在りし日のリュウリンカ~故郷を失った少年は騎士団を目指す。が、義姉たちが許してくれません。

濵 嘉秋

第1話 天使vs混沌派閥

 セントダムから通報があった村までは約一日かかる。先行して村に向かった天使族のソニアが状況を知らせてくれるが、未だに目立った動きはない。


「何が目的だ?」


「異界獣の行動は予測できません。圧倒的に情報が足りませんから」


「最後の出現が300年前だっけ」


 一月前に廃村と化した村の跡地に突如として出現した巨大な竜。その出現報告に騎士団はおろか民衆も戦慄した。しかしそんな彼らの不安とは裏腹に、竜はその場に鎮座し…丸一日が経とうとしている今まで動いていない。

 こことは違う世界…異界からやってくる未知の獣・異界獣いかいじゅう。数少ない記録を見てもその行動原理は推測できない。街一つを壊滅させて消失した個体や国をいくつか焦土にした後に当時の騎士団に討伐された個体…同じ異界獣と言っても行動はバラバラだ。

 おまけに過去一度だけ討伐に成功した個体は息絶えると同時に光の粒子となって天に昇ったために情報を得られなかったらしい。


「確かに不気味だが、俺たちにとっては都合がいい。出現地が廃村というのも幸運だった」


 第四部隊において一番先輩のオーダ=ガルードの言う通り。もし竜が人の多い都市部に現れていたらその被害はここ数年でも大きなものになっていただろう。


「でもその村…リナ―ル村だっけ?あそこが廃村になった理由も分からないよね。一月前までは普通に人がいたんでしょ?」


「あぁ…それが数日でもぬけの殻だ。村人が揃って夜逃げしたという話もあるが…まぁデマだろう」


「もしかして竜が動かないのも、そこが関係してるんじゃない?」


「……竜の出現と村人の失踪が?まさか、日が空きすぎてますよ」


「トーマも聞いたことあるでしょ。異界獣の召喚方法」


 隊長・リンカ=ネイトの言葉に、トーマ=ステイルは武器の手入れをしていた手をピタリと止める。彼も異界獣の召喚については聞いたことがある。だがそれは人道に反していて、同時に時代遅れな方法でもあった。今時そんな手を使うのは質が悪い上に考えの古い黒魔術結社だろう。


「生贄、ですか。でもそれは御伽噺の中でしょう」


「異界獣が出てくる昔話には確実に生贄になった者の存在が語られている。ていうことは、全くのデタラメでもないってことじゃない?」


 御伽噺は御伽噺だ。要するに作り話…だがそんな物語の中には本物も混じっているのだ。セントダム大図書館に所蔵されている御伽噺はまさにそれ。一般に公開されていない原本が存在している。その原本は読み物としては落第級で読めたものじゃないが、そこに記された物語は大昔の人々の心を魅了した。

 現在、世界中で親しまれている御伽噺は原本を書物として再編したものだ。


『隊長!緊急事態!』


 馬車に設置された通信魔石から仲間の天使の声が聞こえる。

 馬車内の注意が通信魔石に向くのを見計らったかのように天使族ソニアが状況を説明した。


『混沌派閥だよ。竜に近づいてる!』


「混沌派閥…」


 その単語に、リンカは分かりやすく表情を歪める。今の世界に不満があるのか様々なテロ行為によって世界を混沌に落とそうと画策する他種族集団だ。


「数は?」


『9人…色が濃いのが一人いるね』


 オーダの問に答えたソニアが放った『色』。天使族特有の他者の気を見る能力だが、これはリンカたちが敵の力量を測る際に重宝する。簡潔に言うと色が濃ければ濃いほど強いという話だ。


「勝てそう?」


『負けないけど?』


「じゃあ止めておいて」


『了解!』


 ソニアの元気な返事を持って通信が終了する。

 御者によるとリナ―ル村まで十数分。それまでソニアが持ってくれて尚且つ、竜が動かなければ最高だが…現実はそう上手くいかない。





 天使族のソニアは愛剣『ワーリング』を抜く。その瞬間、彼女の眼前が眩い光を覆われた。


「いきなりかいっ⁉」


 種族特有の翼を飛翔して初撃を躱したソニアだが、相手は攻撃の手を緩めない。エルフ族だろうか、ボソボソと何やら呟いたかと思えば掲げた掌から炎の弾丸が発射される。3人の連射によって退路が次々と塞がれていくが、ソニアにとっては遅い球だ。火球の間を縫って包囲を抜けながら左手に己の魔力を集中させる。

 完全に包囲を抜けると同時に左手を振るう。集結した魔力は6つの曲線を描きながら敵陣に着弾。同様に、ソニアに向けて放たれた火球も彼女に直撃した。


「……流石にまだ、か」


 地上と上空…二つの煙が晴れる。姿を見せた互いは無傷で、周囲には緑色の障壁が張られていた。エルフ族と天使族、魔力操作に長けた種族同士の戦闘ではよく見る光景だ。

 そして、ソニアの次の行動も決まっている。

 上空から勢いよく敵陣に突っ込んだソニア。右手に握る愛剣『ワーリング』で未だ役割を見せない6人を狙いにかかる。先の戦闘で、3人のエルフが繊細な攻撃に向かないのは判断できた。ならば手の内を明かしていない他6名を狙ったのだ。


「テヤァッ!」


 案の定、エルフたちは仲間への被弾を怖れて行動できていない。対するソニアは素早い剣戟で5人を気絶させた。そのままの勢いで残りの一人を…としたところで体を捻ってその背後に回った。


「ッ‼」


 背後からの一突き。その攻撃は敵の心臓を貫くはずだった。しかし、全く手応えがない。

 それもそのはず、『ワーリング』の切っ先は空を切っていた。正確には敵の左胸が霧のように霧散し、ソニアの攻撃を外したのだ。

 だがコレを予想していたソニアはすぐに距離を取り、同時に3人のエルフに曲線魔力を着弾させて無力した。


「貴方だけ色が濃いからね…やっぱり何かあるか」


「……天使の目か」


 この場に残ったのはソニアと混沌派閥と見られる大男の二人。最早、異界獣はそこにあるだけのオブジェクトになっていた。


「混沌派閥…よね。あの竜に何か用事?」


「王都の犬に教えてやることはない」


 ソニアの倍はある巨躯を持つ大男。見たところ武器の類は持っていないがさっきの妙な術が厄介だ。


(でも…コイツは)


 先の術は魔術だろうが、肉体を変化させるほどの魔術はエルフ族か天使族でも難しい。だが外見的にそれらの特徴は見えない。


(変身魔術…はないか。てことは希少事例レアケース


 そもそも内包する魔力が少なく、魔力操作の術が遺伝子に刻まれていない人間族と獣人族。その中には膨大な魔力を有して魔力操作も堪能な者が出現することがある。この男もそれなのだろうが…それにしてもだ。


(遠距離はもういないはず……距離を取って戦うか?)


 無暗に突っ込んでもさっきの繰り返しだろう。連撃でも同様だ。

 翼を羽ばたかせて飛翔する。今度は両手に魔力を集中させて曲線魔力をぶつけるが…大男は無傷で立っていた。障壁を張った様子もなく、その身一つで攻撃を耐えたらしい。


「中々やるじゃないか」


「この……!」


 まだ決着はつきそうにない。だがやがて戦いは終わる。

 瞳に映るその光景を、黒い竜はボンヤリと眺めていた。

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在りし日のリュウリンカ~故郷を失った少年は騎士団を目指す。が、義姉たちが許してくれません。 濵 嘉秋 @sawage014869

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