第2話 クリミナル

ツナミ事件の数週間前、


東アルカ 住宅区域 とあるマンションの一室。

「ほら、急げー。遅刻するぞ。」

縦長のリビング、ダイニングのキッチンテーブルで朝食をかき込む妹。

「ほんほは、むほほふふはも。」

まったく、なにを言ってるか、わからない。

「食べながら喋るなー。ばか那智。」


こいつは、いくら起こしても起きない時がある。

「野菜から食べな。残すなよ。」

「ほむはむむ!」


「はあ、、、、」

ため息する、女性。


海を望む12階の最上階。教職員の給料では、足が出る広さ、設備を誇るマンション。

能力者優遇物件だ。

住宅区域は学園区を囲むように配置され、他の区域より割合は少ない。さらに

都市デザイン計画と、高層住宅の児童への情操教育の影響などなどで、この辺は超高層マンションは存在しない。


オフィス地区、行政区、アルカ中心部に向かうにしたがって巨大な建設物のるつぼとなる。


最上階からの海辺の景色は、最初は感動したものの人間、意外に慣れるもので、最近は、特に感慨も無い。

夜景は綺麗なのだが。


「朝は、エレベーター混むんだから、ちゃんと、起きなよ。」

移動式のドレッサーを片付ける。今日はファンデのノリがイイ。


開けたベランダの小窓から、気持ちのいい風が微かな潮騒を運ぶ。

「智由姉こそ遅くまで仕事?モグモグ、目の下のクマ隠せてないよ。」

パンを頬張りながら、那智。

こいつはたまに、細かい。少しイラッとする。

「それに、ベランダから、ポーンと飛べばすぐだよ!」

「あんた、、、今度やったら今月小遣い無しね。」

お前は、どこぞのスーパーマンか。

以前、女子高生が12階から飛び降りて、大騒ぎになった事がある。


「え〜〜〜〜っ。ち〜〜ゆ〜〜〜ね〜〜〜」

ジタバタする那智。

ほっとくと、たまに、とんでもない事をする。

「ぶ〜〜〜〜〜」

大人しく朝食に専念する那智。


「そういえば、憶えてる?山下君、、、だっけ。

あんたが、小さい頃、仲の良かった、、、天宮第一に受かったみたいよ。」

携帯を出す。

電影スクリーンが宙空にA4サイズのニュースペーパーを開く。

便利だが、気を付けないと、個人にカスタマイズされた、かたよった、情報ばかり集めてくる。


「ぶーーーーーー!」

「ゲホッゲホッゲホッ。」

向こうで那智がむせる。

「な、何やってるの?」

「それって、、、しん?」


むせてるのか、真っ赤になっている。

どうやら、憶えていたようだ。短い期間であったが、那智には珍しい男の子の友達だった。

すぐ、引っ越して行ったのだが。


「入学のメデカルチェックで見つけたのよ。昔みたいに、ちっちゃくて可愛かったわよ。

背丈が伸びれば、モテそうなのに残念ね。」

「ち、智由姉、、、、!」

まだ、動揺している。

段々面白くなってくる。

「ああ、まだ、成長期か。いい男になるかもね〜〜」

「智由姉!!」

さすがに、怒りだす那智。

「いい加減にしてよー」

食事をコーヒーで流し込んで立ち上がる少女。

ガタ、

「、、、、!」


スリッパの小指を、テーブルにぶつけて、悶絶している。

まるで、コントだ。

さすがに、可哀想になってきた。


「ゴメンゴメン。早く用意してきな。片付けとくから。」

「う、うん。」

半泣きの那智。自室に向かう。


「でも、変なんだ。」

つい、つぶやいてしまう。

その声色に振り向く少女。


「彼、昔の記憶を失くしてるの。私達のこと、忘れていたわ。

何があったのやら、、、」


「記憶を、、、、」

立ち尽くしている、那智。


現在、天宮第一学園。放課後。


那智とテレパス少女、リンのコンビが、廊下を行く。

甲乙つけがたい美少女ふたり、目立つ事、この上ない。男子生徒達は羨望の眼差しを隠せない。


「なーにが記憶喪失よ。ドラマじゃあるまいし。信じらんないっしょ。」

「、、、、」

「でしょ!でもマジ、忘れてんの。あいつ!」


少年の事をグチる那智。相手は無口なリン。一方的にまくし立てる。

「なんか、アタマくる、、、、」

姉の言葉が蘇る。


『精密検査をしないと何とも言えないけど。かなり高度な精神操作の可能性があるの。で、、、国内でそんな芸当ができる能力者はかなり限られて、ここのアルカには1人だけ、、、、』


