
「何だ猫か。パン屋あっちね」
と鵜呑みにし、焼きたてもぎたて、などと歌いながら去って行った。
「あぶなかった……」
まだヘチ子が戻ってくるかもしれない。とにかくその場を離れることにして、林檎Bは最後に横目で確認して『久我ちゃん』の姿を記憶に焼きつけた。
顔形が見さだめられなくとも、基本動作の癖や立ち方のタイプから人を見分けられる。彼女の特技のひとつである。
ところで、ヘチ子と久我ちゃんはビンタがあったからといって、つかみ合いになる事もなく、そのまま別れた。
久我ちゃんはヘチ子とかなり関わりの深い人物なのかもしれないなと林檎Bは考えた。
「だとしたら、あいつの生い立ちも知ってるのかな」
先ほどの下らない噂が、棘のように引っかかっている。林檎Bは深く考えることをやめた。
というわけで、林檎Bは噂に頼ることをやめ、直接二人を尾行することにした。隠しておいたオイランの制服に着替える。
その結果、ビルの外壁で寒さに震えることになるのだが。
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