第5話 間宮優香

日曜日はあっという間に過ぎ、月曜日になった。


昨日、木滝さんから連絡があって、今日から本格的に練習に付き合うことになっている。


日曜日の翌日ということもあり、あまり気が乗らないが、授業はちゃんと受けなければならないので気合い入れなければ......


そんなことを思っていると、珍いことに朝から龍希がこちらに向かってくる。


「朝に俺のところに来るの珍しいな。なんかあったか?」


俺が聞くと、龍希は俺の席の前の席の人の椅子に腰掛け、なぜか少し迷惑そうな顔で言った。


「なぁ、少し助けてくれ」


「いや、なんだよ急に」


「お前、知ってるか? 今あそこで話してる女子が、俺の事好きらしいってこと」


知らんしいいことだろ、てかなんで本人が知っちゃってんだよ。


そんなことを心の中でツッコミながら、龍希がこっそり指さしている方向を見る。

龍希が指さす先には、意外なことに木滝さんがいた。


(へぇ、木滝さんって龍希のこと好きなんだ)


木滝さんが誰かのことが好きになっているところが全く想像できない。

正直言って、今年はこれ以上の驚くようなニュースはないだろうと思う。


「さっさと告白したり、告白されてOKしたりしちゃえよ。お似合いだろ?」


「いや、俺今は恋愛とか興味無いんだよ」


「は? あんなにいい人と付き合えるのに付き合わないとか、もう一生あんないい人見つかんねぇかもだぞ?」


なんかこのイケメンと木滝さんをくっつけようと頑張ってる脇役Aみたいな立ち位置になってる気がするが、事実ではあるのでいいだろう。


「いや、どうするかどうかなんて俺の自由だろ?」


......それはそうだ、うん、何も言い返せん。

さっきまでの脇役A役がバカバカしく思えてくて悲しくなってくるんだが。


「ところでさ、お前なんであいつのこと知ってんの? お前、去年俺と同じクラスだったから、接点ねぇだろ?」


......あ〜〜〜......ちょ〜っとやばい。


「あ〜いや、まぁ、そうだけども......」


木滝さんと実は裏でピアノの練習をやっている、そう言ってもいいも俺はいいのだが、木滝さんの方がどう思うか分からない。

そう考えると、安易にこのことは他人はもちろん、龍希にもペラペラと話していいのかと思う。


色々頭の中で言い訳を考えていると━━━━━


「全員席つけ〜。出席取るぞ〜」


運良くいいタイミングで担任が来たので、何とか誤魔化すことは出来た。





時は3時限目。

3時限目の授業はグループワークだった。


俺はもちろん龍希とペアを組んでいるわけだが、4人班なのでもう2人必要だ。


陰キャな俺の人望は、ほぼ皆無に等しい。


一方、龍希の方はと言うと━━━━━


「ねぇ龍希くん、私たちとグループ組まない?」


「ずるいよ、ね! 私たちの方がきっとすぐ終わるよ?」


その他もろもろの声が、龍希のそばにいたはずだった俺の耳に届く。


(俺、あの人達と組むとただの置物にならん?)


おそらく、ほとんどの女子は龍希目当てなので、俺は彼女たちとは出来れば組みたくなかった。

もし組んでしまったら本当にただの置物......もしかしたらそれ以下のように扱われかねない。


ワイワイきゃあきゃあと、女子たちに囲まれている龍希のことを見ている。


「八葉矢くん、人気だね?」


後ろから、そう声をかけられたので振り返ると、そこには木滝さんと、多分だが木滝さんの友達の間宮 優香(まみや ゆうか)さんがいた。


ただ、間宮さん......?

なんか顔怖くないですかね......?


そう思わせるほどの表情だったが、理由も分からないし、これ以上なんか見てたら危ない気がしたので、気にしないことにした。


「まぁ、あいつは中学の時からあんなんですし......」


そう苦笑いをして木滝さんに言うと、龍希はこっちに気づいたのか、俺を手招きしている。


龍希のところに行く時の女子たちの鋭い眼光が、俺の体に突き刺さる。

刃物に刺されたかのようにめっちゃ痛い。


「海斗、あの二人って空いてるか?」


「え? あぁ、多分いないと思う」


「そっか。なら、しょうがないしあの2人と組むけどそれでいいか?」


「俺は別に......構わないけど......」


そう言うと、そのことを聞き耳を立てていたのだろうか......女子たちは残念半分、妬み半分といった様子で解散していった。


「よし、何とかなったな。じゃあそろそろどっかに座ろうぜ?」


そう言いながら、龍希はスタコラサッサと空いている席の方まで行ってしまった。


(木滝さんは龍希のこと好きらしいけど......俺の中では、『失礼の権化のような存在』と評価してしまう程のやつだ。余計なこととか言わねぇよな......?)