(瀬里奈副会長、、、、、)


なぜそんな事を。そもそも、あのバカと、あんな綺麗な女性との接点が想像つかない。 

わけのわからない少女だった。


「那智、、、こっち。」

ボソリとリンがつぶやく、


そうそう、今日の風紀委員は隣の会議室、集合なのだ。


考えてても仕方がない。アイツの事はいったん保留。

会議室のドアを勢いよく開ける那智。


「失礼しまーーーーす!」


照明を落とし、暗幕を張った教室に、信じられない光景が展開している


「な、、、、、、」


半裸の女性達が、プールサイドで、戯れている。


いや、ここは会議室のはず。

あっけに取られる那智。

どの女性もバツグンのプロポーションだ。


「、、、、立体映像。」

ポツリとリンがつぶやく。

「え、、、、ええ、、、、っああああーーーーー!!」

恐ろしく高解像度のホログラムだ。

リアルと区別が難しい。若干、環境音がショボイが、それは、ここのシステムの問題だ。


ここに至り、やっとそれが、最近、生徒会で催された女性限定の歓迎パーティーだと気付く那智。

リゾートエリアの高級ホテル。最上階の温水プールだ。バックに輝くように太平洋が広がる。

水着の女性達。瀬里奈に凪。リンに姉の智由。なぜかシャカリキに泳ぐ自分の姿もある。

くつろぐ風紀委員長のし巻八重にシーンが移った時、唐突に映像が落ちる。



ゆっくりと、ブラインドが開き始め、教室に光が戻る。

「これが、最近学生間に流通している、盗撮映像のひとつよ。」

正面の教員卓に風紀委員長2年。ツインテールのし巻八重。前面に3Dプロジェクターを置く。

「女性の敵にゃ。」

横に副委員長のフワフワロングヘアの、和久井リラ。他、会議テーブルに数名の風紀女子委員達が座る。

男子委員は追い出されているようだ。


公開される、能力バトルシミュレーションのおかげで、高位能力者の女子はプレミア付きで人気が出たりする。写真、映像の需要はかなり高い。


盗撮は、必然的に生徒会や、役職付きの生徒が狙われる。

メンタルの弱い子は、不登校に陥ったりもする。座視すべき問題ではない。


「かなり大がかりのルートがある様よ。今の映像も複数の小型ドローンによる、本格的な3D撮影ね。他のコンテンツもバカみたいにクオリティが高いわ。」

普段、冷たい、し巻先輩の声が、さらに冷ややかに侮蔑と、軽蔑が混ざったものに変わっていく。


「締め上げた男子生徒によると、写真部、映像研が絡んでるにゃ。さっそく、ぶっ潰しに行くにゃ。」

にこやかに物騒な事を言うリラ先輩。


「証拠を掴むまで、自重しな、リラ。」

一応、いさめる、し巻。

「男子風紀委員には、ホームページから、追跡させてる。」

アングリする那智。

犯人は堂々とネット販売まで手掛けているようだ。

「那智達は、リラと写真部。

後の者は私と映像研究部だ。行くぞ。」


一斉に席を立つ一同。

天宮学園において、風紀委員は、治安維持。綱紀粛正の泣く子も黙る実動部隊だ。

その権限は学園外部、アルカ全域に及び。警察、民間特殊警備会社、制定部隊とも、密接な繋がりを持ち、あらゆる事態に対応できる実力者で固められる。

また、身内に被害のあった場合の取り締まりは、し烈を極め、徹底的に容赦なく完膚なきまでに加害者、グループを叩き潰す。


今回の犯人は、よほどの命知らずの、愚か者らしい。



翌日、部活練3階、化学室のとなり、使われていない準備室

超研部(仮)


「ウハハハハハハ!今月も売り上げ絶好調ゲスよ〜〜!」

パソコンを前に大笑いする、しん。

「お前なあ、、、それ、マジ、犯罪だぞ。」

さすがの友樹もイヤそうだ。


「う〜〜るさいザマス〜〜部費0円の我が部の重要な活動資金だぞ!

