第25話 3-6_衣装調達「ゴリラのパン屋さん」



 授業の時間帯に制服でうろつくのは賢い行いではない。別のコスチュームを調達する必要があった。

 セールスマン。用務員。食堂の調理師。教材業者。小売業者。医療関係者。部活関係者。

 出入りする業者は意外と多い。特にこの学苑のように古風な設備と慣習を引き摺っている場所ならなおさらだ。そ

 そこで林檎Bは移動式のパン屋さんに目をつけた。


「ぬれてにあわ、ぬれてにあわ」

 というのはパン屋のお姉さんの声。

 その教室は、体育の授業で無人になっていた。机の上には着替えや持ち物類が乗せられている。

 忍びこんだお姉さんは、男子生徒のズボンをわしゃわしゃしたり、財布を盗んだりしている。そのあまりにも隙だらけの背後へ林檎B自慢のスタンガンが火を噴いた。

『ゴリラのパン屋さん』

 ポーズをとったゴリラの、その力コブのところが囓りとられていて、筋肉の断面から餡子がはみ出している。ウィンクしたゴリラ君のホッペタには餡子のカスが付着していて、彼が自食行為をしたことが分かる。という若干狂気的なイラスト広告がエプロンにプリントされている。

 林檎Bはこの仕事着に着替え、お姉さんをどこに隠そうか考えた。まさにその時「危ない!」気配を感じ、お姉さんを教卓の下へ押しこんだ。同時に自分も身を隠す。

 誰かが教室に戻ってきたのだ。

「ファーック」

 林檎Bは声に出さずに罵倒する。

 戻って来た足音の主は、最も見つかりたくない人物の片割れ、四方宮継禰本人だった。そういえばこの教室は彼の所属するクラスだったのである。

 林檎Bが潜む教員用の机の下は、プリントの詰まったダンボールや空の水槽みたいな物が置かれていて狭い。椅子を盾にして何とか隠れてはいるものの、近寄って見られてしまえば、それまでである。

 おまけに滑りこんだ拍子で、誰かが落としていたらしいコンパスが林檎Bの太ももに刺さってしまった。ファック。しかし声を上げるわけにもいかない。

「おいおい忘れもんだよ」

 独り言をいいながら、つぐねの足音は近づいてくる。彼の席は近くにあるらしい。

「食いもん忘れちった」

 授業に食べ物が必要か? と思ったけれどそんな場合ではない。

 教卓へ隠したお姉さんの足が、折りたたんだ状態から崩れて、彼女の足が影からちょっぴり見えてしまっている。ファック。

 ぐーぐーいうのはつぐねの腹の音。

「はらへったな~」

 声はすぐ側まで迫っている。

「何かないか、何か……」

 打開策を探る林檎Bが、その時何かに気づいた。

 奪った『ゴリラのパン屋さん』のエプロンの中から、一口サイズのチョココロネがいくつも出てきた。試供品といった感じのビニール袋に入っている。これだ。

 林檎Bは無理な姿勢から、しかし見事なコントロールでチョココロネを投擲した。机や椅子の脚のあいだを抜けて廊下側の壁に当たる。

「なんだあ?」

 音につぐねが気づいた。足音が遠ざかっていく。

「なんだこれ? 誰かの机から落ちたのか? コロネじゃん……うまい! うんめえ……何これうめえ」

 まさかとは期待したが本当に食べた。 

 つぐねが背を向けた隙に、林檎Bはゴリラのフォームで第二第三のコロネを次々投擲した。

「え? こっちにも? なんで? おかしくねえ? 夢じゃねえよな? でもうめえ! なんだこれ……異常にうめえ……」

 まさかとは思ったが、これでも疑わずに食べた。

 コロネをつぐ次に拾っているらしい。つぐねの声は遠ざかっていく。

 こうしてつぐねが夢中になっているうちに、林檎Bはお姉さんをゴリゴリ引き摺って、脱出したのである。お姉さんは階段の下に隠した。

「よかった……あいつが馬鹿でよかった」

 とにかくミッションは成功した。『ゴリラのパン屋さん』と制服姿を使い分ければ、校内のほとんどの場所が探索可能になるという寸法である。

 例えば、ヘチ子の弟だという少年を探しに小学校の方へいっても目立ちはしないだろう。名字で探せば簡単に見つかるはずだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る