第23話 3-4_潜入サライソ学苑「邪魔するから~」
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「危ない! せあっ」
侵入まもなくヘチ子の姿を見つけた。林檎Bはすばやく転がって下駄箱の影へ隠れる。
ヘチ子は上履きにはき代えたところで、生活指導の女性教員につかまっていた。
変装中の林檎Bはじりじりと移動、掲示板を読むふりをして、様子をうかがった。
「
「香水ではなく家で使う紙の匂いです。爪は医療的措置のひとつです」
「聞いたことありませんよそんな医療行為」
「体質的に必要なので」
ヘチ子はあくまで淡々と答える。明らかに教師の方に分があるように林檎Bからも思えた。
教師は溜息をついて、
「これも何回もいってますけどね……仮にそうだったとして親御さんに証明の書面を提出してもらわなくてはならないのです」
「養母は忙しいので」
「では食事は? ちゃんと食べてますか。女の子はもっとお尻にお肉を――」
「最近ちゃんこを」
「はあ?」
「いえ、近所に付き合いの深い家があるので食事はそこで」
「ああ、あの四方宮さんの……」
「はい」
「とにかく、匂いのついた紙だけでも没収しなくてはなりません」
「はあ。それで大丈夫なら」
ヘチ子は一見素直に従った。
一束、二束と、しっとり重い紙束を手品のように取り出す。差し出した教師の両手に、香り高い重さが際限なく重なっていく。
「待って。待って。ストーップ!」
前が見えなくなるほどの高さまで積まれたところで、教師は悲鳴を上げた。
「重い! 腕……あ、腰。腰から変な音が! 壊れる!」
「では、放課後返してもらいにうかがいますね」
「待って! 返す、今返すから人を呼んで――あら?」
返すといった瞬間、紙の束が香りだけを残して消えている。それどころか腰の痛みもなくなったらしい。
紙束を渡した際、ヘチ子が教師の腰へ触れたのを林檎Bは見ていた。痛みと破壊の音は
「では、先生授業があるので――お大事に」
ヘチ子は頭を下げて去って行く。
教師の方も不思議そうに腰をさすりつつきびすを返して、
「いい子なのでは?」
などと呟いている。
すべてを見ていた林檎B逆のことを呟く。
「悪い子なのでは?」
すぐ後に、つぐねの方も発見した。
「君が忘れられないんだあ!」
その悲痛な叫び声で林檎Bは彼らを発見したのだが、ちょうど複数の青年が、なんだか回転寿司みたいに、入れ替わり立ち替わり、つぐねへ詰め寄っている所だった。言葉や格好を見るに、元教員か実習生、保護者の類いが集まっているらしい。
「好きだ! 君のために学校での地位を捨てたのに!」
「仕事も手に着かないし僕にはもうきみしかいないんだ!」
「俺は普通の大人だったのに!」
「はい、はい、はい。がんばれ。ノコったーノコったー」
迫ってくる大人達を、つぐねはおざなりな相撲技で転がしていく。
「あのさあ。頼むからちゃんと大人をやってくれよなぁー」
すると男たちは、
「モラルなんて、知った事か」
「何でも買ってあげるから」
「こいつらより俺の方が金を持っている」
等といいながら順に起き上がって、また挑みかかっていく。そんなローテーション形式がしばらく続いた。
次は彼らの身内らしい、OL、大学生、主婦などが駆けつけてきた。
彼女ら地はやはりつぐねへ「人の男を」「この変態」「金目当てなんでしょ」などと食ってかかるのだが、当の本人はヘラヘラ笑いつつ「違うよ、おれが落としたんじゃないよ、この人たちが勝手に落ちただけ」などという。
当然女性たちは激怒して、
「この泥棒猫ッ!」
ローテーション形式でビンタを入れ始めるし、周囲では、振られた成人男性たちが突っ伏して嗚咽号泣している。地獄のような様相。
「うーん。悪い子」
人が集まって来ては面倒だ。林檎Bはその場を離れた。元学校関係者もいるようだし、内々で処理されて事件にはならないだろう。