中学の頃から築いた、1〜4高に渡る一大ネットワーク!変態と言う名の紳士達の集いし場所。生JKの青春の記録!1番人気は瀬里奈副会長の3Dデータだな!」


モニターには女生徒達のプロフィールが並ぶ。まるで、どこかのアイドルグループのホームページだ。


誰それ、何がし、語るまでもない。盗撮犯人は、山下しん。かの少年であった。


さて、

この物語はフィクションです。

実在の人物、団体などとは関係ありません。

盗撮は

迷惑防止条例違反

軽犯罪法違反

住居侵入罪、建造物侵入罪

児童ポルノ等禁止法違反に該当し、逮捕されます。


確認の上、物語をお楽しみ下さい。♡


「映像研も写真部も風紀に潰されてるぞ。お前にたどり着くのも時間の問題じゃね。」

ネトゲをやりながら、友樹。

「ほむ〜〜」

偉そうにソックリ返る少年。

「彼らには協力してもらったが、そこから足が出るような、付き合いはしてないよ。

来れるもんなら来てみなさいって事。

ウハハハハハ。」

自信たっぷりに請け負う、しん。


バン、

唐突に準備室のドアが開く。


エスケープボタンをタップ。ホームページは落ち、全ての履歴は削除される。

入ってきた人物を見て苦笑いするしん。

エロゲーの最中に家族のガサ入れをくらうのは、こんな感じだろうか。

心臓がバクバクする。


「あなた達!部活の申請はしたの?もうすぐ、締め切りだけど。」

真面目な地味子さん、みず希しずくだ。


ポニテがピョンピョン跳ねる。癒されるわ〜

などと言っている場合ではない。

「あ、、、、そういや、、、、」

なんかそんなもんが、あったような、ないような、、、、

ゴソゴソと机を見る。

今時、紙の申請書なんて時代錯誤もはなはだしい。

「あ、これだ。」

バッチリ幽霊部員だらけだが、5名揃ってる。


「これだ、じゃないって!もーーー!まさかと思ってきてみれば!」

バシ、

と机を叩き、腰に手をやる。

最近、アクティブな地味子さんだ。

成長を見守る、おとうさんの気分になる。


「生徒会、行くよ!ほら!ついてってあげる。」

「げ、やだよ!あんな所行くと、闇属性だから、灰になる。」

「わけのわからない事を〜」


ドタバタとしずくに腕を取られ、行ってしまう、しん。


「う〜〜む。」

机に突っ伏す。

「いいな〜〜あれ。」

まるで、よくできた世話女房だ。ひとり残される友樹だった。


天宮第一学園、セカンド生徒会室。通称、生徒会会議室。


「それで、盗撮の主犯は見つかっていない、と。」

ホワイトボードの前、窓際で、つぶやく、あらた生徒会長。

別に責めている口調でもないのだが、風紀委員の面々が、重く顔をふせる。


空気が重い。

なんで、自分まで、報告に同席しなければならないのか、わからない那智だった。

長い会議用のテーブルには、左に風紀員長のし巻、そしてリラ、

次に那智とリン。

右側に、瀬里奈副会長、葵さんの席。次に風祭副会長、凪さんと並ぶ。


隣に会議室があるのは、下(3階)の風紀委員室と同じだが、やや、小ぶりのここは、透明度が変化するガラスのパーティションに区切られ、第一生徒会室の延長として、使う事ができる。

