第10話 コンフュージョン
数日後、悪夢のような光景が、天宮第一学園、第一グランドに展開していた。
「うらあああああああ!」
「死ねエエエエ!!!」
「このクソどもがあああああ!!!」
野球部、ピッチャーの大ぶりパンチが陸上部員を吹き飛ばす。
砲丸投げの選手が、サッカー部員を放り投げる。
サッカー、フォワードが、野球部、遊撃手を蹴り飛ばす。
総勢70人以上の運動部員が、無差別、手当たり次第に、血みどろの大乱闘を繰り広げていた。
全員、エリート、トップクラスのアスリート達だ。その全能力がただひたすらに、暴力の行使に注ぎ込まれる。それは、想像を超えた地獄絵図を生んだ。
さらに、能力による身体能力強化も加わる。超常の力が、地をうがち血風を呼ぶ。
何もかも、常軌を逸した狂乱が学園を呑み込もうとしていた。
「いい加減に、、、しろぉおおおおおおおーーーーーーーーー!!!!!」
天空より一直線に、騒ぎの中心地を落下、直撃する、少女。
地面に叩きつけた拳から直接、炎熱波を送り込む。
いわゆる、ゼロ距離爆裂だ。
強化されたグランドが、直径百メートルにわたって、めくり上がり、炸裂する。
人が木端の様に舞い上がり、地面に叩きつけられ戦闘不能になる。石打漁でもあるまいに、一瞬のウチに暴徒の制圧を完了する、炎姫、野川那智。
目が据わっている。
「なんなの!もおおおおおお!」
癇癪を炸裂させる。
ここ最近、こんな感じのイサカイ、揉め事が、立て続けに頻発していた。
この騒ぎも、野球部、サッカー部、陸上部のほんのちょっとした、グランド使用のゴタゴタが発端だそうだ。
一事が万事この調子で、隣の部がうるさいと、吹奏楽部と合唱部が、壁をぶち抜いて、音響能力戦争になったり、掃除当番を巡ってクラス全員で、デスゲームのバトルロワイヤルになったり、もう正気の沙汰じゃない乱痴気騒ぎが、休むことなく続いている。
停学になった、し巻風紀委員会長の代わりに、風祭生徒会、副会長たちは、頑張ってくれていたが、いかんせん限界がある。少しずつ風紀全般に、シワ寄せがきていた。
倒れた運動部員を避けながら、ノンビリと冬木リンが近寄って来る。
「那智、、、テニス部が、部長派と副部長派に分かれて、乱闘してる、、、、」
ああ、もう!
「風祭さんは?」
「教頭先生が暴れているのを止めに、、、、」
「はい?」
さすがに理解不能だ。
「日曜日の接待ゴルフのスコアで揉めているそう?」
リンもよく理解してないようだ。
そこへ上級生の風紀委員達が、血相を変えて走って来る。
とても、嫌な予感がする。
「の、野川さん!急いで来てくれ!二年の風紀委員の一部が、待遇改善を求めて、部室に立て篭もった!!」
「あーーーーーーーーっ
もーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」
彼女は、海を呪い、山を呪い、空を呪った。
部活練、3階、超研部(仮称)
「つ〜〜〜か〜〜〜れ〜〜〜た〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。」
目の前、向かって右の長テーブルに突っ伏して、伸ばした両手をパタパタやっている少女。
「も〜〜〜〜やだ〜〜〜〜〜!」
次に両腕をクロスさせオデコをのせて、イヤイヤしている。その度に柔らかくウエーブしたブラウンのセミロングが揺れる。
弱っている姿もまた、嗜虐心をそそられる文句なしの美少女、風紀一年、野川那智だ。
撮影していいか?と言ったら、コロス。と冗談抜きで東京湾に散骨されそうな声で言われたので、一応控える事にする。
何のつもりか知らないが、突然やって来て、呪いの呪文の様にグチグチとやりだしている。
たまたま、友樹はまだ来てはいない。二人きりだ。
パソコンゲームをやるフリをしながら、ここぞとばかり、観察しているのだが、
突っ伏した白いブラウスの脇が、呼吸のたび規則的に柔らかく上下している。マイフェチズムをくすぐられる耽美的マーベラス眼福ランドスケープだ。
彼女の上着のブレザーは椅子に掛けてある。
そろそろ衣替えの季節だ。この学園はかなり長いスパンで学生達に好きに夏服への移行を任せている。早い者はもう夏服だ。オレは変わらず白衣だが。
「て〜〜〜聞いてる?人がこんなに〜〜〜〜」
突っ伏しながら、グリンと首がひねられ、据わった片目がこちらをにらむ。
どこかの、からみ酒のオッサンのようだ。
しかしそれがまた可愛い。美少女は得である。
最近頻発してる、イサカイ、イザコザ、ご近所トラブル。
