第9話 モンスターパニック


「なんじゃこりゃあああああーーーーーーーーー!!!!」


生物化学センターの減菌室をぬけて、更衣室にて、素っ頓狂な声をあげる、茶髪メガネ。


白い看護師が着るような、無塵衣をつけ、半透明のキャップと、マスク装備だ。


そこまで着といて、驚いている。さすが友樹。ゴリゴリのノリツッコミである。

「あ、お前は、いつもどーりなんだ。」


そう!着衣は着替えているが、上着はいつも通りの白衣だ。(除菌済み、持ち込み物、ギミックなし。)

「マッドサイエンティストの正装だっ!」

変なポーズを決める、しん。

「他の白衣の人たちに、謝れな。おまえ。」

死んだ魚のような目をしている茶髪メガネ。


「で、何だよ。ここは?オレはモフモフペットのお世話って聞いた!」


だだっ広い白い室内を何列かに分け、ステンレスとガラスの棚がズラリと、一面を埋めている。

中のゲージには、白いネズミたちなどが、飼われたいるようだ。恐ろしい数である。

ケースの上にはパイプが走り、ゲージ内の空調を制御している。


「いるだろ!マウスにラット、ウサギにモルモット、そんで、地下には犬もいるぞ。」

嬉々として解説する少年。

「想像してたのと、ちゃう!まさか、ここって、、、、」

頭を抱える友樹。


「そのとーーーーり!実験動物の飼育施設だ!」

「やめろおおおお!ウサやんこっち、見てはる!お口モグモグしてるやん!」


「うるせーよ!どこのメルヘン少女だ、おめー!ウサギはなあ、ドレイズテストって言って、体を固定され、試験物質を点眼され、反応試験に使われるんだ。

涙腺の発達してないウサギは、刺激物を涙で流す事もできず、3日のあいだ、のたうち回って苦しんだあげく、殺処分され解剖される。

そうやって、数多の犠牲の上に、人間様の使う化粧品やシャンプー、医療品の安全は、もたらされてんだ。ボーッと生きてんじゃねーーーよっっ!」


「やめろよぉぉ〜〜ひで〜よ〜〜おウチかえるぅ〜〜」

しゃがみ込んでしまう茶髪メガネ。おもいのほか動物好きだったらしい。中々からかいがいがある。


ほとんど無人で問題ないオート飼育室だ。

バイトのやる事といったら、目視の項目チェック。異常の報告。高圧蒸気減菌装置による飼育機材の洗浄などがある。

単純だが、数が多い。


ゲージ内をチェックしながら、天井の白いドーム型の監視カメラを見る。

見張ってはいるのだろうが、バイトだけで、これだけの施設を任せるのは、おかしいと言えばおかしい。


ネットのウワサでは、この研究所は、動物関連法規に準じていないだの、違法な遺伝子実験をやっているだの、まことしやかに囁かれている。

ま、高額バイトだ。目をつぶる。


しかし、地下には職員も、絶対立ち入り禁止の区域も存在する。

胡散臭いといえば胡散臭い。


ズラリと並ぶ実験動物たちのゲージを眺めていると、ろくでもない妄想に駆られる。


一昔前、能力者の保護機関、アルカや、その前身のクレードルなんとかが、生まれる前は

能力者達も、実験動物として、国家レベルで扱われていた事があるそうだ。

おおよそ、人権を無視した研究が行われていたと言う。


プラチナのショートボブの少女が、この施設を指さすのを思い出す。

テレパスがいる。と。助けを求めている。とも。


今現在、この足元の地下に、能力者が捕らえられている?このアルカで?