現在はすりガラス状になり、となりの部屋とは、隔たれている。

全体的に明るく、おしゃれで、うらやましい。


「どうぞ。」

音も立てずに、高級そうなティーカップが置かれる。

「ど、どうも。」

立ち居振る舞いが、なんてキレイな人だろうと思う。


椎名 葵。

瀬里奈副会長の家付のリアル執事だそうだ。

なにかのプレイではない。

濡れるような黒髪、神秘的な切れ長の瞳。

ファンクラブ発足の噂も無理からぬものだ。


「映像研、写真部とも少々やりすぎとの話が、ありますわ。」

対面のし巻を見ながら、瀬里奈。

「甘い事やってられないんだよ。現場はね。」

冷ややかに応じるし巻。


「なんで、あんな仲、悪いんだろ。あのふたり、、、」

思わずつぶやく那智。事あるたびにもめている。

「お二人の家の問題ですよ。」

そっと、耳打ちする葵。ゾクリとする、イケボだが、さして気にもしない那智。

「へ〜〜」

苦笑しながら葵、

「お嬢様の家の会社が、し巻様の会社を買収、合併してしまって。色々と、、」

「あー!お家そうどーてやつ!」

訳知り顔で、なっとくする那智。


短くせき払いする、あらた。ゆっくりと会議テーブルに片手をつく。


「あ、やべ、、、」

声が大きすぎたようだ。口を押さえる少女。

何事もなかったように下がる葵。


「生徒会が風紀に口出しする事ではないよ。瀬里奈くん。」

どんよりとした瞳が見つめる。

「すみません、ですわ。会長。」

身を引く瀬里奈。


「しかし、我が学園の風紀委員の調査力も半端な物では無いはずだね。し巻君。」

「は、、、はい。」

ひるむ、し巻先輩というのも、あまり見たことがない。


空気がますます張り詰めていく。


「内々で片付けてあげないと、犯人君のためにもね。」

警察や制定部隊の介入の事だろう。一高のメンツもある。


「生徒会も全面協力に入ろう。報告は密に。手段は問はない、徹底的にいぶり出し、、、、、」


緊張が頂点に達しようとした時。


ドタバタとドアが開け放たれる。

「ウハハハハハーーーーーーーー!」

ブワッサアと白衣が舞う。

「ち〜〜〜〜〜〜す!生徒会はここっすか〜!部活申請す〜〜〜!

予約ないとだめすか〜〜〜!帰りますん〜〜〜〜!」

賑やかに乱入する少年。

「バカ〜〜〜!やめなさい〜〜〜!」

小声で必死に止める、しずく。


「会議中と言ってるだろうが!!」

後からわらわらと生徒会委員が取り押さえに来る。


「な、、、、」

硬直する那智。

そういえば、なんでコイツは白衣なんだ、と、今更ながら、思う。


「し、、、ん?」

立ち上がる瀬里奈。


姿が消える葵。

直後、巨大な体躯の風祭に制されている。

表情が真っ白だ。


「おー!オッサンがいるぞ!しずく!」

ヒソヒソとしん。風祭の事らしい。

「やめなさい〜〜!」

泣きそうな、しずく。


無骨そのものの、風祭の眉間に青筋がはいる。

となりの凪が顔をそらして、ふるえている。可笑しいのだろうか。


騒動が収拾がつかなくなると思われた矢先。


「いいよ。下がりなさい。」

にこやかに、委員達を制すあらた。


「君は、1年のみず希しずく君だね。」

真っ直ぐに少女を見つめる、どんよりとした目。

少年はまるで眼中にない。


「え、、、あ、、、は、はい。」

射すくめられ、硬直するしずく。オドオドした少女に戻っている。



「みず希、、、ああ。」

言われて初めて彼女の存在を認識する瀬里奈。

そして風祭達。


「へえ、、、この子が、、、」

どうやら、し巻先輩も何か知っているらしい。

さっぱり、わからない那智。


彼女に、なにかあるのだろうか。言っちゃなんだが、かなりヤボったい子だ。

失礼な事を思う那智が固まる。


しずくとあらたの間、ついでに生徒会の面々からもだが、遮るように立ち入る、しん。

若干、彼女の方が背が高いのだが、親鳥に守られる雛のような安堵が浮かぶ。


少年は、ヒョロ長ノッポのあらたとは、あたまふたつ以上、身長が低い。

白衣のポケットに両手を突っ込んで、その生徒会長をのぞき込む。


「あんた、何してるの。こんなとこで。」


それは、彼女の記憶にまったく無い、冷たい冷えびえとした口調だった。

驚きは、瀬里奈副会長も同じだったようだ。

わずかに、硬直する。


そして、庇われる少女、しずくにいたっては、おびえ、ふるえてしまっている。


「それは、どう言う事かな。」

初めて少年を認識したように、彼にフォーカスしていく、あらた。

平坦な物言いは普段と変わらない。


「いや、、、気のせいやん!」

ニンマリ笑う少年。

いつもの軽佻浮薄さが戻っている。

「あっちの兄さん達にシンセイショっての、渡しとくさかい、あんじょうよろしく、たのんまっせ!だんな。ほな、さいなら〜〜!」

ウサンくさい関西弁で去っていく。

ついでに、しずくの向きをクルリと回し両肩を押して、持っていく。


あらた以外あっけに取られる一同。


「ハッ、ま、待て!キサマ!!」

追おうする、葵だが、再び、風祭に押さえられ動けない。

加速に特化した彼を、簡単に制御するのだから、凄いものだ。

葵の暴走の制止を頼んでおいてよかったと思う、瀬里奈。


「誰かな、あれは。」

感情の乏しい瞳が向けられる。


「以前、波力発電施設に無断侵入した、山下しん。ですわ。」

「ほう、」

あらたの表情を観察する瀬里奈だが、そこから何も読み取れなかった。


(あんた、何してるの。こんなとこで。)