それなりの能力者達が人が変ったように暴れ争いだす。大きな被害が出る前に、風紀委員が出張るわけだが、その中で、獅子奮迅の働きを見せているのが、彼女、野川那智だ。
実際、彼女でなければ仲裁不可能の事態が多く、すでに風紀の中核メンバーと言って差し障りがない。
ないのだが、ちょっと前までは、能力はともかく、ただの中坊の女の子だ。
誰かがメンタルケアをしないとこう言った事になる。
どうでもいいが、そこでふと気がついた。
「お前さ、あの、ゼロ距離爆裂。どうして、前のヒグマドンの時使わなかったんだ?」
多分あれなら一撃で倒せただろう。
「、、、、、」
つまらなそうに突っ伏すブラウンヘアの頭。
「いちよー生き物でしょ。あれ、ちょっとさー」
眠そうに答える。
「ふ〜ん。」
いやビックリだ。こいつ、あの怪物相手に、手加減してたのか。驚くより、あきれて、目の前でへたっている少女をながめる。
彼女の方にしてみれば、どうして、今日ここで一日中、ゲームしてたという奴が、第一グラウンドで起きていた騒動の詳細を知っているのか多少気にはなった。
部室練と第一グランドの間には、L字に接続された本校舎が遮っていて見物など出来ないはずだ。
まあ、どうせろくでもない事だろう。
どうでも良くなって、本格的にダンダンと眠くなる。本当にかなり、疲れていたらしい。
ドンガラガッッシャアアアアアアアンン、
激しい金属音と共に一気に、意識が覚醒する。
「な、、、、、」
フラリと立ち上がる那智。
向かって部屋の左隅に、投げつけられたであろうパイプ椅子と共に、白衣の少年がひっくり返っている。
「うかつだよ。野川さん。そんな変態の前でうたた寝なんて!」
部屋の対角線上に開け放たれるドアと、長い前髪で、表情のわかりずらい、ポニーテールの、みず希しずくが投擲姿勢のまま、怒気もあらわに立ち尽くしている。
身近のイスを自分のそばで何かしようとしていた、しんに投げつけたのだろう。
血の気が引いていく。本当にどうかしていた。
慌てて着衣の乱れを調べる。どうやら無事の様だが、妊娠して五つ子を孕まされても文句のいえない失態だ。相手はアルカに鳴り響く究極の変態なのだから。
「あ、、、、ありがとう。」
なんとか、しずくに礼を言う。
とりあえず、窓を開け、外へ少年を放り投げる。何か喚きながら落下していった。
「気を付けてよ、ホント。何かあっても絶対責任取らないよ。あいつ。」
結構辛辣なことを言う地味子さん。
カチャカチャと当たり前のようにお茶の用意を始める。
「だよねーまずったよー」
再び椅子に座りへたり込む那智。
『そこ、、、、私の席、、、、』
しずくの動きが一瞬止まる。
「?」
那智は気が付かない。
「まてまてまて!ここ3階!死ぬから!普通!!!」
息も絶え絶えに窓から身を乗り出す少年。
白衣からのびたワイヤーが窓枠をキャッチしている。こいつはどこぞのバットマOか。
冷ややかに見つめる少女達
「だまれ。」
「だまりなさい。」
「はい、、、、」
期せずユニゾンで怒られて大人しくなる少年。
窓のプランターを倒さない様、慎重に室内に入り
バツが悪そうにコソコソとパソコンをいじり出す。
「ん、、、?」
とはいえ、なにか雰囲気がさっきと違う。
「それで、、、、ここで、何をしてるんですか。風紀の野川さん?」
一瞥もせずに紅茶をそそぎながら、しずく。
「別に。サボってるだけですよ。天文部のみず希さん。」
あからさまな敵意を感じ取り、すぐさま戦闘態勢に入る那智。なぜかとても楽しそう。
「、、、、なんだ、、、」
二人とも特に変わりがないが、何かおかしい。特にしずく。
まるでテリトリーに侵入された親ネコのような警戒と威嚇の圧力が爆発的に上昇している。
彼の知るオドオドした面影がキレイに払拭され、東アルカ最強の少女に一歩も引かず対峙している。
ゴッ、
と不可視の圧力が膨れ上がり、部室内を圧迫する。二つの嵐が音も無く激突する。
「ヘェ。中々じゃん。」
那智の瞳にオレンジの光点が灯る、デトネーション解放状態へシフトする。
「さあ、どうぞ、」
瞳に青白い炎を揺らしながら、紅茶を差し出すしずく。
那智よりは少し隣に置く。
暗にそこを移動しろと言っている。
「ありがとう。」
ゴウ、と音を立て紅茶が蒸発した。
「行儀の悪い、、、」
渦を巻いてティーポットからカップへ、生き物のように紅茶が移動する。
多数の高位能力者が一ヶ所に集まった場合、微弱な能力は発動が阻害されるのを、確認されている。各自が放つパルス波が、干渉する所為だといわれている。