「いやいやいや。ないわ〜〜。さすがに、、、、」

妄想を無理やり振り払い、作業に戻ろうとする白衣の少年を

凄まじい衝撃が襲う。


ズゥッドォオオオオンン、


耐震設計を無視した振動が、ガラスゲージを薙ぎ倒していく。

たまたま壁際にいた少年は生き埋めを避けられた。同じく入り口付近で、ヘタっていた友樹もかろうじて無事だ。


事態は、山下しんの妄想を越えて展開して行く。


同時刻

生物化学センター前の土手の階段で、手すりに掴まりながら、リンがうめく。

「いけない、、、、、ダメ、、、、」

美貌が苦痛に歪む。


照明が赤く切り替わり、アラームがうるさく鳴り響く。避難勧告のアナウンスが続くが、防音性の高いこの施設に人の悲鳴などは聞こえない。


数度の振動の後、デカイ、ホームセンター張りに広い飼育室の、奥の床が、ゲージごと爆散する。

「なん、、、、だ?」

あっけにとれれる少年の視界に、黒い巨大なかぎ爪が写る。それには巨大な鉄の鎖が拘束具として巻きついていたが、アメのように引き千切られている。


ユックリ地下から、巨大な影が現れる。


「ヒグマ、、、か?」

違う。

遠くに見えるそれは、室内の縮尺が狂った様に巨大だ。

高い天井に頭部が擦れ、屈まなければ行動はできないだろう。両目は真っ赤に血走り、獣毛に覆われネジくれた強大な筋肉が爆発的な圧力を放つ。

推定身長8メートル越え。絶滅したクマ系最大の動物。


アルクトテリウム アングスティデンスだ。

その顎には巨大なドーベルマンが子犬のような縮尺で咥えられている。

下の実験動物だろうか。


「し、、、、」

「黙れ!」

鋭く友樹を制す。幸い奴は入り口のすぐそばだ。

「ユックリ、、、静かに外へ、、、、目は離すな、、、、」

多分、ヒグマの強化版だ。対策も同じ様なものだろう。

何度も頷きソロリソロリと退避する茶髪メガネ。


ビシャッ、

低く唸りながら咥えたドーベルマンを吐き捨てて、こちらに移動を開始するアルクト。


まずい、なんでか知らんが、こいつ、激おこプンプン丸だ。

なぜか、完全にロックオンされている。

これでは、クマ対策も何の意味もない。襲われたら人間などひとたまりもないだろう。

ヒグマの走力が時速60kmだ。それ以上であろうこれに、逃走も不可能にみえる。

自分もジリジリと出口に向かってはいるが、かんばしく無い。

壁側サイドは、比較的動線は生きているが、障害物はそれなりにある。

簡単には逃げられない。

絶望感がハンパない。

なんで、生きながら食われるハメになるのか。泣きたくなる。


アルクト熊の開けた穴から、ぴょんぴょんと奇妙な鳥が数匹、飛び出している。

チョコボの様なそれは絶滅したドードーのようだ。


どうやらこの研究所はクローン実験で絶滅種を復活させていたらしい。

どうせなら、Tレックスにして欲しかったが、何とかパークのパクリになるから辞めたのだろうか。


一瞬、豹の子供の様な影が走った様な気がしたが、すぐに消えた。

同時に友樹が部屋から脱出できたようだ。自動ドアの開閉音に反応して、すぐ目の前の悪夢のような巨大な怪物が雄叫びをあげる。


「あ、、、、」

暴風のような横なぎの一閃が、少年の胴体を真っ二つにする。

その寸前、


ズッッッドオォオオオオンンン、


バキバキと破砕音を撒き散らしながら、飼育ゲージを吹き飛ばし、8メートルの巨体が部屋の対角線、はるか四隅にゴムマリの様に飛んでいく。


ストンと前蹴りを決め、軽やかに着地を決める少女。

白い一高の制服、緑の風紀の腕章、フワリとしたブラウンのセミロング。東アルカ最強を謳われる美しき炎姫。

野川那智、だ。


「何やってんの?あんた。」

心底あきれたように、少年を振り返る那智。


研究所の防音設備のせいで、彼らは気づいていなかったが、少し前から生物化学センター周囲にはパトカーが集まり、騒然とした様相を呈していた。


違法遺伝子実験が発覚し、強制捜査が始まっていたのだ。

違法能力開発の疑いもあり、特殊四課も出動。たまたま出向いていた那智も、見学について来た。

というワケである。


グルゥワォオオアアアアアアアアア!

瓦礫を吹き飛ばし巨大熊が跳ね起きる。怒りのあまり、四方に涎を撒き散らし、辺りを粉々にしていく。


「なに、あの熊。」

イヤそうに顔をしかめる那智。

「う〜〜ん、」

少しマズい。スーパー那智キックを、

あれだけデタラメな衝撃運動エネルギーを食らってもクマドドンは大してこたえてない様だ。

恐るべき太古の野生パワーという所か。

後は、彼女の爆烈で消し飛ばすのが早いが、あの怪獣を退治するレベルの能力を室内で開放すればどんな被害が出るかわからない。


「おい、那智。あれ、どっか外持ってって、ドッカンしちゃって。」

「え?やーよ。なんか、ケモノ臭い。」


結構どうでもいい理由で拒否るな、この女。


グルワオオオアアアアアアアアア!!!