しんの言葉。自分の感じる違和感に共通するものがある様な気がする。

生徒会長に感じる不安が大きくなる瀬里奈だったが、なんとか揉み消そうとする。

不知火 あらた3年。天宮、4校のトップ。第一学園、生徒会を二期に渡って統治し、不足なく、運営する力量。人間に間違いは無いはずだ。

そう思うのだが、、、、


バタバタと少女を押していくしん。

「も、、、もういいから!しん!」

真っ赤になるしずく。

「そうなん。う〜〜〜〜ん。」

彼女を解放する、しん。なんか、楽しくなってたようだ。


さすがに、この時間。学内に生徒達はまばらだ。部室に戻るには、階段をひとつ降りて、部活練の接続まで歩かなければならない。

広い学園も考えものだ。


先を行く少年におずおずと聞いてみる、しずく。

「さっき、、、どうしたの?君のあんなこわい声、初めて聞いた、、、」


「いやー、あれだよ。ほら、」

なぜか、照れ臭そうに頭の後ろで手を組みながら、先を行く。


「ああいった人間は、昔見たことがある。おおよそ、ありえねーんだ。

あんな、お仲間の中に、ポンとまぎれ込んでんの。」


ああいった、とは?なんだろう。


「大丈夫なんかね、この学園。」

どうでも良さそうに、しん。


「そう、、、なの?」

彼女には、何の事か理解できない。

「ま、気にすんなって。オレらにゃ関係ねーよ。」

「う、うん。」

かすかな、不安が残るしずく。

「ところで、しずく。」

グリンと上体をひねり、振り向くしん。

「お前なんで、生徒会で有名なの?」

もうすぐ、部室練近くだ。


「あ、、、そう言えば。」

彼女自信、失念していた。

「わかんない。なぜでしょう、、、?」

「ふ〜〜ん。」


(なんで、こんな地味子さんが、、、)

