第22話 3-3_潜入のテーマ「ぶっ転す」



 前日のうちに、林檎Bはヘチ子の口にした言葉〈メイキュウ〉についても検索していた。

 メイキュウ。冥宮。

 どうやら刀の鞘のことかもしれない、という程度しか分からなかった。辞書にも載っていない。現代では使用されていない言葉だ。

 花咽かいん家という鞘造りの家が検索候補に現れたが、こちらは冥宮という単語を表沙汰にはしていないし、今は鞘造りよりも別の事業で成功している様子だった。例えばホテル経営だとか。

 これがヘチ子のいう組織なのかは謎だ。

 さらに丿口へちこうの名で数名の芸術家がヒットした。

 その中に丿口へちこうイナミという切紙作家が見つかった。画像はどうやっても見つけられなかったが、どうやら今は切紙スクールの経営でアメリカに居るらしい。

 仮にこの人がヘチ子の保護者で、同じような力を持っていたとしても、日本にいないのなら、当面のところは害がなさそうだと林檎Bは考えた。

 だが、ヘチ子自体への警戒心は寧ろ増した。その原因が、ついさっきグーグー橋のところで盗み聞いた「ディスコを呼び出して……」という言葉である。

 「呼び出して」という下りが林檎Bには理解できないが、あの文脈でディスコの名が出てきた事に戦慄している。「匣のことを調べられている」と。「ディスコ」は〈願いの叶う匣〉に彼女がつけた、誰も知らないはずの名だった。

 実際のところ、二人はディス子自身からそう名乗られたのだったが、林檎Bにそんな事実は想像もつかない。

 彼女にとってディスコは人格など存在しない〈願いを叶える匣〉でしかなく、名前は皮肉でつけたにすぎない。「不和の林檎」という神話のエピソードからとった名だ。

 匣の権能もついては、もう知られてしまっている、という前提で動いた方が良いのではないか。林檎Bはそう考えはじめていた。

 だとしたら匣を餌に二人とも抱きこんでしまうという手もある。もし〈願いを叶える匣〉に少しでも興味があるのなら、今回の件はまだ、組織とやらに未報告のままなのではないか。

 とにかく、交渉するにしろ騙すにしろ、相手のことを知っておく必要がある。

 そういう訳で、ここへ来てサライソ学苑潜入の具体的なテーマが決まった。

「あの二人の素性と弱点と人間性を調査する。それでもし交渉不可能な相手だったなら……」林檎Bは自慢の改造スタンガンをバチバチと鳴らす。「ぶッころす」

 そういうことになった。


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