とか、漫才やってる場合ではない。

巨大なダンプカーが直立して突っ込んでくる感じか。中々の迫力だ。

「額にキックだー!」

「とーーーー!」

少年の指示に反応して少女の姿が消える。


ダッッガアァアアアンン、


地響きを立てて巨大な熊の額に、少女の飛び蹴りが炸裂する。

見事なカウンターだ。凄まじい突進エネルギーが相乗され、熊の弱点とされる、額を見事に打ち抜く。


が、地響きを立てて尻もちをついただけだ。依然、マグマのような殺意を撒き散らす。


多少押し負けたらしい。少女が少し後方に着地する。


そこへ戻って来た茶髪メガネが白い塊を投げてよこす。

「しん!受け取れ!!」


「ナイス!友樹!」

着ている白衣を投げ捨て、塊をキャッチする。

それは、いつもの白衣だ。イロイロ細工付きの。


ドン、

天高く飛翔するしん。


「はああああーーーーーー!今こそ見せよう!我が一子相伝、必殺奥義!じっちゃんの名にかけて!!」

ガバッと後方へ両手を引きつけ、気を溜める!


「か〜〜め〜〜は〜〜O〜〜」


眼前に巨大グリズリーの顔面が迫る

凄まじい右フックを身体をひねって間一髪かわす。そして!


「はあああああああ!!!!」


突き出した両の手のひらから、金色のエネルギーが、、、

出なかったが、白い白煙が吹き出す。


グワッガウワオオオオオオ、


悲鳴を上げて巨大ヒグマドンが地に倒れ伏せる。

凄まじい効き目だ。それは以前、那智に使った、白衣標準装備の催眠ガスである。


「ほら、、、効くだろ、、、普通、、、」

勝ち誇りながら巻き添えで倒れる少年。今日はガスマスクは無い。


「よし、逃げっか、、、」

巻き込まれそうなので、避難を始める茶髪メガネ。付き合いが良いのか悪いのか微妙な奴だ。


「何やってんの!バカ!!もーーーーー!」

小型の爆烈でケムリを払い、退避する那智。えり首を掴んで何とか少年も引きずって出る。


もう、グダグダだ。

施設周辺は逃げ出す動物たちで大混乱している。見たこともないゴリラや、ヘンテコな四足獣が右往左往している。

喜んで解説しそうな少年は気持ちよさそうに寝ているし、彼女には何なのか、見当つかなかった。


「なっちゃ〜〜ん。大丈夫〜〜〜?」

妙に間延びした呼び声がかかる。

「牧さん!」

警察、特殊四課の牧しのぶ警部補だ。


姉、野川智由の同級生で、那智も以前からの知り合いである。

背が高くスリム。

クリンクリンの外ハネ、黒ロングヘアで、糸みたいな細い目でいつもおっとり、ホワンと笑っている。

おおよそ警部にはみえないが、異常な統率力で部下を指揮する。


「なあに〜〜怪我しているの〜〜?」

彼女の引きずっている白衣の少年に気が付いたようだ。

悪い人ではないが、この間延びした話し方は何とかしてもらいたい。と思う。


「て、、、いうか、寝てるだけでして、、、う〜〜ん。」

自分でもどうしたもんかと首を捻る。

「い〜わよ〜。一応、病院に運ぼ〜〜。」

ノンビリとだがテキパキと部下に車を回させる。


「ん〜学生だよね〜〜?」

イヤな予感

「白衣で〜〜」

ポンと手をたたく牧


「ああ!山下しんだ〜〜〜ちーちゃんの言ってた〜〜〜なっちゃんの〜〜〜〜!」

「わあああああああああ!牧さん!やめて〜〜〜!ダメ〜〜〜!!!!」

真っ赤になってジタバタする那智。

「あらあら〜〜〜まあまあ〜〜よく見たら〜〜中々可愛い子ね〜〜〜」

ホワンホワンととても嬉しそうな牧。


警察車両、いわゆる覆面パトカーの後ろに、少年を放り込んで、イロイロ聞く気満々の女警部補がエンジンをかける。

隣の那智は、今日はホントに厄日だとシートベルを締めながら憂鬱になる。


視界のすみに見覚えのある人影を見た様な気がする。

「リン、、、、?」

が、すぐに河原の土手は見えなくなり、真偽は分からなくなる。


混乱の続く現場の騒乱が遠くなっていった。


足元に揺れる土手の草、

それをかき分け、豹の子供のような影が、小柄な少女の足元へ走る。

それをユックリと抱き上げる影。


プラチナの髪と薄い光彩の、ライトブラウンの瞳が風に揺れていた。

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