と、那智と同レベルの事を考えてそうな、少年だが、もう少し真剣に考えてみるべきだった。


しずくとしん。ふたり共、知る余地もないのだが。


同日 19:00

東アルカ  研究学園区内 第三創薬基盤研究所

3階建、近代的な施設の、車両搬入口に、2tの白いドクターカーが横付けされる。

搬入される医療カプセルは、シールドに覆われ、中の人間は見えない。


医療スタッフに混じり、長身の黒いロングコート、ジノ フィッシャーと白いコート、赤いミニドレスのエイダ レスターの姿が見える。


「ミスタージノ!」

グレイのオールバック、髭面、神経質そうな白衣の男が歩み寄る。

外資系の施設だからか、スタッフの大半は外国人だ。

医療カプセルを、次々と施設の機材と繋いでいる。


「困りますよ。こんなモノ持ち込まれても。専門外です!」

片手で頭を掻きながら、小声で訴える。

禿げた黒い頭、丸い小さなサングラスの男は表情を変えない。

明らかに、違法の検体だ。厄介事に巻き込まれるのは、目に見えている。


「大丈夫。大丈夫だ先生。」

肩を叩いてやる。

後ろでエイダが冷ややかに笑う。


「上の指示通りにしていれば、間違いはない。

ほら、サポートの増員も、置いていく」

後ろをうながす。

「ひ、、、、」

怯える研究所主任。


いつの間にか、幽鬼のような影がたたずんでいる。

黒いウエーブがかかった髪が、幾重にもコケた頬骨にかかる。鋭利な瞳には、ユラユラと狂気が宿る。両耳に二つずつ、赤いイヤリング。

ボウ、

薄いくちびるに貼り付くタバコが、突然、発火する

「の、、、能力者、、、、」

後ずさる主任。


「ミスター溝口だ。Bクラスの火使い。都合の悪いものは何でも焼却してくれるよ。」

ささやくジノ。

「君たちのガードマンだ。」

見張り役、なのだろう。


「わ、、、わかりました。」

ゴクリと息を飲む、神経質そうな研究主任。


スタッフ達が、医療カプセルとの、接続を終わらせる。

「体温、呼吸、脈拍、血圧、すべてのバイタル。正常です。」

女性スタッフがデータを読み上げる。


カプセルのシールドがゆっくりとクリアになっていく。

「Aー01、、、アンバーTYPE1、、、、」

思わず口ずさむ主任

「これが、、、アメリカで昔、開発された、違法クローン。生体有機バイオ コンピューターか、、、」


カプセルに眠るのは、年の頃14才くらい、アッシュブロンドのストレート、ロングヘアー

陶器のような白い肌、短い手術衣のみの少女である。


ユラ、

カゲロウが揺れる。


「、、、、、、、?」

目をこする、主任。

アンバーシリーズはどれも、白人系アメリカ人のはずであった。それに一瞬、黒髪の少女

の面影がよぎった様なきがした。

「なんだ、、、これは、、、」


同時刻、スプロール スラム

アルカ工業区域の地下に点在する、開発が止まったスラムだ。IDのない者、不法密入国者、犯罪者の巣窟になっている。


赤錆た鉄骨。巨大なガスタンク、無秩序に這い回る鉄パイプ。

その通りの中央には幾重もの錆びたレーンが走り両サイドには、ボロボロのレンガ造り。

一見すると中世、古いヨーロッパ風の街並みが並ぶ。

開発が放棄された地下生活ブロックを利用、改良、増設された街だ。


他の住居区は、鉄骨の隙間にホロを張っただけ、とか、鉄板で視界を遮っているのみとか、

酷いものだ。

通りを行く人々はスカーフで口元を覆い、足早にすぎ去る。灰色のデストピアに相応しい様相を見せている。


通りのハズレにある、古びた酒場。

看板にブルーラグーンの文字が読める。

確かに、ここはひと昔前、海の底だ。


まばらに居る客達は、異様に静かだ。声を潜め、騒ぎ声はない。

IDチップを持たない彼らは、当然、医療用ナノマシンの恩恵も受けられない。

この地下街で、伝染病、ウイルスに飛沫感染した場合、即、死に直結する。

過去、世界を席巻したCウイルス等の脅威は、徹底的なID管理とナノマシンのおかげで克服された。

しかし、それは地上の話。ここ地下街では依然として、脅威であり続けている。


「しかし、いいのかい?あらた。」

褐色の肌、ダークブラウンのウエーブしたロングヘアに真紅のバンダナが巻かれる。

ひどく、筋肉質な長身の女性。この酒場の女主人、アルマがカウンター越しに話しかける。


「あんたの、妹。あんな連中に、預けちまって、さ」

ジノとエイダ達の事だろう。強い意志を宿す左眼が、あらたの表情を窺う。

右目は閉じられたまま、上から下に走る傷跡に埋もれている。

昔から彼女は、そのスカーフェイスをまるで隠そうとはしない。


なんで、ここのビールは、炭酸ばかりが、こんなに強いのだろう。

わずかに、顔をしかめながら、答える、あらた。

「立夏を上の施設に移すのは、計画の内です。」


立夏というのは、アンバーTYPE01。生体有機バイオコンピュータのクローンの事だ。

アルマ達にはその方が通りがいい。


「どうかと思うぜ。俺はよ〜」

ひと席置いた隣から太ったアル中のワイズが口を挟む。

アルマの古い仲間だ。

仲間はもう一人、カウンターの奥でコップを磨いている。痩せた褐色の肌。短く切り揃えられた白い髪の毛。一部の隙のない無口な男。クルト。


ここら一帯を仕切る、勢力のひとつである彼らは、なぜか、身寄りのない自分達を何かと気にかけてくれた。


12年前、

空の無い地下街に、シトシトと雨が降る。

地上の雨が、巡り巡って何処かから、伝わりしたたり落ちてくるのだ。


水滴は、赤茶けたサビの味がした。それとも、自らの血の味か。

死にかけ、水溜りに突っ伏す子供には、判然としない。


