第18話 2-4_ディス子の誘惑「でやあ」



「見ての通り、お前どもが飛び入りで倒してしまった男だ。特例ではあるが、こやつの分のマゲポイントは名荷小僧、お前につけておいてやろう。マゲポゲッツだ。喜んでいいぞ」

「マゲポ?」

「特に意味はない」

「ねえのかよ」

「では始める」

 つぐねの返事をディス子は聞いていない。どこからともなく取り出した林檎B自慢のヌンチャクを振りかざすと、高くジャンプしたのち「でやあッ」男へ一閃した。

「うへえ」

 つぐねが思わず自分のチョンマゲ頭を押さえる。

 性格が雑なのか、心得がないからか、ディス子のヌンチャクは本命の光輪とともに頭頂部の毛髪をごとごっそりと刈り取っていた。

「どうだあッ」

 ディス子はもぎった光輪を掲げている。切り離された後も、光の輪っかは、蛍のように明滅していた。

「どうだじゃねえよ、やめてやれよ」

「お前もザビエルにしてやろうか!」

「こわ――それでもぎった輪っかが何なんだよ?」

「これは摩訶=曼珠沙華。こやつの願いそのものである。こいつをこうやって――」

 儚いような音がして赤い光が散った。ディス子が光輪を握り潰したのだ。独特の芳香が強くなったのをつぐねは感じる。

 ディス子はライムを搾るみたいにして光の滴を舌で受けている。

「ふっふっふ。やはり低俗な欲望はこんなものか」

「……それ、飲んでんの?」

 つぐねが指さしていう。

「近うよれ」

「……なんだよ?」

「ホレもっと。ずず、ズイっと」

「何よ何なのよ?」

 警戒しながらも好奇心に負けたらしい。つぐねは顔を寄せた。

 ディス子はその唇のあいだへ、ジャムのような光で染まった指をつっこんだ。

「んおお?」

 この一瞬、彼の脳内には『なぜパン』の欲望。すなわちパンツへ対する並々ならぬ欲求が、記憶となっては乱反射した。筆舌に尽くしがたいパンツの饗宴。

「――おええええええ!」

「……おい?」

 ヘチ子が驚いて声を掛ける。

 しかし苦しんではいるものの、体に異常はないらしい。それは精神的なもののようだ。

「あああああああああああああッ」

 つぐねはゴロゴロ転がっていくと、祭壇に寝かされた『なぜパン』の頭を怒りにまかせて叩いた。

汚辱きッしょぉおお! クソ野郎! なんてヤツだ……おえええええ……」

 よろめきながら戻って来ると、彼は口直しのチョコレートを貪った。

「ヘチ子許せねえよ……! あのパンツ野郎……炊きたてのご飯へあんなふうに――」

「説明しなくていい……!」

 ヘチ子が相棒から距離を取る。

 ディス子は手についた欲望の滴を切りながら笑っている。

「フハハハ。どうだ? マゲがいかなるものか身をもって理解できただろう」

「おええええ、お前こんなもの食うの?」

「食わんな」

「食わねえのかよ! じゃあおれにも食わすなよッ!」

「吾輩の餌は『失われた願い』である」

「ああッ?」

 ディス子は説明して、

「欲望自体を喰うのではない。欲望が失われることが大事なのだ。吾輩が光輪を握り潰したのは、いわば咀嚼のようなものだ。一つの欲望が壊れるとき、一つの運命が変わる。大谷から野球への欲求を奪ったらどうなる? つまり一つの運命が失われる。それは一つの運命が吾輩の胃に収まった、ということなのだ」

 摩訶=曼珠沙華は願いそのもの。それが破壊されるということは、願いの先にあったはずの未来をも破壊するという事である。その破壊こそが『失われた願い』であり、ディス子という生物の生きる糧である、というのだ。

「いや。ぜんぜん分からん」とつぐね。

「あそう」

 ディス子はまったく気にせず話を打ち切る。

「なに。お前どもと吾輩が共生関係にある、その事が分かれば善い。お前どもはマゲを刈り取る。吾輩はそこから運命を抽出して食らう。見返りとしてお前どもの願いが叶う。それだけの関係だ。花と蜜蜂のようなものだ」

「だから分からん」

「吾輩に〈失われた願い〉を捧げよ。引き換えに吾輩はお前どもの〈願い〉を叶えてやる。太古から我らはそういう共生関係にあるのだ」

「要するに、お前の取り憑く『林檎』という少女は自分の願いを叶えるために冥宮事件を繰り返していたということか。他者の〈願い〉を刈り、お前に〈失われた願い〉を食わせていた」