つまり、いまの彼女達は、海面下の気が遠くなるような巨大氷山のような力を駆使して、海上の一角の奇跡を顕現せしめているのだ。
これは、一周回って、ある意味すごいのだが、まともではない。
部室の壁が、校舎の構造物が軋み、バキバキと窓ガラスにひびが走る。不気味な振動が、部室練を越えて、本校舎を揺らし始めている。
「いい加減にしろ!お前ら!!部室、ぶっ壊れっだろーーーー!!!」
机を叩くしん。実際は再建した校舎が再び瓦解するところだったのだが。
「あ、、、、ゴメン、、、なさい。」
しずくが正気に戻ったようだ。ポニテが揺れるのを止める。
「なんだ、つまんない。」
ペロリと舌を出す那智。サンライトイエローの髪が元に戻る。
シャレにならん連中だ。じゃれあいで部室を壊されたら、たまったもんじゃない。
「ホイホホッホ、ホイホホッホ、ホイホイホホ〜〜〜。」
変な鼻歌ともに、茶髪メガネが入って来る。
「ち〜〜〜す。お、今日は賑やか、、、あああ〜〜〜〜!!!!」
一人で騒いでいる。困った奴だ。
「友樹くん。うるさい。」
いつもの定位置に戻った、しずくがたしなめる。
その正面、オレから向かって長テーブル左サイドに、興味無さそうに紅茶をすする那智が居る。
ポジション問題はそれで解決したようだ。どっかハジに避ければいいものを、わざわざ友樹の自作パソコンをどかして、那智は席を確保する。
よくわからん、女子二人だった。
かわいそうに、友樹のパソコンはゴチャゴチャと部屋のすみに放置されている。
「ああ、、、う。」
「こんにちわぁ♡友樹くん。」
立ち尽くす茶髪メガネに、今日一番の営業スマイルを向ける那智。
当然、誰かはわかっている。一応友樹とはクラスメイトだし、部室が華やくような高エネルギーを放つ美少女だ。
「あ、ははは。ちわ〜。野川さん。」
負けんな〜〜〜友樹〜〜〜〜〜!
オレの無言の声援むなしく、コソコソとしずくの隣へ、パソコンを組み出す茶髪メガネ。
そうとう爆弾女を警戒している。無理もないが。
「わっ、、、ばばばば〜〜〜〜〜!」
セットが終わった友樹が、再び、素っ頓狂な声をあげる。にぎやかな奴だ。
いつの間にか、開いていたドアの所に、幽鬼のようにたたずむ、プラチナショートボブの、
これも、美少女がいた。
「リン?」
那智も驚いている。ミスディレクトの黒Oか、ステルスもOのような特殊スキルでも持っているような、たたずまいだ。
いつから居たのか誰も気づいていなかった。
「那智、、、仕事、、、、」
ポツリとつぶやく。
「え〜〜〜〜や〜〜〜だ〜〜〜〜〜〜」
再び、営業スマイルはやめてダダをこねだす、炎姫さま。
「まあまあ、リンさんも少し休憩していってくださいな。」
いそいそと紅茶の用意に入るしずく。
ここは、喫茶店ではないのだが。
女子が増えて嬉しいのだろうか。地味子さん楽しそうだ。
ここぞとばかり、リンを隣に座らせる那智。
「ほらーここの紅茶、中々おいしーよ!しずくにしては。」
いちいち、挑発を混ぜる那智。やめろ、バカ。
「野川さんは、お茶うけなしね。」
にこやかに笑うしずく。
「、、、、、」
しかたないと思ったのか、おとなしく座るリン。
無表情は変わらない。
「ああ〜〜〜〜ウソ!冗談だから!ごめんなさい!しずく〜〜〜!!」
ジタバタする那智。
わざわざオーブンレンジまで持ち込んで作る、しずくのスコーンは確かにうまそうだ。
いや、オーブンなんか持ち込むなよ。
「おーい、なによ〜〜あの二人〜〜」
いつの間にか、隣に来てしゃがみこんでいる、茶髪メガネ。
本当にリンが苦手のようだ。
そして、思い至る。
「まさか、、、、冬木リンも!」
「とうぜん!オレのヨメだ!」
勝ち誇る白衣の変態。
あれは、彼女の両親がまだ生きていた頃だ。
フワリとしたプラチナのロングヘア。妖精のような母親と、細身の度の強いメガネの父親。二人が、静かに彼女を見守っていた。優しそうに、愛しそうに。
冬木リンは、コロコロとよく笑う。明るい、ほがらかな女の子だった。
「、、、、、、」
無言で、紅茶を嚥下する少女が見える。
その横顔は、周囲を拒絶し、他者を受け入れない、吹雪舞う隔絶した厳しい冬の国の、氷の結晶ような、冷たく透明な美しい輝きを放っている。
そしてそれは、例えようもない、孤独そのもの。
「なにが、あったのかね。ほんと。」
白衣の少年には想像もできなかった。
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