第4話 転居先の大家の家族と和聖

 和聖は引っ越しをして間もなく、大家の家で食事の誘いがあり、その家族と彼の四人でダイニングテーブルを囲み昼食になった。食後、大家の夫である雄一が改まって話しかけて、中学生になった娘の真凛に勉強を教えてくれないかという話だった。


 これだけの豪邸に住み、建設会社を経営してマンションも数多く所有している資産家だから、プロの講師を雇えば良いのではと思って不思議な顔をしていると、真凛は人見知りで気に入った人にしか心を開かないとのことだった。


 月に一~二回程度、アルバイト代と食事を出してくれると言い、和聖としては定期的に大家の妻である美しい熟女の千寿と会えると思ったので快く受けた。家庭教師は次の週末から始めるという約束をして、その日は雄一が庭を案内し池には高価な錦鯉が泳いでいた。結局、夕飯までごちそうになってから帰宅した。和聖は良いマンションに入居したと嬉しく思った。


 ※ ※ ※


 次の週末に和聖は大家の家に行き約束通り家庭教師をした。真凛はもともと聡明で、頭脳明晰だったので勉強を教えることに苦労することはなかった。


 千寿がお茶と菓子を持って来た時に昼食の案内をもらい、昼前で勉強を切り上げ三人で食事をした。食事中の雑談で和聖は千寿から大学や一人暮らしの状況について色々と訊かれた。


 特に毎日の三食の事だったので、朝はコーヒーを飲むだけで、殆ど食べないと伝え、昼食を聞かれたので学校のある日は友人たちと学食や学校周辺の食堂で食していることを伝え、休日の事も訊かれたので近くのスーパーの弁当や惣菜などで済ましていると説明した。


 また和聖が既に調理師免許を取得している話をすると千寿は目をまん丸くして、「これから貴方に料理を作るのが嫌」と言った。彼は慌てて言った。「初心者マークですから奥様に料理を教わりたいぐらいです」と言った。


 会話の中で印象に残ったのは、平日の昼は千寿が一人で過ごしているという事実だった。和聖は昼食後、来月にまた家庭教師をする約束をして帰宅した。


 ※ ※ ※


 大学の講義数が少なかった曜日に休講も重なり一日休みになった和聖。前日にそのことが分かり、翌日は何をして過ごそうか夜な夜な考えている内に、叔母の貴子と急に会いたくなり、モヤモヤとした気分になっていた。


 五月の晴天で暑いくらいの汗ばむ明くる朝を迎えた。七時頃に大家の家の方から元気な声が聞こえ、このマンションの屋上からも千寿らしき女性の声が聞こえた。雄一は経営している会社に出勤するため、真凛は学校に登校のため外に出ていて叫び合っていた。


 和聖は自身の両親を思い出した。大家の家族は仲が良くて羨ましかった。彼の両親は他人が居れば仲良く見せているが、いないといつも喧嘩が絶えず父は和聖たち兄弟にわざと競わせ喧嘩をさせるような意地悪な性格で、母はヒステリーで父と喧嘩した際には特に長男の和聖にばかり当たる性格だった。


 そんな両親の元から離れて彼がこうやって生活できているのは祖母のお陰だった。大学の学費も生活費も祖母が出してくれていたので何の心配もなかった。和聖がこんな優雅に学生生活を送ることができていたのも祖母と叔母の貴子がいたからだ。


 これも祖母に可愛がられていた貴子が、和聖の事を良いように祖母に報告してくれていたからというのもあった。祖母は和聖の母とは仲が悪かったので余計だった。


 マンションの屋上から階段を下りる足音が聞こえ、和聖の部屋のベルが鳴った。ドアを開けると大家の妻の千寿だった。「どうされたのですか?」。千寿は息を切らしながら、「マンションの管理人さんが急遽、辞めたので、私が五棟のマンションの共用スペースを掃除することになったの」と悲しそうに言った。


 和聖は可哀そうになり「今日は大学が休講になったのでお手伝いしましょうか?」と言うと千寿は喜んだ。他のマンションは車で移動する距離だったので、千寿が車を出して行くとのことで和聖もジャージに着替えて同乗した。


 四棟の共用スペースの清掃を終えてマンションに戻ってくると千寿が、「和君の部屋が見たい」と急に言い出した。別に和聖は部屋を見せるのは平気だったので招き入れた。千寿は部屋の中を見回した後に落ち着かない様子だったので、彼は「喉が渇いてないですか?」と言い冷蔵庫から麦茶を出してグラスに注いで渡した。部屋の真ん中のテーブルの手前に座布団を敷き千寿を座らせ和聖は右隣に座った。


「この麦茶、香ばしくて美味しいわ」

「祖母から送ってもらっている豆をヤカンで沸かして煮出しているので」

「久しぶりにこんな美味しい麦茶を飲んだわ」

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