 ヘチ子は話の行き着くところを理解し始めたようである。

 ディス子が認める。

「うんむ。欲望を〈マゲ〉として実体化できるのはこの空間のなかだけなのでな。男どもを引っ張りこむ必要があったわけだ」

「ここはお前が〈失われた願い〉を抽出するための口の中だというわけか」

「いい表現だ。ナイスー」

 つぐねが蒸し返す。

「なんか悪魔取引みてーな話になってきたな。願いを叶えるってのも怪しいしよ」

 これに対してディス子は不敵に笑って見せた。

「ならば試してみれば善いではないか」

「試す?」

「そもそも吾輩はお前どもをこの番付に参加させるため出てきたのだ。『説明する』といったのはこの戦いのルールのことだ。お前どもは飛び入り参加である故な」

「あ?」

「『なぜパン』を倒したことをいっているのだろう」

 ヘチ子が説明を加えた。「本来、闘いが始まると此所には誰も出入り出来なくなるはずだった。そうだな?」

「そうだ。普通は吾輩の冥宮どひょうへ入るなり人は理性を失い、闘いは勝手に始まるはずなのだがな」

「あの『金無垢なぜパン』みたいになってか」とつぐね。

「お前どもは耐性があるようだ。摩訶=曼珠沙華が顕現すらしない。よって同意を求める必要がると判断したわけだ」

「同意か」これはヘチ子。

「同意よ」

「『彼女』と同じように私たちも使おうというわけか」

「『共生』よ。お前達には多大なメリットがある。それと、今後の問題だけではない。まだここでの決着がついておらんからな」

「決着か」

 ヘチ子が美しい眉を寄せる。

「理解したようだな――」

 ディス子はこの場に居る全員を順番に指さしていく。

「むっつり少女」

「その呼び方を二度と使うな」

「名荷小僧」

「名荷って何だよ」

「そして林檎B――」

 最後に指し示したのは自分――依代となっている少女の顔である。

「――この三者のあいだで決着をつける必要がある。この冥宮どひょうは摩訶=曼珠沙華が最後の一輪になるまで出られないようになっておるからな。つまりはバトルロイヤルである」

「……ああ」

 少し考えてつぐねも納得した。

 ヘチ子は黙っている。

「三つ巴になって戦えといっておるのだ。生死は問わず、すべてのマゲ。すなわち摩訶=曼珠沙華を刈り取った一人を勝者と定める。つまりいっぱいマゲを刈ってもらって、吾輩のぽんぽんが満腹になった時点で立っていた最後の一人だけ願いが叶うというシステムになっております。よろしくお願いし致します。どうだ?」

 二人は黙ってディス子を見返している。

「おっと。まだ不安か? 参加方法なら簡単だ。欲望を強く念じるだけで善しだ。さすれば願いが光輪となって現れるであろう。説明終わり。さあ発戦え! 発気善いか? 海とも山ともつかない星屑ども! マゲをたくさん、獲るぞー! お前もザビエルに、なりてえかーッ!」


 ディス子は気合い一番、借り物のヌンチャクを軍配のように掲げ、キュートにジャンプするなどした。返ってきた反応は冷めたものだった。


「バーカ。うさんくせえ。お前のメシのためにケンカしろってか」

 とつぐね。

「そもそもお前が願いを叶えられるという証明はなにもなされていないしな」

 これはヘチ子。

「……んー?」

 聞き間違いかな? と考えたのかディス子は気を取り直して、気合い一番、借り物のヌンチャクをグンパイのように掲げ、キュートにジャンプなどした。

「お前もザビエルに、なりてぇかーーッ! あれえッ!?」

 その時にはすでに二人とも背を向け歩きだしていた。

「――まじで?」

 ディス子はちょっと信じられないというように後を追う。「正気か!?」

「帰る」

「帰る」

「いやいやいや。むっつり少女。お前なら分かっておるはずだろうが。お前の剪紙冥宮フリルは三次元的には完璧に近かったが、吾輩を捕らえることはできなかった。それで吾輩が時空を越えた存在である事は疑いがないではないか。つまり運命も操作できる。だろ? 名荷小僧はどうだ? ここでは欲望の強さが戦いの力となる。『なぜパン』の時のようにエキサイティンティンなファイトが楽しめるぞ。退屈しておるのだろう? ちょっと? 待って? マジか。お前らに大切なものはないのか! 吾輩なら死人とて生き返らせることが出来るのだぞ! 行くな阿呆。無断下車! インチキ! インチキ!」

 死人に関する言葉が出たところで、ヘチ子の背中に、有るか無しかの動揺が走った、ように親しい者なら見えただろう。

 いずれにしろ彼女は立ち止まらずに、侵入したときと同様、剪紙冥宮フリルの扉を開き、冥宮から去って行った。


 扉に出るとブラスバンドの演奏が聞こえた。

 元の世界へ戻ったのだ。

 校舎の裏に林檎Bと『なぜパン』が倒れていた。林檎Bの不戦勝ということで冥宮は閉じたようである。

 それから二人は林檎Bを人目につかないところへ運び、安全確認をし、連絡先を見つけて『ライディーン』へ連絡したのだった。

 『なぜパン』は汚辱きしょいので学校から遠ざけ他ところでゴミ捨て場へ放置した。

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