席の方へ行く龍希を見て、それが一番不安なところだと思った。



若干龍希と木滝さんについての不安もある中、グループワークが始まった。


グループワークと言っても、ただ班に問題が分け与えられ、それを解くだけのシンプルな活動だ。


着々と問題を解いている俺たち。


ただ、間宮さんと龍希のやり取りについて気になることがある。


「八葉矢、ここどう解くっけ?」


「ん? あぁ、それも俺無理、海斗に教えて貰ってくれ」


「......」


......龍希よ、それ今何回目だ......?


そう、間宮さんはよく龍希に問題の解き方を聞き、聞かれた龍希は即座に俺に問題を丸投げする。

それを繰り返しているのだ。

(しかも俺に丸投げされたら間宮さんは自力で解いていく)


一方、龍希が好きなはずの木滝さんは、集中しているのか1人で問題を解いている。


もしかして今朝、龍希は木滝さんではなく、おそらく近くにいて話していただろう間宮さんのことを言っていたのではないか?

そう疑いたくなる。


そんなことを思っていた時、床に一枚の紙切れが落ちてきたことに気づいた。


位置的に間宮さんのいる席から落ちたのだろう。


俺はその紙切れを拾って間宮さんに渡そうとするが、その紙切れに何か小さい文字が書いてあることに気づいた。


その小さな紙切れには、『真波、昼休みに私のとこ来て』という内容が。


俺は間宮さんの方を見るが、何も反応は無い。


土曜日の再来のように、最悪な突然の呼び出し編(part2)が今、始まろうとしていた━━━━━





昼休みになった。


本来ならここで、龍希と一緒に飯を食うのだが、その龍希は4限の時に熱を出して早退したので、間宮さんに会いに行くのはそう難しくはなかった。


「来たね? じゃあ、ここじゃちょっと話すのやだから別のとこ行こ」


そう言って足早に教室を出ていった。


今にでも逃げ出したいが、そうしたら後々面倒なのでついて行くことにした。





場所は屋上。


屋上で、しかも青春真っ只中の高校生男女二人と言ったら告白を思い浮かべる人は多いだろう。

ただ、現実は甘くは無い。

......まぁ、告られてもあまり嬉しくはないだろうが。


屋上の柵に寄りかかり、少しの間俺たちは何も喋らずに黙った後、間宮さんは先に口を開いた。


「真波、お願いがある」


「違うかもだけど......龍希のこと?」


沈黙の中、間宮さんの顔がだんだんと赤くなっていく。


「わかりやすい......」


「何か悪い......?」


「調子に乗りました、すみません」


思ってしまったことがつい口から出てしまった。

だがまぁ、それほど本当にわかりやすいのだ。


「私が、その......龍希のこと好きなの、わかるでしょ?」


「まぁ、わかりやすいかったし......」


「ならまぁ、そういうこと。真波と龍希って仲良いから......」


龍希が目の前にいる時は、「八葉矢」呼び。

いない時は「龍希」呼び。

なんか......初々しいと感じるのは俺だけだろうか?


そんな今の間宮さんを見ればわかる。

彼女の龍希に対する気持ちは本物だということに......


ただ、間宮さんが好きになった相手は、恋愛には興味が0に等しいほどの『失礼の権化』八葉矢龍希だ。


彼女には悪いが、正直諦めてもらうしかないと思う。


「間宮さん、厳しいことを言うけど......多分あいつはOKするとは思えない」


「そ〜だよねぇ......何となくわかるよ。雰囲気でわかるというかなんと言うか......」


間宮さんもそのことは何となく察していたようだ。ただ、それでも彼女は━━━━━


「でも、次の一歩を踏み出せるようにするために、告白してバッサリ断られる。そうなるまでは少しでもいい! 協力して欲しい!」


次の一歩を踏み出すために......か......


俺にはまだ出来ていないことだ。


「あの日の事故」からまだ一歩も踏み出せていない。


......でも、俺もその一歩を踏み出したいという気持ちはわかる。


だから、俺の彼女への返事は━━━━━


「わかった、間宮さんが龍希にバッサリ断られるまで、できる限り協力はするよ」


━━━━━それが俺の、彼女への返事だ。


......と言ったけど、俺は何をすればいいの???

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