第5話 1-5_調査二日目「犬の肉球の小冥宮」
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「どすこい」
この日も〈小冥宮〉を開くと、砂で出来た犬のようなものがトコトコ出て来る。つぐねが張り手見舞うと、そいつは排気ガスやコールタール、ガムの噛みカスの臭い、それと犬の肉球の臭いに変わって霧散した。
「冥宮できるペース早くねえか? くっさ。癖になるな。くっさ」
とつぐね。
ヘチ子も頷いて「バカ息子を呑んだ冥宮の影響かもしれないな」といった。
今回の〈小冥宮〉も、場所は『かるら座』に近い地点で発生していた。
二日目の調査のために、二人が立てたプランは二つ。
一つ目は『かるら座』へ行って、バカ息子および『
二つ目は、事件現場と劇場の周囲をもう一度調査しておくこと。
前回から変化している事柄があれば、調査の助けになるかと考えたからである。
そうして後者を先に行っていた最中に、この〈地べたの残り香の小冥宮〉を発見した次第なのだった。
「はい次、次。次行こうぜ」
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次に二人はバカ息子発見現場へ到着した。
「変化はない、前より痕跡が薄くなっている程度」
さっきいってたよお、とつぐねが質問する。
「さっきいってた『犬の肉球の小冥宮がバカ息子の冥宮の影響でできた』みたいなのって、どういう意味よ」
ヘチ子は少し考えそこにしゃがんだ。
そしてどこからともなく、新しい和紙を取り出すと、地面に敷いた。皺ひとつ無い平らな紙面である。どうやら説明してくれるらしい。
「これを私達のいる空間だとする。そこに力が加わるとする――」
そういってヘチ子は紙を軽く握り潰した。それからまた元に戻す。皺だらけの紙が地面に置かれている。
「このように歪むことになる。歪みが少しなら紙としての機能は問題ない」
ヘチ子は噛みの表面をなぞって絵を描くような仕草をする。
確かに、小さな皺ならキャンバスとしての機能はちゃんと果たしている。
「絵や文字が判別不能になる訳じゃないもんな」
とつぐね。
ヘチ子は頷いて続ける。
「だが小さな皺ができた。この谷間は、絵や文字――このキャンバスという空間で生きている私たちからは察知できない方向へ向かうヒダだ。二次元の『キャンバス人間』からは感覚できない」
「ほーん」とつぐね。
「この『感覚出来ない谷間』が冥宮といえる。ごく小さな物ならヒダの谷間にしまいこむこともできるが、人を呑むほどの奥行きはない。アイロンがけしてればまったく消えてしまうだろう。簡単な分、空間の揺らぎ自体から自然に発生することもある」
それを修正することが自分たち冥宮師の役目であるという。
「ちっちぇー冥宮は、この小ジワみたいなもんって事ね」
つぐねもしゃがんで頷いた。
ヘチ子は続けて、
「では人を呑むほどの歪み残すならどうか。これは大きな力が要る。天変地異などがきっかけになることが多いという。反面一度できてしまえば修繕が難しい」
「だから普通発生しないはずなんだよな?」
「そう。これは言い伝えに過ぎないが、そもそも冥宮の起こりははるか古代に激しい、しかも大規模な歪みが起こったせいだといわれる。後に発見された大きな冥宮は、すべてその
その証拠かどうかは解らないが、冥宮の発生数と規模は波が静まるように無くなりつつある、とヘチ子はつけ加えた。
「でもよ、それならおかしくねえか?」とつぐね。
「うん」
「冥宮が衰退してんなら『バカ息子食い冥宮』は何なんだ? ノラ冥宮の生き残りな分けはねえし、事件前には大地震も竜巻も起こってねえぞ」
発生のための『力』が不明だというのである。
「だからあり得ないといっている。しかし大きな冥宮が現れたのは事実だ。だから調査する」
「めんどくせー」
「それで最初のお前の質問に答えるが――」ヘチ子が立ち上がった。説明は終わりということだろう。「つまり今日と前回の小冥宮はバカ息子を飲みこんだ大冥宮の
「古代にあったっていうデカい歪みみたいに?」
「規模では比べものにならないだろうがな」
「で。『バカ息子の大冥宮』を起こした力がどこから来たのかは不明――と」
「うん。現場を調べても無駄のようだ。やはり『
ヘチ子はすでに歩きだしている。
「『かるら座』かぁ~。お前あそこの人ら苦手だろ? だいじょうぶ?」
前のヘチ子からは「お前に任せる」という返事。
「出たよ内弁慶」
つぐねも立ち上がる。
尻についた砂を叩きながら、つぐねは少し思いついていった。
「でもよ、そもそも大昔のでかい歪みはどうやって出来たんだろうな? 地震とか火山活動とかの影響が何千年単位で残るもんかね? 原爆とか現代の震災でさえ大した冥宮は創らなかったわけだろ?」
ヘチ子はやや歩幅を落として考えたあと「想像もつかないな」といった。
それは人知を超えている。
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