この街は、ほんのひと握りの食料の奪い合いで、簡単に命が消えていく。

ありふれた風景だ。足を止める者は誰もいない。


しがみつき、泣きじゃくる妹の声が意識から遠くなっていく。

バシャ、

立ち止まる三つの影。


葬儀屋だろうか。新鮮な遺体から、内臓を取り出し売買する。心臓、肺、肝臓、腎臓、角膜、ごっそり無くなった友達の遺体を見た事がある。

臓器ブローカーに人気は、やはり腎臓だ。世界的ニーズは数百万を超える。


「ワイズ、そのチビ。店まで、運びな。」

「あねさん〜勘弁してくだせ〜よ。」


それでも、太った影が、子供を抱き上げる。

しゃくり上げる妹の前にしゃがむ女。

「おいで。」

片目の眼差しは、どんなものだったのだろうか。

少女はおずおずと、その手をつかむ。


雨と泥に汚れ、痩せて冷え切った身体が、抱き抱えられる。

彼女が感じたのは、安堵だったのかもしれない。

そのまま意識を失う。


その日、ふたつの、か細い命は、生きながらえた。


ノドを通るビールが苦い。

後でアルマに聞いたが、それは、ほんの気まぐれだったそうだ。

不思議と彼らとの縁は、いまだ、続いている。


「あの、ハゲとケバい女。おりゃあど〜も信用なんねぇ。」

クダを巻くワイズ。

「立夏ちゃ〜ん。大丈夫かよ〜〜」


「大丈夫ですよ。」

そう言うどんよりとした、瞳を眺めるアルマ。


「ふん、まあ、いいさね。」

再びカクテルのかくはんに戻る。

「ほら、ほら、ほら〜あねさん、ど〜も昔っから、このヒョロ長ノッポに甘い〜〜〜!な〜〜〜クルト〜〜〜!」

完全に、からみ酒の太っちょワイズ。

「ふん。」

取り合わないクルト。


「順調ですよ。カウントダウンは確実に進んでいる。」

グラスを置く、あらた。誰に語るでもなく、つぶやいていた。


終わりは、近づいている。少しづつ。だが、確実に。




翌日。四階、生徒会会議室。


窓から見える空は、抜けるように青く、高い。

広がる蒼穹の向こうに、かすむ対岸。透き通る陽の光が、みなもに反射し眩しく輝く。


どんよりとした、瞳が、外を眺めている。

「会長?」

時々、人の話を聞いているのかと思う、し巻風紀委員長。

今日の会議室には、あらたと自分。そして、リラの3人だけだ。


「なるほど、」

思い出したように、こちらを向くあらた。

手に持つ、彼女の報告書を見つめる。

「依然、手掛かりなしか。」

やっと、窓辺から離れ、テーブルの方に歩み寄る。

「盗撮犯、、、少しアプローチを変えてみるか。」

独り言のようにつぶやく。


どうも、この男は、勝手が違って苦手だ。何を考えてるかサッパリ分からない。

思いを巡らす、ツインテールのし巻。

とはいえ、恐ろしく有能なのは、事実。

気のりしないが、不確かな情報でも伝えてみなければならない。


ほんとに気のりしないが、口を開くし巻風紀委員長。

「天宮の他校から、入った情報ですが、不確かながら犯人の容貌がわかりました。」

「ほう、」

資料から顔を上げる、あらた。後ろのリラの気配が、わずかに動いたような気がする。


「小柄で、なぜか、いつもブカブカな白衣を着る人物。だ、そうです。」


「、、、、、、、、、」


三人の間に、何故か、変な間ができる。


「ダウトにゃ!」

「何がうそよ!」

「間違えた。ビンゴにゃ!」

リラが思い描いているのは、当然、昨日の乱入者。だろう。

山下しん、ふざけた、チビだ。


「さっそく、締め上げるにゃ!」

腕まくりする、リラ。飛び出しそうな勢いだ。


「まあ、待ちたまえ。うん、、、そうだな。」

何か思い付いたのか、向こうのイスに座り、クルリと背を向ける、あらた。


「昨日、しずく君を調べて見たら、あの少年と親密のようなんだよ。

彼女から、近づいて見たらどうだろう。」


「みず希しずく、、、、」

つぶやくし巻。

それも、そうだ。いくらなんでも、証拠も情報も、少なすぎる。

それに、犯人像はかなり狡猾でズル賢い人物だ。下手にチョッカイをだせば、証拠を消される可能性もある。

それに、、、、ある事を思いつき、ほくそ笑む、し巻。


「わかりました。会長。彼女に接近して見ます。行くよ。リラ。」

きびすを返す、し巻。

「待ってにゃー八重〜〜」


慌ただしく廊下に続く方の入り口から出て行く、ふたり。

ポツンとひとり残る、あらた。


窓辺からは運動部のかけ声が遠く聞こえてくる。


彼としては、アルカの潜在能力検査で、信じられない数値を叩き出した、要注意人物である、みず希しずくに何かアプローチをかけてみたかっただけだ。

風紀委員たちにそれほど、期待しているわけでもない。


それに、

「山下しん、か。」


ホームページから追跡できる、犯人の足跡は海外のプロキシサーバーを経由していて追跡できないという。


面白くないと思う。


やっている事は、幼稚な遊びのような事なのに、その手際は中々のモノだ。

そのチグハグさが、彼を不安にさせる。


「我ながら大人気ないと思うが、、、、」

携帯を取り出す、あらた。

サウンドオンリーだ。


「立夏、頼みがある。」

どんよりとした、瞳が眠そうにまたたく。


研究学園区内 第三創薬基盤研究所


厳重なセキュリティーの元、管理された科学設備の一画。

ひと気のない、計器類の光が明滅する暗闇に、青白い光が灯る。


蛍火の鼓動のような、光に照らされるカプセルに眠るのは、

年の頃14才くらい、アッシュブロンドのロングヘアー

短い手術衣のみの少女である。


閉じた、まぶたが、かすかに動く。

(なんですか。あらた。)