方や、現実離れした幽玄の少女。
方や、野良とはいえ国の宝、力士。
そういった要素に目が眩んでいたが、人間的には大したヤツらではないのかもしれないなと林檎Bは考えた。むしろ、もっと俗物として想定するくらいが丁度善いのかもしれない。
「しかしひでーヤツらだ」
呟きながら始業前の校内を探索していたところ、今度は林檎B自身が中年の教師に見咎められた。林檎Bは表面上笑顔で応じた。
「ちょっとキミ。見かけない生徒だけど」
「あ。はーい」
「所属、いえる? 何年何組?」
「あ。はーい」
「『あ。はーい』じゃなくて。えーとね、今ね、向こうでちょっと騒ぎとかあってね」
「あ。はーい」
「それで一応、新しい教頭先生とかが神経質になってるから。そういうアレでね。生徒手帳だけ確認させて」
「持ち歩かないですよ~生徒手帳なんて~。やだな~生徒の顔を忘れるなんて~傷つくな~」
「『あ。はーい』じゃないんだ、そこは。じゃあね学年と組は?」
「十七歳、射手座です」
「学年と組は?」
「高等部の二年A組です! いや、Bだったかも。英語の成績悪いもんで」
「アルファベットのレベルで苦手なの? まあでもなるほど。よくわかりました」
「あ。はーい。それじゃ失礼しまーす」
「待って。うちの学校はね『いろは』表記なんだよね。組み分け。キミうちの学校の子じゃないね?」
「おう……」
「あと上履きも君のじゃないよね?」
上履きはオイランのものではない。下駄箱で適当に拝借したものだった。
「黒の真っ直ぐなラインはいってるでしょ? それ男子用。女子のは三つ編み模様だから」
「おう……」
詰みである。
だが、林檎Bはこれしきで諦める少女ではないし、こういうときの対応にも慣れていた。有り体にいうと林檎Bは罪悪感ゼロで嘘をつける怪物でもあった。
「ちょっと人を呼ばせてもらうね。あと持ち物チェックもさせてもらって……」
「ステイ」
「ステイ? 帰国子女の方?」
「イエス」
意味のないタイプの嘘である。彼女は続けて「先生を誠実な方と信じて白状します」
「はあ」
「実は……学苑長先生と二人だけでお話がしたくて忍びこんだのです」
「学苑長? いや、普通にだめだよ? どうして?」
「実は、母がここの学苑長先生と、その……どうやら大人の関係といいますか。そういう感じのメールのやり取りをしているのに気づいてしまって……。あ。ここにコピーがあるわけですけども」
林檎Bは携帯端末を意味ありげにちらつかせる。
「えッ? ちょと確認させてください」
「嫌ッあんな卑猥なやり取りッ。ここでは開けません! それに画像もッ。学苑長先生があんた紐パンを……嫌ぁッ!」
「大きな声出さないで! 落ち着いて。まず落ち着こう。くっそ何で俺が……」
「ここで合ったが何かのご縁。先生に取り次いでいただきたく……いえ! 迷惑ですよね。やっぱりこちらで何とかいたします。警察とか週刊文春とかそういった――」
「待ってぇ!? ちょっと待って。向こうで話そう。人気のないとこで。あのね、真偽はともかくこういうことはがあああっ!」
林檎Bを物陰へ誘導したのが最後。死角へ入った瞬間、かわいそうな教員男性は昏倒した。林檎B自慢のスタンガンが火を噴いたことはいうまでもない。
「邪魔するから~」
階段下に不要物置き場になっているスペースを見つけた。ぐんにゃりとなった教員をそこへ安置する。
一応ダンボールで暖かく包んでやったし、机や椅子、着ぐるみといった廃物に埋もれてしばらくは発見されないだろう。
それにおそらく目が覚めても、学苑長との揉めごとを避けて、何もなかった事にするだろうなという予感もあった。
「問題なし。善い子」
林檎Bは探索を再開した。
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