第9話 1-9_林檎発見「なぜか気になる」



 情報張られないまま、ヘチ子たちは帰路へ着こうとしていた。

「しかしあいつらが素直に情報回してくれるかねえ? 他のチームにもカチコミかけとくか?」

「いや今日は陽もくれてきたし――」

 いいかけてヘチ子が立ち止まった。

 公園の前だった。この小さな公園を通り抜けた先は、カラス羽根の人物とすれ違った交差点である。 

 自動販売機とベンチ、立木の向こうを、裾の長いコートの影がひるがえって消えた気がしたのだ。確かにマフラーもしていた。色は分からない。着物の柄だったかも見さだめられなかった。

「どうした?」

「――やはりなぜか気になる」

 ヘチ子は後を追い始めた。「おっ? どした?」つぐねが後に続く。

 公園を出たところで、目的の人物を見つけた。こちらに背を向けて男と立ち話をしている。

「しゃがめ!」

「なになに」

「例の人物かもしれない」

「マジ?」

 二人はゴミ箱の影へ隠れる。

 信号待ちする通行人のぎょっとした顔も気にかけない。

 やがて車と人の気配が動き出した。信号が変わったのだ。二人は顔を出してターゲットを確認した。

「見えるかつぐね? 赤マフラーか?」

「赤だな」

「コートは?」

「着物リメイクかは判んねえけど……ポケットめっちゃ重そう」

「追おう」

 二人は物陰からカサカサ這い出した。通行人を盾に、次から次に乗り換えて、時に通行人の行動方向を剪紙冥宮フリルで『迷わせ』たりしながら赤マフラーを追った。


 通りからはだんだん遠ざかっていった。やがて住宅が目立つようになった。

「人気がなくなって尾行がしにくいぜ」

「それよりどこへ行く気だろう」

 二人は距離をとって着いて行かざるを得ない。

 周囲はあみだくじのように角の多い住宅街という厄介な立地だった。例えば視界から消えた直後に、どこかの家へ入られてしまえば見失ってしまうだろう。

「家へ帰る感じでもないな。人気のないところへ連れてこうとしているのか?」

 ヘチ子にはそう見えた。

 先に立って、とまではいかないが、どうやら進路は赤マフラーの先導で進んでいる。

 つぐねが情報をつけ加える。

「かもな。それに連れの男の服装、あれは色色カラーズのメンバーだぜ。ステッカーつけてる。『黄色』だ」

 赤マフラーと歩く若い男は、黄色のジャンパー姿。不良青年を狙うのは『方屋開口かたやかいこう』の手口である。

「――〈宮隠し〉を行うつもりか」

 赤マフラーが『方屋開口かたやかいこう』であることは、ほぼ間違いないように思われた。

「どうする、今行くか? ファイツ(FIGHT)か?」とつぐね。

「まだステイだ。もちろん冥宮を開くまで待つ。手口を知る必要があるからな」

「そうこなくちゃな」

 つぐねが楽しそうに囁く。

 どこかからブラスバンドの練習が聞こえた。

 近くに学校があるようだ。次の角を曲がると二人の姿が消えていた。横道はない。

「いねえ! 走ったか? このどっかの家か?」

「――いや」

 ヘチ子は辺りの気配を探ってが、急に顔色を変える。

 彼女は腕を上げ、空間をなぞるような動作をはじめた。

 掌の影から沈香と共に剪紙冥宮フリルが現れる。

 〈泪香炉〉。宙に浮かぶ無数の紙香炉が、睡蓮の群のように拡散して行く。それらは一定の距離を進んだところで順に燃えあがって消えた。

 まるで透明な火焔にひと撫でされたみたいだった。切ない音色だけが遅れて響いた。

 残響の場所へ近づいていくと、ヘチ子の手の中で最後の泪香炉が燃えあがった。

「あるのか? ここに――」

 つぐねがいい、ヘチ子が頷く。

「ああ。冥宮が開いた。ここに、そして今も拡大している」



「あるんだな? さっきの二人はその中へ消えたってことだな?」

 つぐねが繰り返す。

 冥宮が現れた。恐らく現在も拡大している。

 まだ目には見えないが、ヘチ子たちの目の前、現実的時空間の向こう側にそれはあるはずだった。

「ああ。これであの赤マフラーが方屋開口かたやかいこうで、しかも冥宮事件の犯人だとほぼ確定したことになる」

「方法は?」

「不明だ。人知を超えた何らかの力、ということになる」

「それはそれは。そんで? 出てくるところを待つか?」

「またここから出てくるとは限らない」

「久我ちゃんに連絡するか?」

「逃げられたらまた探すハメになる」

「じゃあどうするよ?」

 つぐねの口調はそそのかすようでもある。

 彼はすでに準備運動を始めている。スカートを割って足が驚くほど高く上がる。相撲の四股足の動作である。

「分かっていると思うが――」

 ヘチ子は忠告めいたものを与えようとする。

「おう」と四股を踏みながらつぐね。

「冥宮は現実とは切り離された空間だ。現実の空間の中に折りたたまれた『実在しない時空』という者もいるし、『それは未確定の世界』だという冥宮師もいる」

「おう」

「別の世界だとして、そこから現実へ帰還するときには事象の『つじつま合わせ』が起こる。冥宮酔いの原因はその『つじつま合わせ』のせいだともいわれている」

「おう」

「つまり実在しないとはいえ、冥宮内での怪我は『つじつま合わせ』によって現実へ持ち帰る事になる。そういう意味では冥宮は現実空間と変わりがない」

「は――」

 ここで、ようやくつぐねは言葉を返した。一瞬ほとんど獰猛なほどの笑顔が覗いた。

「――怪我。おれたちがか?」

 これにヘチ子も無表情だが相棒にだけ分かる笑みで応える。

「行くぞ」

 整列する切り紙が燃え上がって、美しい影絵の扉が現れる。

「ファーイ(FIGHT)」

 臆することなく、二人へ異界へと踏み入っていく。

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