ゴッソリと感情を削ぎ下ろした声が応える。

あまり、聞きたくない声だ。


「ある、アドレスを追ってくれ。外の代理人サーバー経由だ。」

(、、、、)

少し間がある。


(ご存知のように、現在、世界のインフラの大部分が、量子コンピュータのアダムによって管理されています。この国はそれの使用権の準批准国。

アダムへのアクセスも制限され、情報開示などとても望めません。)


ゆっくり、背もたれに体重を乗せていく、あらた。ここのイスはクッションが良すぎる。いまだに慣れない。


「許可などいらない。アダムをハッキングして、サーバーの管理者から情報を盗め。」


なんとなく、携帯の先から躊躇する気配がしたような気がした。

気のせいだろうが。


(わかりました。侵入を開始します。)


ブン、

研究所の全電力が眠ったままの少女を中心にフル稼働に入る。計器類の明滅が光の奔放に霞む。

アダムへのハッキング。


古今東西それがなされ成功した事は、皆無だ。

月面に存在したオーバーテクノロジーの量子コンピューター。

それは、最先端にして最古。前文明の遺跡か、異星人の遺物か。


発見から、なんとか利用に漕ぎつけたのはつい最近。

世界各国で厳しい協定を設け、その利用割合を競っている。


いまだ、1パーセントにも及ばない稼働率だが、その演算能力は世界のインフラを片手間に制御する。

そのセキュリティーは人知を越えていた。


日本の1人の生徒会長の気まぐれが、世界史に残る奇跡を起こそうとしていた。


天空の絶対叡智に拮抗するのは、研究所の最先端の設備ではなく、1人の少女の脳味噌だった。

クローン技術によって、生体有機バイオコンピューターとして生まれた

アンバーTYPE01。

なぜか、あらたに、妹の名前。立夏と呼ばれるスリーピング ビューティ。

眠ったままの少女が奇跡を紡ぐ。


同時刻 天文部

「しずくー、なんだか、風紀のし巻先輩が呼んでるよ〜」

小型の天体望遠鏡のメンテナンスをしている、彼女に声がかかる。

「え、、、あ、ハイ!」

たまに、二年の先輩が顔を出すだけ。ほぼ、一年生、女子だけの、お気楽サークルだ。


ある意味、有名人の風紀、上級生が、訪ねて来るなど、大事件である。みんなの、視線が集中している。


「な、なな、なんでしょうか?」

挙動不審してしまう、しずく。


「ちょっと、話を聞きたいの。付き合ってくれる?」

ツインテールのし巻八重。

「世間話にゃ。」

笑う、フワッとウエーブロングヘアーの和久井リラ。


昨日、生徒会室で見かけた、風紀委員長と副委員長だ。

「は、、、ハイ。」

緊張するなと言うのが無理な話。不安で一杯になる、少女。

そして、それは的中してしまう。



同時刻 天文部、すぐ隣、超研部(仮称)


目の前のパソコンが小さなアラームを連発する。

「あら、、、、あらあららら。」

突然、前のめりにパソコンにかぶりつく少年。


「ど、した。レアモンスターでも出たかー?」

興味なさそうにたずねる友樹。こちらも、ネトゲに専念している。


「い〜〜あんばいに頭のネジが吹っ飛んだ奴が、いるようだ〜」

忙しくコマンドを打ち込んでいく。しん。

なぜか、異様に楽しそう。


自宅、川崎の七号土手の家。

3台のメインコンピュータが、オートで立ち上がる。

匠の一品。こだわりのベクトルプロセッサー。

演算速度は 400ペタフロップスを越える。

いわゆる、スーパーコンピューターである。


ふたたび、天宮第一高。超研部(仮)。


「さーーーて、行ってみよか!」

机のキーボードの両サイドにバーチャルのキーボードが、

モニターの両脇にも電影モニターが投影される。

自宅のスパコンのリモートだ。

合わせて3つのオペレーションを開始するしん。


「お前、汚いぞ〜複垢でレイドか!バンされろ!」

ながらプレイで、文句を垂れる友樹。

「今はネトゲじゃないよ。お前も手伝え!」

忙しそうな少年。猫の手も借りたそうだ。


「オレもいそがし〜の。イベント、クライマックスじゃ。」

まったく取り合わない友樹。


「はくじょーなヤツだ〜いやいやいや、これ、すげーぞ!人類初!

歴史的快挙じゃね!」

さらにのめり込むしん。血相変えて、ブツブツ言い出している。


「、、、、、」

またか、と横目で少年を見ながら思う友樹。こうなると、何を言っても聞きゃしない。

ほっといて、ネトゲに没頭することにする。



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