第13話 1-13_なぜパン戦決着「これが無修正(ナマ)の相撲じゃー!!」」
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その闘いは相撲と呼ぶには常軌を逸していた。
「なぜ」
「紐パンを」
「くれ」
「ない」
「のか」
「よーしヨシヨシヨシヨシ」
金無垢の巨人が絶え間なく繰り出す攻撃を、小さな力士が躱し続けている。豪風のなかの柳のように、一見危うく、それでいて決して掴まることがない。彼は素速いばかりでなく空中でさえ体勢を変える。
「あれは……古代相撲!」
闘いを見守っていた林檎Bが、急に叫ぶ。彼女は全宇宙スモウ博士検定、総合成績第二位という経歴を持つ。その彼女がいうのであるから間違いはない。
古代相撲。
『
彼の家が伝える闘技の正式名称がそれである。
かつて奴隷船を率いたある宣教師は、力士の抵抗に遭い、その時の様をこう書き記している。
――リキシとは象のパワーを持った猫である――と。
力士の技術とは、まさにそのようなものである。
強くしなやかな筋繊維を生まれつき持ち、それを精密に操ることで力の流れを自在に変化させる。
すなわち、打撃の威力を伝播させ馬を殺すことなく騎手のみを撃つ。張り手を相手の体内に伝播させれば、思うがままの場所へ痣を作ることも可能。
さらに自身の重心すら操る彼らは、空中での姿勢制御も容易くこなす。二段ジャンプ。急降下ヒップアタック。水平軌道ジャンプ体当たり。これらはゲームのなかだけの存在ではない。かつて宣教師たちも像のパワーで飛び交う力士の群に戦慄したに違いない。
少女のように華奢な彼が、瞬間的には自身の体重をほぼゼロから二五〇キロまで変化させることが可能なのだ。文字通り、猫のように舞い象のような一撃を加えることができる。
「なぜ」
「ぱんつを」
「くれません?」
「避けるなこのボケえ!」
「ワンパすぎて飽きてきたな。そろそろ決めちゃうぞ」
壁が迫ってくるかのようなパンチを、べったりと身を伏せて躱しながら、彼は宣言した。
しかし彼が力士といえどもそれは不可能に見える。あまりに体格差が大きすぎる。直立しても彼の背は『なぜパン』のヘソにも届かない。
彼はこの巨人を相手に「投げて勝つ」と予告したのだ。
「発気善しだぜ――」
身をたわめた所から彼はわずかなタメをつくる。
「んんパンツ!」
同時に金無垢の巨人が振りかぶった。
パンチ、と見えたがそうではない。繰り出されたのは尻尾の打ちおろしである。尾の先端が音速を超えて
その破裂音より速く、つぐねは跳躍した。
「これが
彼は砲弾のように巨人の胸へとぶつかっていった。地面と水平に飛んでいる。猫の軽さと象のパワーを同時に発揮する、身体操作術の極致である。
「パン――」
巨体が一瞬浮き上がる。
踏ん張った尾が、屋上の転落防止柵をねじ曲げる。
辛うじて残った。腹へめりこんだつぐねを巨人が捕まえようとする。
その時には、つぐねの諸手突きから始まる三連撃が入っていた。
三つの打撃音は、ほとんど一体になって聞こえた。
彼が着地すると同時に、金無垢の巨人がまるで自分から飛んだかのように回転して倒れた。もう起き上がらなかった。
「ここでリプレイで見てみましょう」
と呟いたのは林檎Bである。
全宇宙スモウ博士検定、総合成績第二位の彼女には、深い知識と経験則がある。彼女は視認不可能な力士の所作を正確に分析、推測しはじめた。
決着の瞬間、次のような事が行われていた。
投げ技の基本概念に「崩し」と「仕掛け」がある。
ひと言でいえば、「敵の体勢を崩せ、そこへ適切な技を仕掛けよ」という事である。
あの瞬間、つぐねはこの理法を彼独自の方法で実践した。
彼は打撃の衝撃を伝達させ、巨人の脳へ伝えたのである。
最初の衝撃で脳の体勢を崩す。
残りの二発は「仕掛け」にあたる。脳の存在しない腕を絡み捕り、存在しない足を払った。
つまり、彼は衝撃の伝播自体に「投げの型」を持たせ、巨人の脳を「投げた」のだった。
「はい……これは投げ技といって間違いないですね」
林檎Bも保証した。全宇宙スモウ博士検定、総合成績第二位の彼女がいうのであるから間違いはない。
もちろん力士とはいえ小兵の彼のこと、単純な打撃では、太い首を薙ぎ、分厚い頭蓋骨を越え、深奥に座すワイヤー繊維のような巨大運動中枢を麻痺させることは不可能だったろう。だからこその「型」である。
「――四方宮流〈
倒れた巨人を覗きこんでそういう彼の顔には、こんな状況であっても微笑み返さずにはいられないような、屈託のない笑みが広がっていた。
「ぱんつを――」
というのが敗北者の最後の言葉。
つぐねはスカートを抓むと、みごとな四股の構えをとる。そして掲げたカカトを巨人の眉間めがけて踏みおろした。
「すまんな。スパッツなんだわ」
無慈悲なひと言をもってこの格付けが完了した。
――決まり手。〈四股足踏み〉
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