第14話 1-14_土俵(エンピレオ)「力士たちよ!海とも山ともつかない星屑どもよ!何に変えても叶えたい願いはあるか!



 決着がついた。

「ウオー! おれが最強だぁあッ! おれっちのパンツは誰にもわたさねェー!」

 ハイになったつぐねがトイレの後の猫みたいに走り回っている。

「力士に勝てるわけないだろ! チンピラがよぉ!」

 本物の古代力士をみた林檎Bも盛り上がって、床の破片を座布団みたいに投げるなどした。

 戦いの巻き添えを考えて、ヘチ子が拘束を解いていたのだ。

「なんだこいつら」

 呆れているのはヘチ子である。

 彼女は使い終えた水母の切紙を手に名残惜しそうにした。労作だったのだが冥宮として効果を発揮した後は、雪のように崩れてしまう。

 次いで彼女は、何か儚い音を聴いたような気がした。


 巨人は元の男の姿に戻っていた。

 破れたかに見えた服まで元通りだった。頭上の光輪が消えて、かすかに懐かしいような薫りだけが残っている。

「幻覚とかじゃなかったぜ」

 つぐねが戻ってきていった。

「おれは殴ったり殴られたりすりゃあだいたいのモンの構造は解るんだけどよ。こいつは幻覚でもなきゃ単なる肉のハリボテとかでもねー。ちゃんとバケモンなりの骨格と神経と急所なんかがある。でたらめな造りで自然界ではぜってー生きられねえが、この冥宮の中でだけはホンモンの生物として成立してんだ」

「――だがあり得ない変化だ。それになぜこの男だけが?」

「さあな。あの光の輪っかが関係してたんかな。あれも冥宮の異変の一つだったのか?」

「この冥宮はただ自然発生した冥宮ではない。何か特殊なルールの様なものがあるように感じる。この男はそのルールに巻きこまれた被害者だ。そしてそのルールを知っている者がいるとすれば一人しかいない――逃げても無駄だぞ」

 ヘチ子の背後で、林檎Bが身を竦ませる。

「あなたにはこのあと――」

 振り返り、林檎Bへ警告を加えようとしたところでヘチ子が絶句する。

「どした――」

 続いてつぐねも驚いて戦闘中でもとらなかった眼鏡をかけなおす。

「え? エクソシスト?」

 二人の目の前で、林檎Bが見事なブリッジを決めていた。

「なんだ……」

「え? なんで?」

 どういう意図あっての行動なのやら見当もつかない。

 次の瞬間、ブリッジの少女が、宣言の声を上げた。

「天地、逆転!」

 宣言とともに周囲の景色が崩壊し始めた。

 すべては砂糖菓子が水中で砕けるかのように拡散したあと、別の形に再構成されていく――塔の姿に。

「お? おおおおお!」

「んん――?」

 二人の足元が崩れ、足元が階段に変わる。

 階段は上めがけて再生されていくのだが、反対に最下層から順に、また拡散して分子へ戻っていく。

 螺旋を描いて昇っていく蛇のようだ。

 内部の二人に余裕はない。

 塔の崩壊に巻きこまれないよう、ハムスターのように走り続けるしかない。破壊と創造のエスカレータはどんどん速度を増していく。

「おっ? おっ! おおおおおおッ!」

「んんんんんんッ!」


 二重螺旋の階段を、何度も交差しながら二人は駆け昇った。

 序の月天。

 二段目水星天。

 三段金星天。

 幕下太陽天。

 十両火星天。

 前頭木星天。

 小結土星天。

 関脇恒星天。

 大関原動天。

 かすかに歌が聞こえた。

 やがて塔は至高の天蓋へ達する。

 凍る大気のなかに塔の頂が浮かんでいる。かつて林檎Bが土俵と呼んだものだ。故にこれは土俵である。

「おらあああ!」

「んんんんッ!」

 溶けたチョコレートと沈香の薫りを振りまいて、二人が土俵へ入る。必死で昇り続けたため疲労困憊して声も出ない。

 すみれ色の宇宙そらを果実の帚星が流れていく。

 広く丸い空間の奥に祭壇の如きものがあった。

 その祭壇の上、星雲を背に、林檎Bが三点倒立の姿勢で逆しまにそびえ立っている。彼女は大音声で二人を迎えた。別人のような声、口調であり、人ではない何か時間と空間を超越したどこかから響いてくる声のようでもあった。言葉は哄笑から始まった。

力士パワーたちよ! 海とも山ともつかない星屑どもよ! お前どもに願いはあるか! ならば戦い勝ち取るがいい! フハハハハ! お前もザビエルにしてやろうか!」


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