第4話 堕ちた天才
呼び出されたあと、俺は自転車を引っ張り出し、学校までペダルを漕いだ。
そして、現在、俺は音楽室の前にいる。
「職員室に鍵が無かったから一応ここまで来たけど......木滝さんいるかな......?」
そう呟きながら、音楽室を覗こうとした途端、背後から━━━━━━
「わ!!!」
「うぎゃっ!?」
突然背後から誰かに肩を捕まれ、耳元で大きな声を出された。
俺はこんなことはされたこともないし、そもそも、少しビビり気味なので自分でも驚くような声を出してしまった。
「へへへ、びっくりしすぎでしょ」
ビビった俺を見ておかしそうに笑う犯人は......まぁ当たり前だが、木滝さんだった。
「脅かさないでくださいよ......」
「ごめんごめん。でも、「うぎゃあ!」てさぁ......ふふっ」
必死に笑いを堪えてる木滝さんにこの時始めてぶん殴りたいと思った。(冗談だが)
その後、木滝さんは、職員室から取りに行っていたであろう音楽室の鍵を使って音楽室を開けた。
高校入学以来、始めて来た音楽室の感想は━━━━━━めっちゃ広い。
もっといい感想を言え!
そう言われるかもしれないが......めっちゃ広い。
なにか未知なものを見ている子供のように音楽室を見回していると、木滝さんがじっと俺のことを見ているのに気がついた。
「音楽室、初めて来たような感じだね?」
「ああ、はい、俺は去年音楽の選択取ってなかったんで......」
「へぇ、そうなんだ。ま、私もなんだけど」
木滝さんが音楽系の選択科目を取っていないことは知っていたので驚きはしなかった。
「そんなことより! 本題入るよ!」
突然そう言って木滝さんは、赤いカバンの中に入っていたカレンダーを取り出した。
「まず、今の日付が9月11日の土曜日じゃん? そして、文化祭当日は10月の29と30日。だいたい2ヶ月......いや、1ヶ月半かな? その期間でどう練習していくか話し合おうよ」
「うーん......そうですねぇ......」
赤いペンにどんどん塗られていくカレンダーを見て、俺は思い悩んだ。
練習の方法は、俺は全く分からないからだ。
英単語や漢字の勉強のように、繰り返し何度もやるのか......それとも、もっと別のやり方があるのか......そんなことも俺には分からない。
「正直言ってわかんないですね......」
俺は言った。
「全くもう、困った助っ人くんだねぇ?」
木滝さんは、そう言いながら少し笑った。
「まぁ、アドバイスとかも大丈夫だし、練習のやり方とか、記号の読み方とか......そういうのは覚えてるから平気だよ」
木滝さんはそう言うが、それだとひとつ疑問が━━━━━━
「それなら、俺はどうすれば......?」
いや、冗談抜きで何すればいいの???
いらないじゃん。
俺の質問の後、一瞬間を置いて、木滝さんは俺の目をまっすぐ見ながら答えた。
「人の目の役......かな......?」
木滝さんはピアノの椅子に腰掛け、鍵盤に肌白い両手を置いた。
「今から、私がよく弾いてたやつを弾くから私の事、じっと見てて」
そう言って、ゆっくりながらも、明るい曲がピアノから流れてくる。
ピアノを弾いている木滝さんは、ピアノに対して本当にトラウマがあるのか? そう思わせるほどの雰囲気を醸し出しているように見える。
「〜〜〜♪」
しばらくの間、木滝さんは弾き始めた曲を弾き続けていると、俺は木滝さん顔がとても怯えているような様子に気づいた。
最初はとても良い出だしであったが、途中から最初の良さが崩れていき、そして......
━━━━演奏は途中で終わってしまった。
息が少し荒くなっている。
実際にはまだトラウマはあるようだ。
「木滝さん、大丈夫?」
そう言いながら、木滝さんの傍に駆け寄る俺を見ず、怯えた様子で、カーペットが敷き詰まった床に視線を落としながら━━━━━━
「うん......今のが、今の私の精一杯......」
━━━━━━と言った。
□
あの後、俺たちは駐輪場まで歩いた。
「真波くん、今日は急に呼び出しちゃったりしてごめんね?」
「いや、全然大丈夫だよ。一昨日約束しちゃったんだから、当たり前だよ」
......ほぼ強制的にだったけど。
「そっか、じゃあ月曜日もこき使ってあげよう!」
「ほどほどにお願いします......」
「ふふ、どうしよっかなぁ?」
そう、意地悪な顔をしながら言った。
「それじゃあ真波くん、また月曜日ね」
そう言って、木滝さんはまだ昼間で明るい道路を歩いて帰って行った。
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